第九九二話、夜間敵中偵察
「あの紫色に光っているのが、遮蔽解除装置なんですか?」
飯橋 藤七飛曹長がマ式暗視ゴーグルごしに眼下を見れば、機長である時任甚助大尉は地図を眺めた。
「そういうことだ。目立つよな、あの光は」
夜ともなると――。
四式水上偵察機『飛雲』は、夜の太平洋を飛ぶ。海上には異世界帝国の大艦隊。その数は彩雲偵察機の決死の報告を総合すると、二千以上の艦影があるとされる。
――彩雲もいい機体なんだがな。
昨年まで彩雲偵察機に乗り、機動部隊の戦果確認係として長く戦場を見てきたベテランである時任である。
水上機母艦『早岐』の新型水上偵察機部隊の指揮官に転属となったが、元々の専攻が水上偵察機だったことも影響している。
――遮蔽対策か……。
これまで見えない衣に守られてきた彩雲も、異世界人が対策してきたことで偵察の危険度が跳ね上がった。
撃墜されない偵察機として活躍してきた彩雲偵察機も、ここ最近は撃墜される機体が相次いでいる。
もっとも、いつかこんな日が来ることは予感していた。何せ時任は、遮蔽飛行中にも関わらず敵機に狙われ、実際に銃撃された経験があったからだ。
インド洋での異世界帝国の大西洋艦隊との戦い。こちらの奇襲攻撃隊の戦果確認と敵との触接任務を遂行している時のことだった。飛行中に襲撃されたのは、その時の一回だけであり、敵が新装備のテストをしていたのでは、で落ち着いたが、今では完全に遮蔽対策をされてしまっている。
もはや、白昼堂々の偵察は、不可能ではないが困難となっている。
「遮蔽がないと、落ち着かないものです」
飯橋は言った。
「昔はこれが自然だっていうのでしょうが」
「楽をした分のツケが返ってきたということだろう」
時任は冷めている。終わってみれば短い天下だった。
「いまは電波吸収塗料が頼りだ。あと――」
「夜の闇、ですね」
敵レーダー波をかく乱し、反射させないことで、その所在を隠す。姿が消えるわけではないが、レーダーからはほぼ観測されなくなるという魔技研の新技術だ。
目視では見えるが、夜間に飛行することで、その視認発見を困難にさせる。一方こちらは、暗視ゴーグルのおかげで夜でも敵影や地形がはっきり確認できた。
「とはいえ、油断はするな。報告では敵もナイト・アイ――暗視対応しているものもいるようだ」
「承知しております!」
四式水偵『飛雲』は飛ぶ。その間も時任は敵艦隊の陣容の記録を続ける。彼らに与えられた任務は、正確な敵情の入手である。
従来、遮蔽彩雲が行っていたことをやる。言葉にすれば、さほど難しいものではない。
――だが、敵の艦種識別すると、この陣容は嫌になるな。
口には出さないが、時任は自然と眉間にしわを寄せた。
改メギストス級戦艦100隻以上。主力戦艦級200隻以上、ディアドコス級航空戦艦100隻以上――戦艦だけで400を超え、リトス級大型空母、パコヴノン級双胴空母がそれぞれ100隻以上。
これらだけでも厄介なのに、重巡洋艦、軽巡洋艦、中型空母も200とか300、駆逐艦も500はある。
未識別の新型も含めて、ざっと2000隻は確実と思われる。
これほどの大艦隊を前に、連合艦隊は果たして対抗できるのか。数々の戦いを制した山本 五十六元帥はすでにこの世にいない。この未曾有の大艦隊、常道では勝てない。
「大尉! 右前方! 巨大海氷!」
「! ――あれか」
巨大な海氷空母、いや飛行場。日本海軍の海氷飛行場『日高見』よりも大きい。
「円盤多数が駐機中! 間違いありません!」
「よし」
時任は記録をとる。連合艦隊が迎え撃つ敵大艦隊の中で、交戦前に潰しておきたいのが、アステールなど円盤兵器とその母艦である。
「こいつを叩かないと艦隊決戦どころじゃない」
日本軍はアステールを撃墜する装備を持っているが、これらが大挙押し寄せれば、対応策があったとて防ぎきれない。
――遮蔽対策さえされていなければ、奇襲攻撃隊が真っ先に叩いたんだが……。
闇夜にも目立つ敵の遮蔽解除装置艦。前衛のピケット艦の他、護衛の中にも複数の艦がそれを起動させている。一隻や二隻の対策艦を叩いたところで、他がカバーしてしまうので、それだけを狙った攻撃も現状難しくあった。
――連合艦隊は、こいつをどう始末をつけるつもりだろうか。
例の転移を活用したシベリア送り戦法も対策されてしまっていると聞く。方法があるとすれば、飛雲のような機体で敵の近くに転移中継ブイを落として、艦隊を呼び寄せ、総攻撃をかける、だろうか?
思いを馳せる中、時任は記録を続ける。正確なる敵情の把握こそ、この戦力差を覆すための必須のもの。
海氷飛行場をどう始末をつけるかわからないが、その位置情報は敵艦隊打倒のための鍵を握る。決して疎かにしていはいけないのだ。
・ ・ ・
軍令部にもたらされた『早岐』偵察隊の報告に、小沢 治三郎軍令部次長は言った。
「巨大海氷空母は六隻だそうだ」
「六隻、ですか」
神明 龍造少将は例によって淡々とう応じた。
「やれそうか、神明?」
「やります」
即答だった。すでに海氷島から一部その海氷を切り崩し、突撃海氷艦を用意してある。
問題は、やはりこの機動性がほぼないに等しい全長2キロの物体を、いかに敵海氷空母の近くへ持って行くか、である。
「転移中継ブイを目標近くに落とせれば、可能です」
「結構。貴様のところの『早岐』の偵察隊はよくやってくれた」
小沢は言ったが、そこで表情を曇らせた。
「空からの偵察は、まあまあ上手く行ったが、海中はどうもよろしくないようだ」
潜水艦艦隊である第六艦隊の偵察隊が、マーシャル諸島の敵への接近を試みたが、水上艦同様、海の中にも多数の潜水艦がひしめいているという。
「第六艦隊と自動潜水艦群の総力を結集して、これに対処せねばなるまい。水上での艦隊決戦に加え、海中でもおそらく大激戦となるだろう」
潜水艦による敵水上艦攻撃は、敵潜水艦を排除しなくては叶わない。それは敵もおそらく同じで、第六艦隊は敵大潜水艦隊を防ぐことが、決戦の行方に左右すると思われた。
「この戦いは、連合艦隊が経験する史上最大の海戦となるだろう」
小沢は断言するのであった。




