【1】
──俺、ホントはお前のことが……。
そこであたしは不意に目覚めた。
夜八時。半端な時間にベッドでうとうとしてたとこを、スマホの着信音に起こされたみたい。
夢の中でくらい、望みが叶ってもいいんじゃないの? なんで途中なんだよ。いや、現実との差で虚しいだけかもしれないけどさぁ、でも。
《なぁ、これからそっちの家行っていい? ちょっと話あるんだけど。》
確かめたスマホには、幼馴染みの祥平が寄越したメッセージ。……ほんの一瞬、夢との境目が曖昧になった気がする。
通り隔てて隣のマンションに住んでる彼。幼稚園から高校の今までずっと一緒で、異性とか関係なくよく遊んだなぁ。
中学生になっても高校生になっても、変わらず友達。すごく仲の良い、友達。
今日はパパはまだ仕事、ママはもう夕食の片付けも終わってリビングでテレビ観てる。
あたしは三人兄妹の二番目なんだけど、お兄ちゃんはなんか飲み会で遅くなるらしくて、妹は塾で帰りは十時過ぎ。あたしとは曜日が違うんだ。
だから今、この家に居るのは二人だけ。
一応ママに許可取ってから、あたしは彼にOKの返信する。
それからしばらくして、祥平がやって来た。
「お邪魔します。こんな時間にすみません」
他人行儀に、って『他人』なんだけど、ママにきちんと頭下げて挨拶なんかして。
高校生になってからは、家行き来することはほとんどなくなってたから久し振りだもんなぁ。
彼はなぜかキウイフルーツたくさん持って来てたんだ。
「ウチの親が職場でもらって来たんです。こんなに食べきれないからよかったら」
なんて、ママに渡してたよ。
祥平、今まで手土産なんて持って来たことないのに。いや、これは手土産ってか お裾分け、の意味が大きいのはわかってるよ。
どうでもいいけど、明日のお弁当はキウイ入りだな。家族みんなキウイ好きだからいいんだけどさ。
「……俺さぁ、思い切って麻帆に告ろうかなって」
自分の部屋に通して、いつも友達が来た時と同じようにベッドにもたれて床に並んで座った。腰下ろしてすぐの祥平の言葉に、あたしは一瞬返事に詰まってしまう。
──ついに来たか、ってね。
彼の好きな子を知っちゃった時から、いつかはこういう日が来るって覚悟してた。
ずっと祥平のことだけ見てたから、あたしはすぐに気づいたんだ。彼の目がいつも追ってる相手に。
……それが自分ではなかったことにも。
誰にでもオープンにはしてない、ってかむしろ周りには絶対知られないようにしてたとは思うよ。
でも祥平はあたしの前では油断しちゃうのか、わりと感情だだ洩れになってること多いからね。
あたしにバレてるってわかった時はさすがに慌ててたけど、その後はもう開き直って『相談相手』に指名されたようなもんだったんだよ。
それはそれで、二人の時間が取れて嬉しかったのも確か。
──よく考えたらすっごい不毛な気もするから、深くは触れないようにしてたけど。
「へぇ。勝算あるんだ?」
揶揄うようなあたしの言葉に、彼は眉を下げた情けない顔になった。
「ないよ。あるわけないだろ。でもさ、麻帆って結構モテるみたいなんだよなぁ。好きだっていう奴、俺が聞いただけで何人かいるし。まあ、あんだけ可愛いし当然か」
あたしの前でよく平然とそんなこと言えるな。
いや、あたしの前だからか。
それだけ信用されてるってことなんだろうし、祥平にとってあたしはもう『親友』の括りなのかも。確かに付き合い長いだけじゃなくて、気心知れてるもんね。
ホント気楽に話せるから、お互いに。……お互い、に?
まあね、祥平の言う通り麻帆は可愛いよ。
顔も仕草も表情も話し方も、もう全部が『可愛い女の子』ってカンジ。
何よりも、そういうのがわざとらしくないとこが一番スゴイんだ。自然体で、そこにいるだけで可愛い。
なんなの、いったい。
だから女の子にも嫌われたりしないんだよね。いつでも友達に囲まれてる。
「断られてもいいから、せめて俺の気持ちだけでも知っててもらいたいんだよ」
それでも祥平は、キッと前を見て覚悟決めたみたいに口開いた。
「だから明日! 俺、麻帆に告白する! 決めたんだ」
あたしがずっと密かに恋してた幼馴染みは、あたしの前できっぱり決意表明する。
他の、あたしじゃない女の子に告白することを。
──明日。明日、かぁ。
「なぁ、『好きだ。俺と付き合ってくれ!』じゃあんまり芸なさ過ぎか? でも小っちゃい頃から知ってんのに、今更カッコつけんのもどうかなって。……お前はどう思う?」
耳ペタンと寝かせて尻尾垂らした犬みたいに、見上げるほどでっかい祥平が隣に座ったあたしの顔を覗き込んで来る。
ああ、そっか。これ訊くために、わざわざうちまで来たんだ。
「そーだね。ヘンに小細工するよりストレートな方がいいんじゃない? ただ……」
「何? 俺、ホントに全然わかんないから。遠慮なく何でも言ってくれ! 是非、女心をレクチャーしてくれ!」
真剣な顔で食い下がってくる祥平。
大丈夫、麻帆はアンタのこと好きだよ。
子どもの頃からずっと。あたし、あの子のことはよくわかってるから。さすがになんでも、とまでは行かないけど、きっと他の誰よりも詳しいよ。
「告白すんのはまあいいんじゃないの。思い切ってぶつかって、玉砕すんのも青春じゃん?」
「お前、さり気にヒドいこと言うなぁ。振られんの前提かよ」
敢えて軽く口にしたあたしに、祥平はちょっと拗ねたような表情になった。この程度の意地悪言うくらい許されるでしょ? 何も知らない鈍いアンタにはさ。
「いや、こういう場合最悪の事態を想定して動くべきじゃない? 自信満々で崖の上から突き落とされるより、『どーせダメ元』からの逆転ハッピーのが絶対いいじゃん。気分的に」
「……まあ、な」
ちょっと真面目な口調になったあたしに、祥平は不承不承って感じで頷いてる。
「けどさ、明日ってのはどうかなぁ。木曜日でしょ? 次の日も学校あるんだよ? 休みの日か、……せめてその前の日にした方がいいって!」
「うん、お前の言うこともわかる。断られたときとか、ちょっと時間おける方がいいんだろうし。それでも、やっぱ明日がいいんだ」
無駄に力入ってるのは自覚してるあたしの説得に、それでも祥平の決意は揺らがないらしい。どうしても、明日でないとダメなの……?
「明日は麻帆の誕生日だからさ」
もちろん知ってるよ。当たり前じゃん。だから言ってるんだよ。
だって麻帆の誕生日は──。