第九九一話、円盤兵器と巨大海氷飛行場
アステールや円盤兵器は、飛行できる上に装甲が強靱。その耐久性が高い一方、重量の問題があって、エーワンゲリウム機関なしでは飛行できない。
これが一般の航空機に、アステールと同じ材質の装甲が使われない理由ではある。が、特殊機関装備で飛行できるアステール系円盤兵器は、非常に手強いのは間違いない。
もっとも日本海軍は、円盤兵器には装甲をスルーして内部で爆発する転移誘導弾という対応武器がある。
なので対抗はできるのだが、多数の戦闘機が護衛についた円盤兵器、それもこれまた数十機を同時に繰り出されたら迎撃しきれず、艦隊や地上目標が攻撃されてしまう。
日本軍は少数の円盤兵器ならば各基地で応戦もできるが、今回のような多数が攻めてきた場合、阻止しきれないのである。
「そうなると、基地や飛行場にいる間に叩きたいところではあります」
第一遊撃部隊、先任参謀の藤島 正中佐は言った。
「それも、円盤が飛び上がる前に破壊したいので、やるならやはり奇襲なんでしょうが、今は遮蔽がほぼ無効ですからね」
「遮蔽無効装置を叩くか、敵のレーダーから捉えられない低空から……暁星や暁星改のような攻撃機で接近するのが無難である」
神明 龍造少将は考えるが、すぐに首をわずかにかたむける。
「問題は――」
「今回の敵は、日高見に以上の巨大海氷飛行場を投入していること、ですね」
藤島は唸る。
「例の異世界氷で作った代物なんでしょうが、それだけでかいと破壊するのは困難ということです。暁星の対艦誘導弾で完全破壊は至難の業でしょうし、転移中継ブイで戦艦を呼び寄せたとしても、艦砲射撃中に円盤兵器が発進してしまう……」
「……」
「陸軍の魔石爆弾があれば……」
都市一つを吹き飛ばせるとされる魔石爆弾。それがあれば、巨大海氷飛行場といえど、ひとたまりもない。
藤島の提案だが、神明は首を横に振った。
「それが通れば、苦労はないよ」
軍令部が巨大海氷飛行場と円盤兵器の組み合わせを偵察情報で掴んだ後、手をこまねいているわけがない。
それでなくても太平洋に現れた敵大艦隊を前に、切り札として陸軍に魔石爆弾の使用を求めたに違いない。
だが神明に話を持ってきた小沢軍令部次長が、その件にまったく触れなかったところからして、交渉は上手くいかなかったのだろう。
「断られたのですか?」
「イエスかノーか、という見方ならば、断られたということなんだろうが……」
「日本に危機かもしれないのに、陸軍は――」
「単純に、譲渡できるだけの魔石爆弾が陸軍にもない可能性がある」
神明は事務的に答えた。
「あれを一つ作るだけで、どれだけ他の武器や装備が作れる? そうポンポン作れるようなら、海軍だって作っていただろう」
魔力資材の配分、製造するための技術云々……。色々あるのだろうが、あれだけの威力の武器が大量生産が可能ならば、陸軍だってとうにやっている。
「陸軍が実は魔石爆弾を複数もっていて、海軍に嫌がらせがしたいというのであれば、何かしらの交換条件を突きつけてくる。それがないということは陸軍にもないのだろうさ」
「ですか」
藤島は苦笑する。
「しかしそうなると、有効な兵器がないということになります。軍令部からの相談にも、そのように答えるしかないですかね」
「巨大海氷飛行場を始末する方法なら、考えてある」
神明があっさりと言う。藤島は席を立った。
「あるんですか?」
「敵の巨大海氷飛行場は異世界氷だとお前も言っただろう? あの氷に対しては特効薬がある」
日本海軍が異世界氷を利用した艦隊殲滅用の体当たり兵器として、全長14キロもの巨大海氷――海氷島を保有していた。
しかしそれは異世界帝国の紫の艦隊に対策され、当てた途端、氷を溶かされ無力と貸した。
もはや海氷島で体当たり戦法はとれない。巨大海氷飛行場として再利用するしかないと、日本海軍ではその使い道を考えていたが――
「あの氷を溶かす装備ですか?」
「そうだ。若狭湾で沈めた紫の――緑の艦艇を回収した際に調べてわかったが、その装置を作動させて、海氷飛行場に突っ込めば、みるみる溶けていくという寸法だ」
「戦艦に解氷装置をつけて突っ込ませるんですか?」
藤島は皮肉げに口を緩めた。
「しかし、敵の巨大海氷飛行場も2、3キロもある代物ですぜ? 大型艦を何隻並べて突っ込ませるおつもりですか?」
「藤島、我々には同様の巨大海氷物があるだろう……?」
神明が片方の眉を吊り上げれば、藤島は口をあんぐり開けた。
「ま、まさか海氷島をぶつけるんですか!?」
確かに全長14キロもの物体ならば、2、3キロの海氷飛行場など小さい。
「でも神明さん。解氷装置を装備させたら、海氷島も溶けてしまうじゃないですか!? それじゃぶつけられませんよ?」
「鹵獲した解氷装置をそのまま使うのであればな」
装備から、周囲二百メートル範囲の異世界氷を溶かす装置である。ドーム状に作用するそれだが――
「これを改造して解氷範囲を操作する。つまり特務艦『瑞穂』が装備する転移照射装置のように、解氷を範囲型ではなく照射型にするんだ」
「!」
「そしてこれを複製し、海氷島の一部を切り離した壁に装備させる」
「海氷島の一部、ですか……?」
要領を得ない藤島に、神明は説明する。
「海氷島は自走できないからな。照射型の場合、転移でぶつけるわけにもいかない。自走できる大きさのものにしないといけない」
たとえ鈍足だったとしても敵海氷飛行場に近づけば、照射された解氷線により、円盤兵器の基地はあっという間に溶けていくという寸法だ。
転移体当たりでさえ潰せずに瞬時に溶かすことができる解氷装置だ。奇襲できれば、全体を溶かすのに十数秒もかからないのではないか。
「それならばアステールや他の円盤兵器も、あっという間に海に沈みます!」
顔をほころばせる藤島だが、すぐに首をかしげる。
「対策があるのに、どうして悩んでいたんですか?」
「私が悩んでいたのは飛行場の方ではなく、すでに飛んでいる円盤群の方だよ」
神明は答えた。
「こちらの方は既存の方法以外ろくなのが浮かばなかった」
そこでふと、神明は顎に手を当てる。
「劇的な効果はないが、あれも一応できなくはない、か……? しかし今からは間に合わないか――」




