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初めての快感/光一

 俺の車に乗り込み、週末で混雑しているであろう繁華街方面へ車を走らせた。

 助手席に座る響平の表情が明るい。それがなによりとても嬉しかった。

 耳鳴りと頭痛に怯え、俺に助けを求めた響平。

 再会したキッカケも、酷い頭痛に悩まされた響平が薬局へ薬を買いにきたからだ。それが無かったら……今こうして、助手席に響平が乗っていることも絶対に無かったろう。

 そう思うと、全部が不思議だと感じる。

 青ざめた顔で震える響平は可愛かった。言葉はおかしいけど守ってやらなくちゃという気持ちになった。でも、人の「死に際」を感じてしまう能力なんて無いに越したことない。そんなものを背負ってしまった響平が心配だった。俺が代わりになることはできない。「代わります」とタッチ交代できるもんじゃないし。

 どうしたらいいんだろうってずっと考えてた。なのに、数日経っただけで響平はなんだか強くなってた。

 真っ直ぐに俺を見つめ、微笑む。その眩しさに目を逸らしそうになった。

 怯え震えていた響平もドキドキと胸を高鳴らせた。でも、今、自信を持って前を向く響平はもっと綺麗だ。己に降りかかった(わざわい)を、使命に変えようとしている。その姿勢が眩しかった。

 やっぱり、響平はすごい。


「とりあえず、歩いてみる?」


 コインパーキングに車を停めて、響平と頷き合う。

 響平の言葉通りなら、すれ違うだけで異臭を感じ取れるってことだ。それならなるべく人通りの多い場所を歩いた方がいいだろう。

 俺は武者震いを感じながら、響平と二人、人混みの中へ進んだ。

 アンテナを張り巡らせながらの探索。もちろん俺に響平の能力があるわけじゃないんだけど、集中している響平を見てるだけでおのずと神経を研ぎ澄ませてしまう。


 探索を始めて四時間が経過した。


「はぁ……疲れたな。 カフェでも入る?」


 散々人混みを歩いてみたけど、響平のアンテナに引っかかる人間はいなかった。響平も最初の意気込みはどこへやら、すっかり疲れきった顔。「ふー」と響平がため息をつき、俺を見上げる。


「帰ろっか?」


 そりゃそうだよね。まだ一日目。そうそう見つかるわけがない。悪い奴らがそこらじゅうをフラフラ歩いてたら、困る。それだけ日本の治安がいいってことだし。皮肉ではあるけど、空振りは空振りだ。


「ははは。いいよ」


 繁華街に戻るのも億劫で、住宅街を抜けてパーキングへ向かって歩いてる途中だった。響平がふっと足を止めた。


「光ちゃん」

「んー?」


 響平の視線の先にはキャメル色のロングコートの男。もう桜も散る頃だっていうのに……違和感だ。


「臭うの?」


 響平の耳元で囁くと、響平が前方を見据えながらかすかに頷いた。

 二人で怪しい出で立ちの男をつける。男は駅に向かっているようだった。駅まで来ると歩く速度を緩め、公衆トイレの付近で止まる。

 駅前で待ち合わせなのか、男は所在なげにウロウロ歩き、立ち止まりを繰り返していた。二人で建物の影に隠れ、その男を観察する。

 嫌な匂いとやらをアイツは放っているらしい。いったい誰を待っているんだろうか?

 しばらくすると、すっと男が歩きだした。二人で顔を見合わせ頷き、少し離れて距離を保ち歩く。

 コート男の前には、駅から出て来た大勢の人達が歩いていた。交差点で左右に分かれて、通りを歩くごとにどんどん散り散りになっていく。住宅街方面へ戻る道に差し掛かる頃には、コート男の前には数人の男女が歩いているだけだった。

 住宅街へ進むにつれ、ひとり減り、ふたり減り……とうとう男の前を歩くのは若い女性一人になってしまった。気づけば夕暮れ時で、走ってくる車もヘッドライトを(とも)している。俺達はチラリと目配せをした。

 女性が細い曲がり角を左に曲がった。男も曲がる。

 俺たちも、男に気付かれないように足音を忍ばせてついて歩いた。角を曲がった途端目に入ったのは、歩幅が大きくなった男の後ろ姿だった。速い。どんどん女性に近づいていく。

 小さな公園が見えてきたあたりで男は急に駆け出した。女性の手首を掴んでそのまま公園へ引きずるようにグイグイ引っ張る。

 俺たちは慌ててダッシュした。女性はびっくりして抵抗どころか声も出せない。引っ張られる姿が公園の中に消えていく。

 公園の入口へ辿り着き、俺たちは辺りをキョロキョロと見回した。


「やめろっ!」


 響平の大声に、視線の先を見る。

 木の影で女性が倒れているのが見えた。その前に男が仁王立ちしている。駆け出す響平。慌てて俺も走った。

 コート男は響平の大声と駆けつける足音にアタフタと逃げた。響平が女性に駆け寄り抱き起こす。足がもつれたのか、男が勢いよく転んだ。俺は地面に転がった男を羽交い締めにして、二の腕で首根っこをグッと抑えてやった。


「窒息させてやろうか!」

「ぐっ……ひいい。すみません! すみません!」


 もがく男のコートがめくれる。中は素っ裸で、しっかり息子までギンギンにおっ立ってていてギョッとする。

 露出狂かよっ!


「光ちゃん警察に連絡した。すぐに来るって」

「響平、なんか縛るもんない?」


 響平はキョロキョロして自分の体をポンポンと叩くと、ベルトをシュルッと抜いた。女性をベンチに座らせ駆け寄ってくる。


「ごめ、これしかない」


 目の前にびろーんとベルトを差し出す響平。

 それでどうやって手を縛るんだよー。

 困ってると響平が男の腕と体をベルトで巻き、ギチギチに縛り上げる。男は男で「ああ、やめてぇ」とか言ってる。響平は冷たい視線で男を見下ろし縛りながら「アホめ」とか言ってちょっと楽しそう。高笑いが聞こえてきそうな勢いだ。本当に笑いだしたら止めなきゃ。

 しかし、まさか本当に犯罪者を捕まえるなんて思ってもみなかった。これからはロープとか玩具でも、手錠とか持って歩いた方がいいのかもしれない……この状況だけ見られたら俺たちが変態に間違えられそうだし。

 響平が男をベルトで縛ってすごく楽しそうに変態プレイみたいなことをしているうちにパトカーがやってきた。制服の警官が二人走ってくる。俺と響平と、被害者の女性からそれぞれ話を聞き取った。


「んで、君たちはたまたま公園の前を通ったの?」

「いえ、同じ方向だっただけです」

「同じ方向?」

「駅から友達の家に向かう途中だったんですよ」

「あ、そう」


 響平がしれっと答える。相変わらず誤魔化しが上手い。要領がいいというか、教師を平然と言い負かしていた学生時代を思い出す。警察もすんなり納得した様子だ。

 助かった女性は「ありがとうございます!」と何度も頭を下げてきた。

 パトカーで連行される男。女性はもう一台やってきた別のパトカーに乗り、こちらへ何度も頭を下げた。


「いえーーーい!」


 パトカーが見えなくなり、響平が手を上げた。その手にハイタッチする。

 高揚感がすごい。響平もそうだろう。もっと大騒ぎして喜びあいたいところだけど、興奮を抑えコインパーキングへ戻る。


「今回の反省点。手錠とか欲しいよね? 犯人拘束するのに」

「あら、ベルトじゃダメ?」


 おどけた表情の響平が、クリッとした目で俺を見上げる。

 本来の元気な響平が戻ってきた。キラキラしていて、すごく可愛い。

 でも、他の男との変態プレイを見るのはあまり面白いものでもない。


「今日みたいにナイスタイミングで相手が転ぶとは限らないし。あ、それに、怪しそうなだけで、現場を目撃するとも限らないだろ?」

「ふんふん。……つまり?」

「手錠よりまず先に、カメラが必要なんじゃない? なるべく望遠の高画質なヤツ」

「どうするの?」

「響平が怪しいと思った奴の写真を撮るんだよ。もし逃げられてもあとで捕まえられるでしょ? 携帯でもいいけど、危険を回避するためにもなるべく遠くから撮りたい」

「なるほど、じゃ用意しなきゃ」

「うん。二人でポケットに忍ばせておこう」


 響平が「うんうん」と頷く。

 元気になって良かった。俺も響平の役に立てて本当に嬉しい。これからもふたりでいられる理由ができたことも。

 俺は腹をおおげさに摩って見せた。


「あ〜腹減ったね。なんか食べに行こうか?」

「いいね」

「祝杯をあげたい気分だね」

「じゃ、飲みに行きますかぁ!」

「でも、車だしなぁ」


 ほんのちょっと期待して響平をチラッと見た。響平が「あ~」と残念そうな顔をして、ニヤリと口角を上げて言った。


「んじゃ……うちで飲む?」

「いいの? あの……飲んじゃったら、帰れないけど……」

「泊まってきなよ。どうせ明日も付き合ってもらうんだし」

「うん。そうだね。じゃあ……お言葉に甘えて。お願いしまーす」


 思わず唇を噛み締めて頭をペコリと下げた。じゃないと、響平に「そんな嬉しいの?」とツッコミ入れられちゃうかもしれない。

 響平は俺の表情に気づくこともなく「うん」とにこやかに返事をして、「ふんふ~ん」なんて鼻歌を歌いながら前を向いて歩いていく。

 そんな響平を眺めて浸っていると、くるりとこちらを振り返る。


「あ、あとケーキもあるじゃん」

「おお、そうだった!」


 俺はポケットに手を突っ込み、響平の元へ駆け寄った。



感想とても嬉しいです! 

ありがとうございます♪

これからも楽しんでいただけるよう頑張ります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] やったー!響平君が楽しそうでなによりw
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