第九九四話、ムンドゥス皇帝艦隊、進撃す
ムンドゥス帝国、皇帝本営艦隊ともいうべき二千艦隊は、マーシャル諸島の日本軍を一蹴した。
続く目標は――
「トラック諸島にございます、閣下」
カサルティリオ総参謀長は、うやうやしく告げた。長い青髪の美女である。艶やかにして怜悧。氷の女などと言われるが、『皇帝陛下の愛人』というのは、蔑称でもなく事実であるとされる。
「トラックは日本海軍の海外の重要拠点の一つとされております。そして皇帝陛下のムンドゥス太平洋艦隊が、日本のグランド・フリートを撃滅させた地でもあります」
「我らがそこを目指せば、日本海軍はやってくる。……そうだな?」
ムンドゥス皇帝の言葉に、カサルティリオは頭を下げた。
「はい、我が主」
皇帝は、日本海軍との大海戦を求めている。ムンドゥス帝国の地方艦隊を阻む異世界の蛮族。その実力は、皇帝の関心を引いた。そうでなければ、ただの資源世界に皇帝自ら赴くことなどないのだ。
二千艦隊は今回の日本海軍討伐作戦に投入される。皇帝陛下の私兵とも言われるその艦隊は、ムンドゥス帝国の主力艦隊とはまた異なる。
故にこの地球世界に連れてきた主な艦隊は、二千艦隊には加わっていない。ある意味、恐ろしい物量と言える。
二千艦隊の中心となるのは666艦隊だ。
プロートン級(改メギストス級)大型戦艦111隻、オリクトⅢ級戦艦222隻、ディアボロス級航空戦艦111隻、パゴヴノン級双胴空母111隻、リトスⅡ級大型空母111隻が、その主力となる。
この他に中型空母200、重巡洋艦200、軽巡洋艦400、駆逐艦500が脇を固め、特殊な艦艇や艦隊旗艦など、その他が数十隻が所属する。
なお、これとは別に500隻の潜水艦が、艦隊を海中から守っており、さらに超巨大海氷空母6隻には、第一、第三、第四航空艦隊――円盤要塞戦闘団が存在している。
少しでも地球側の戦力を知る者からすれば、大袈裟過ぎる戦力、否、大人げなさ過ぎる圧倒的な戦力であった。
皇帝陛下は、強大なる暴力で相手を叩き潰すのが好きなのである。
「果たして、日本人はどのような抵抗を見せてくれるのであろうな……」
玉座に腰掛けたムンドゥス皇帝は、ワインを口にする。
「なあ、カサルティリオ?」
「征服軍を破った軍でありますれば、退屈な戦いぶりはしないでありましょう」
総参謀長は、しかし表情をピクリとも動かさずに言った。
「ですが、彼らが我が軍を破ってきた戦術は、すでに対策されておりますれば……。不利を承知の正面からの殴り合いを仕掛けてくることでしょう」
遮蔽を使った奇襲攻撃隊は封じた。
転移を使って艦隊を飛ばす戦法も、魔法防御シールドで無効化できている。
人工氷を使った大質量物体による体当たりも、解氷装置が全艦に行き渡り、これも通用しない。
戦力差に劣る日本軍が、ムンドゥス帝国軍を破ってきた戦術は、もやは通じない。
「しかし、大威力の爆弾を日本軍は使用すると聞いている」
ムンドゥス皇帝は言った。
「ああいう直接殴りにくる武器の対策は、できないのではないか?」
「おっしゃる通りでございます、我が主」
カサルティリオは認めた。
「ですが、そう量産できる代物ではないのも事実。たかだか戦艦の10や20を葬る程度の武器で、二千艦隊は破れますまい」
「ふふ、そうだな」
ムンドゥス皇帝は、ワイングラスを掲げ、ガラス越しにここではないどこかを見る。
「我が新兵器の出番があるとよいのだが……」
「使われますか? 全ては我が主の意のままに」
「いや、あれでサタナスを破った軍だ。余の軍隊とどこまで戦えるのか、この目で見ておきたい。もし、見込み通りであるなら、新兵器の出番もおのずとあろうよ」
皇帝は大モニターで、中部太平洋の地図を見やる。
「日本軍の動きはどうか?」
「現在、目立った動きはありません。トラックから長距離偵察機が進出しているくらいでしょうか。我々の艦隊の規模を図ろうと、あがいておるようです」
「攻撃自体は?」
「潜水艦で小競り合いがあった程度です。トラックから爆撃機が飛んでくることもありません」
二千艦隊の防空能力ならば、近づいてくる前に攻撃隊は全滅だろうが――カサルティリオは心の中で呟く。
遮蔽解除装置により、敵の奇襲攻撃隊は近づくことすらできない。
二千艦隊の中心、666艦隊のパゴヴノン級双胴空母は、艦載機200機の大搭載量を誇る。それが111隻もあり、さらにリトスⅡ級大型空母も111隻あるのだから、単純計算3万5520機の航空機があることになる。なおこの数には中型高速空母200隻の艦載機は含まれていない。
ともあれ、日本海軍の航空機が束になってかかってこうようとも返り討ちも容易い。
さらにアステール円盤群まであれば、敵の基地航空隊、空母機動部隊など鎧袖一触であろう。日本軍もまた、その経験豊富さゆえ、中途半端に航空攻撃を仕掛けてこないのだと思われる。
「明朝、航空艦隊によるトラック諸島攻撃を行う予定でございます」
「うむ。……日本軍はアステールを撃墜できる能力を持っている。それは理解しているな?」
「もちろんです、我が主。多少の損耗は折り込み済です。その上で、トラック諸島の日本軍拠点を殲滅してご覧にいれます」
「よろしい」
ムンドゥスは従者にワインのおかわりともらい、そして新たに杯を掲げた。
「我が軍の健闘と、日本軍の善戦を期待しよう」
・ ・ ・
皇帝が優雅に戦況確認をしていた頃、二千艦隊の最前衛である帝国潜水艦隊は、多数の魚雷によって先制攻撃を受けていた。
『前衛潜水隊に被害、発生』
第二潜水艦隊旗艦『ズィアヴロスィ』。ヴァスィア・ネラ級旗艦級潜水艦である『ズィアヴロスィ』を指揮するタッロス大将は、不敵な笑みを浮かべた。
「来たか、日本軍!」
まだ識別はされていないが、この状況で日本以外の敵が出てくるとは思えない。半ば確信があると言える。
「奴らは我々以上に潜水型艦艇を有しているという。仕掛けてくると思っていた!」
だからこそ、艦隊の周りに我が潜水艦隊がいるのだ。
「無人戦隊を前進させぃ! 敵艦をあぶり出せ!」




