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第九九六話、海氷空母、溶ける


 ムンドゥス帝国潜水艦隊の一部が敵潜水艦隊と交戦。

 その報告は、二千艦隊ならびに作戦参加部隊すべてに伝わった。もっとも、全体からすればまだまだ小規模な戦いであったが。


 戦闘海域より遠くに配置されている部隊ほど、ラジオから流れるニュース程度の感覚で第一報を聞き流した。

 それでなくても、トラックやウェークから偵察機が飛んできただの、空中警戒部隊が敵機と小競り合いになっただのは、すでに何度か伝わっていたのだ。そして自分たちが特に何もしない間に決着がついていれば、真剣さに欠けても仕方がないところもあった。


 巨大海氷空母『アリエース』。全長3000メートルに達する巨大海氷飛行場ともいうべき巨艦である。異世界氷がその船体を構成し、その飛行甲板兼駐機場には、アステール、コメテスといった円盤兵器群が並べられている。


「早朝、我が攻撃要塞群は、トラック諸島を空襲する!」


 第四航空艦隊司令官プドル中将は、意気揚々と告げた。


「アメリカ、イギリスに続いて日本軍もその撃破スコアに加えてやれる!」


 プドルの鼻息は荒い。


「敵の機動部隊がトラックにいないものか」


 米軍の南米上陸作戦、イーストカバーで大西洋艦隊機動部隊を叩いたのは、第四航空艦隊である。さらに英独のブリテン奪回作戦中に、英機動部隊を壊滅させたのもそうだ。


 なお、呼ばれてもいないのに参戦したことを、帝国第五艦隊のオルモス大将から恨まれていたがプドルは意に介さない。

 戦果マニアなプドルは、早く自分の軍の戦歴に日本軍の撃破記録を加えたくてうずうずしているのである。


「しかし、司令。敵は神出鬼没な転移戦術を駆使するとか」


 ク参謀長が、眉間にしわを作りつつ言う。


「アステール部隊に即応態勢を取らせたほうがよいのではありませんか?」

「君、攻撃要塞クルーたちは、明日の戦いに全力を出さねばならぬのだよ?」


 プドルは不快感を滲ませた。


「ここで夜間待機などさせてみろ。彼らのパフォーマンスに影響する。そもそもだね――」


 母艦『アリエース』の周りに展開する友軍艦艇を見やる。


「この重厚な陣形の中、敵艦隊が来るものか。よしんば転移で現れとしても、全長3キロもある我が海氷空母を分で沈めるなど不可能。たとえ大破するようなことになろうとも、そうなる頃には、攻撃要塞群は飛び立っているだろうさ」


 プドルはそこで小さく笑う。


「敵の得意とする奇襲攻撃隊は、遮蔽解除装置が無効にしてくれる。奴らが攻撃隊を送り込んできたとしても充分迎撃に間に合う」


 だから、何も心配することはない。プドルが楽観的に構えている時、通信参謀が司令塔に現れた。


「司令、第55巡洋戦隊の緊急通信を傍受しました。第三航空艦隊の旗艦『ゲモニー』が……その、溶けました」

「はぁ?」


 聞き違いだろうか。プドルは眉を吊り上げた。『ゲモニー』と言えば、『アリエース』と同型の巨大海氷空母だ。それが溶けた、とは――


「どういうことだ?」


 わけがわからなかった。



  ・  ・  ・



 時間は少し戻り、巨大海氷空母『ゲモニー』。明日のトラック諸島空爆に備えて待機していた時だった。


『至近に未確認機!』


 突然だった。夜の闇に紛れて単独の航空機が護衛部隊をすり抜け、海氷空母をかすめて飛んでいった。


「何だ? 敵か?」

「遮蔽解除装置は働いているな? 何故、ここまで捕捉できなかった!?」


 動揺するゲモニーの第三航空艦隊司令部。レーダーも敵を捉えず、見張り員も夜間単機で飛行するそれを探す。


「司令、攻撃要塞群のクルーを緊急配置につかせますか?」

「やらせろ。敵が懐まで潜り込んだかもしれん。機体に搭乗させろ」

『左舷、巨大な氷壁出現!』

「なにっ!?」


 観測員が、『ゲモニー』の至近に現れた巨大物体を報告する。司令塔の左舷方向に司令部要員が集まる。


「何だあれは――」

「氷壁だろう?」

「だから、何故それがこんな間近に――」

「転移で現れたというのか!?」


 騒然とする参謀たち。ゲモニーの艦長は叫ぶ。


「衝突注意! 観測! 氷壁の動きは――」


 ・ ・ ・


「敵巨大海氷空母、左舷至近! 転移成功!」


 四式水上偵察機『飛雲』を操縦する飯橋 藤七飛曹長が声を弾ませれば、機長の時任(ときとう)甚助(じんすけ)大尉はリモコンのスイッチを入れた。


「よし! 解氷装置、放射っ!」


 異世界帝国巨大海氷空母のすぐ至近に、触れ合うような距離にある氷壁、こと突撃海氷艦が、その左舷側に並べられた異世界氷解氷装置を一斉に放射モードで放った。


 マ式暗視ゴーグルで様子を見守る。解氷波は目で見えないが、巨大海氷空母がその表面をあっという間に溶かしはじめる。


「お、おおっ……!」


 その効果は劇的だった。溶けるというより蒸発するというべきか、全長2キロの氷壁が、隣にある全長3キロの海氷空母を、瞬く間に消していき、駐機されていたアステールやコメテス、格納庫の装備や備品、そして異世界人や整備人形が、ぼろぼろと海面に落ちていく。


「すげぇ……」


 飯橋は思わず声に出していた。お湯を浴びて雪が溶けるように、海氷構造物が水になり海に溶けた。


「こんな、簡単に……」


 あの巨大海氷空母を、普通に沈めるとしたらどれだけの火砲が必要だっただろうか。時任は口元を歪に歪めた。


「海氷島が役立たずになるわけだ。こうも威力があるとは」


 そこで任務を思い出す。戦果確認係が長かったせいか、ついゆっくり見てしまう癖がついている。


「遊撃部隊司令部に打電。我、海氷空母一隻の消滅を確認。円盤群は海没せり!」


 突撃海氷艦が我に返った敵に攻撃されないよう転移離脱させる。長さこそ2000メートル級だが、幅がないので戦艦の砲撃などを喰らえば、案外簡単に割れてしまうのではないかと不安になるのだ。


 実際はそこまで柔でもないのだが、過信できるレベルではないのもまた確かであった。

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