ホームパーティー/響平
俺達は、帰り道にあるスーパーに寄り、惣菜とビール、おつまみ系の菓子を買って部屋へ戻った。
「どうぞ、入って」
「おじゃましまーす。冷蔵庫開けていい?」
買ってきた食材をスーパーの袋からテーブルへ出したり、ビールを冷蔵庫へ入れたり……まぁ、ほんとによく動く光ちゃん。
休む間もなく、今度はせっせと惣菜を皿に移してる光ちゃんのお手伝いをすべく、腕まくりして手を洗った。
「チンしていけばいい?」
「うんうん。唐揚げと、ハンバーグと、シューマイと、酢豚はチンしようか」
「了解っ」
枝豆と、ゴボウサラダとポテサラの盛り合わせは置いといて、他の惣菜を順番にチンしていく。
「あ、棚から取り皿と、冷蔵庫のポン酢、勝手に持ってきちゃったよ? 割り箸でいいよね?」
「うん。ありがと」
なんかこういうの久し振りだな。パーティーみたい。高校時代も泊まりに行ってはお菓子やジュースの準備をこんなふうに一緒にやったっけ。懐かしさにほのぼのしちゃうよ。
「ほい、お待たせー」
最後のレンチンした総菜を取り出すと、待ち構えていたように光ちゃんが手を出す。
「ありがと。あちっあちっ」
俺の手から皿を受け取り、ニコニコしながらラップを剥がす。なんだかすごく楽しそう。そんな光ちゃんからは絶えず甘い香りが放出されてて、俺の鼻をコショコショとくすぐった。
「……ん? な、なに?」
光ちゃんがパッと顔を上げ俺を見る。
「あ、ううん。なんでもない。お腹空いてきちゃったよ。食べよ食べよ」
「ん? うんうん」
俺の言葉に頷き、光ちゃんはもっと笑顔になった。
あー、ビックリした。危ない危ない。ジッと見てたの気付いたのかな? 変なニヤニヤ顔になってなかったかな?
自分の頬を擦るように撫でた。
光ちゃんは再会した時からずっといい香りを放ち続けている。それって……つまり……。
改めて言葉にしていくと、頬っぺたがムズムズしてくる。
甲斐甲斐しく動いてる光ちゃんをチラリと盗み見た。ビジュアル、かっこいい。しかも、こんなに堂々といい匂いを放出させるなんて、可愛すぎる。
そりゃあ、俺としては悪い気なんてするわけないじゃん。……っていうか、ぶっちゃけ願ったり叶ったり? なんだけど。
こんなふうにまた光ちゃんと過ごせるなんて……。絶対無理だって思っていた。光ちゃんがイイ奴なのはわかってたことだけど、あんな仕打ちをしてしまった俺を恨んでなくても、きっとショックだったろうなって。
なのに、光ちゃんはあの日のことをおくびにも出さないで一緒にいてくれる。まったく気にしていないなんて、コトがコトなだけにないとは思うんだけど。
あの時のこと、光ちゃんはどう思ってる?
気になる。気になるけど……いい匂いだけど、ううう……やっぱ怖いっ。聞くのが怖い。聞けない!
俺は頭をブンブンと振った。
「響平、はい。ビール」
冷蔵庫を開けた光ちゃんが、いい感じに冷えた缶ビールを渡してくれる。
「お、ありがと」
「今日は大活躍だったね! お疲れ様! カンパーイ!」
「光ちゃんもね! カンパーイ」
ニコニコ可愛く笑う光ちゃんを見て、やっぱり聞けないよって思う。
今この時をわざわざぶち壊すなんて……できるわけない。
ゴクゴクと美味しそうにビールをあおる光ちゃんに習い、俺も景気よくビールを煽った。
「ぷはーーーっ! 美味い!」
「ひと仕事あとのビールは沁みますなっ!」
「うん! 唐揚げ、柔らかくてけっこう旨いじゃん」
「へー、惣菜もバカにできないね。俺も食べよっと」
「チーズハンバーグは響平用だから、食べていいよ」
ニヤニヤしてる光ちゃん。
「え! マジっ? いいよー、一緒に食べようよ」
「いーから、いーから。遠慮しなさんなって」
箸で一口サイズにハンバーグを切ると、光ちゃんが口元へ持ってきた。
「ほら、響平。あーん」
「あーん……むふっ、んうまいっ」
「うんうん」
光ちゃんが目を細め嬉しそうに微笑む。
思い切り素直なデレ顔……ほんと、可愛いなっ!
そんな光ちゃんを見ながら、楽しくお酒が進んだ。
光ちゃんはずっとご機嫌で、いろんな話題でいっぱい笑わせてくれた。買ってきたビールもグイグイ飲み干していく。特に高校時代の思い出話は楽しくて尽きない。ふたりでバカなことばかりやってたね。
飲み始めたのが八時頃だったかな?
もう十二時にもなろうとしているのに宴会は終わる気配がない。ひとしきり笑ったあと、光ちゃんが
「ふー」と大きく息を吐いた。
「……響平はさ、なんでさ……」
「ん?」
光ちゃんが急にションボリな口調になった。
お? なんだろ?
「なんで……」
ブツブツ言いながら、長いまつ毛がだんだん下がっていく。
あれれ? 寝ちゃう?
俺はそっと呼びかけてみた。
「コーイチくーん?」
光ちゃんの頭がコテンと俺の肩に落ちた。
「……なんで、いなく……ったの?」
「え?」
突然の展開にギクッとして、固まってしまう。
光ちゃんはムックリと重そうに頭を上げて俺を見た。その目が若干座ってる。遂に来てしまった瞬間に、逃げてばっかりだった俺はただただ動けなくて、ごくりと唾を飲み込んだ。
「えっと……」
「メール、アロレス……らないあいらに、かわってた……」
アロレス……あ、アドレス?
口をへの字にしてジーッと俺を見据えるけど、上半身を右へ左へフラフラゆらゆらさせてる。
だいぶ酔ってるな……。
そう思ったら、また俺の中の弱虫が「イケる」とそそのかす。
「だ……大丈夫? 横になる?」
「……うん……」
頷くと、また頭がグランと揺れ、俺の肩へと落ちる。
「ぅお……っと」
だらんと落ちてた光ちゃんの両腕が伸びて俺の体を囲んだと思ったら、ギュッと抱き寄せられた。
息が止まる。
身動きできないまま、なんとか静かに呼吸をすると、クラクラするほどの甘い香りに肺が満たされた。そこに混じってほのかな……なにかわからないけど、ちょっと違う香りもする。
「響平……」
俺の肩に顔を埋め、光ちゃんが呟く。
首筋にかかる熱い息が胸を締め付けグッと苦しくなった。
なにを言うつもり……? 俺はなんて返す……?
トクントクンと耳の奥で聞こえる音に支配され、何も考えられなくなる。ただ、時が静かに流れていく。
「…………」
ギュウウウッと俺を抱き、締め付けていた腕が徐々に緩み力が抜けていく。そして甘い香りがフッと途切れた。グラッと落ちそうになる光ちゃんの頭を反対側の手で包み支える。
もう俺を囲ってた腕はだらりと落ちていて、俺は腕をそっと抜いて光ちゃんの背中へと回した。眠ってしまった光ちゃんを、今度は俺が抱きしめる。
サラサラの髪が頬をくすぐった。その髪に頬をくっつけ、光ちゃんに聞こえないよう小さく囁いた。
「ごめんね」