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第九八五話、二転三転、紆余曲折


「保留、ですか……」


 第一遊撃部隊、旗艦『蝦夷(えぞ)』。艦長の阿久津 英正大佐は、その丸っこい顔に渋面を浮かべた。

 相手は遊撃部隊指揮官の神明 龍造少将である。


「アゾレス諸島の米英上陸部隊の撤収作戦支援……。早まるかと思い、準備を急がせておりましたが、まさかストップがかかるとは」

「軍令部もその気だったんだがな」


 神明は自身の顎に手を当て、考える素振りを見せる。


「そのイギリス、アメリカの考えが変わったというべきなんだろう」

「何があったんですか?」

「単純な話だ。イギリスがブリテン奪回作戦を継続するなら、アゾレス諸島の占領維持も続けるべき、という流れだよ」


 艦隊は世界帝国軍の逆襲によって壊滅。イギリス、アメリカ、そしてドイツの艦隊も大きな打撃を受けた。


「異世界帝国軍は上陸部隊を送ってこなかった。つまり陸上では占領時の戦闘以外に起こっていない。海では大敗だったが、アゾレス諸島に上陸した英軍、米海兵隊は島を占領し、なお意気軒昂なのだそうだ」

「……それ」


 阿久津が正直な顔になった。


「まだ敵が上陸戦を仕掛けていないだけでは?」

「……君もそう思うか」


 神明は口をへの字に曲げた。


「両軍とも艦隊は去ったが、だからといって安全というわけではない。異世界帝国軍が改めて奪回部隊を送り込んでこないという保証はない」

「引くなら今のうちだと思うんですけどね」


 阿久津は言う。


「敵がアゾレス諸島の再奪回にきたら、その時は島も包囲されているってことでしょう? 撤退も困難。英米軍はまともな戦闘艦隊を送れない。全滅しますよ」

「……」


 言われるまでもない、という顔をする神明。阿久津は肩をすくめた。


「まあ、イギリスさんやアメリカさんがそう言うなら、そうなんでしょうな。仕方ありません」


 軍令部も準備は進めていたが、大元である英米軍がアゾレス諸島の維持を決めた。ならばその方針に従うほかないのである。


「尻拭いは、ごめんですがね」

「……」


 神明の視線に、阿久津はため息をついた。維持を決めた癖に、その英米軍から助けてくれと懇願される未来が見える――そう神明は予感しているのだろう。阿久津はそれを察したのである。


 1945年に入って、ろくなことが続いていない。乾坤一擲の大作戦であるブリテン奪回作戦や米軍のイーストカバー作戦など、異世界帝国軍の反撃で地球側勢力は大損害を受けた。


 さらに日本でも、つい先日、三河地震が発生。マグニチュード6.8の直下型地震であり、昨年起きた東南海地震よりも死傷者数が多くなりそうという情報もある。戦時中ということもあり、報道管制が敷かれているようだが。


 思えば、日本はここ三年連続で大地震に見舞われている。43年の鳥取地震、44年の東南海地震、そして三河地震。まさかとは思うが、異世界人の新兵器でなかろうか……などと陰謀論にも似た怪しい説も出てきそうである。

 物思いから脱するべく、頭を振る阿久津は、神明もまた考え事をしているのに気づいた。


「何が気になっているんです?」

「ここにきて、敵も方針を転換したというか、万事隙がなくなってきたと思ってな」


 遮蔽対策もその一つか。首をかしげる阿久津に、神明は言った。


「回収隊が沈没艦艇のサルベージに失敗した。我々が、彼らから沈没艦を取り上げていたことに本腰を入れて対応してきた」


 ドーバー海峡ならびにブリテン奪回作戦で沈んだ艦艇の回収失敗。さらに南米、イーストカバー作戦で撃沈されたアメリカ艦隊も、我が海軍回収隊は入手できなかった。


「まったくもって嫌なタイミングだ。元々、異世界人も撃沈した艦艇を戦力化してきた。ここのところ、我々はそれをさせなかったわけだが、よりにもよって、戦力が拡大した米英軍の艦の大半を一挙に持ち去られたことになる」

「つまり、それらを再生し、我が日本海軍にぶつけてくる、と……」


 阿久津はつばを飲み込んだ。異世界帝国軍の主要艦艇のみならず、米英独の新鋭艦艇とも戦わなくてはならなくなる。単純に敵の戦力が倍化したような印象を受ける。


「最悪の展開は、予想しておくべきだろうな」


 神明は淡々というのである。


「それがいつ前線に出てくるかはわからないが、今はアゾレス諸島か、あるいは南米か。いつ救援任務が発令されても対応できるよう、準備を進めよう」



  ・  ・  ・



 悪い予感とは、往々にして当たるものである。

 アゾレス諸島へ米英軍は補給船団を送った。日本海軍の秩父型ゲート艦の支援により、一気に目的地まで向かった輸送船団だったが、異世界帝国軍の空母航空隊に鉢合わせしてしまった。


 エヴァーツ級護衛駆逐艦が6隻、護衛についていたが、元々は潜んでいるだろう潜水艦対策であった。

 そこに航空機の大編隊が襲いかかれば、いかに対空機材が充実している米艦艇といえど限度があった。Mk22 3インチ砲や40ミリ、20ミリの対空機銃で迎撃するも、高速で飛来するミガ攻撃機の数に圧倒され、次々に撃沈された。

 そして輸送船も容赦ない爆撃と光弾砲の猛攻を受けて、全滅した。


 これを受けて、米英軍は上陸部隊の孤立を防ぐべく、次の補強船団とその護衛戦力の用意をするのだが、双方とも大作戦直後の損耗から回復しておらず、ろくな戦力が残っていなかった。


『日本海軍に、救援部隊の派遣をお願いしたい』


 米英からの要請に、軍令部次長の小沢 治三郎中将は苦り切った顔をしたという。

 そうこうしている間に、米英軍の上陸しているサンタマリア島、テルセイラ島に異世界帝国艦隊が襲来。旧式戦艦であるヴラフォス級の艦砲射撃に加え、航空機による空襲が英陸軍ならびに米海兵隊に襲いかかった。


 さらに上陸部隊まで送り込まれては米英首脳部もまた、アゾレス諸島から撤退もやむなしと結論を得る。

 日本軍に頼らねば、まともな艦隊戦力も送れないという現状。補給物資を繋ぐことすら不可能では、もやは占領維持は諦めるしかなかったのだ。


「だから、とっとと撤収させておけばよかったのだ!」


 小沢は怒鳴った。

 敵に包囲されて孤立した前線の兵士たち。敵にガチガチに固められてしまっては、救援部隊も送れもしない。


 が、軍令部は、アゾレス諸島の上陸部隊の撤収という条件で要請を受け入れた。包囲艦隊の撃滅やその後のアゾレス諸島維持などやるなら手を貸さない――そう日本側が強調した上で、米英を承諾させた。


 かくて、準備を進めていた第一遊撃艦隊は出撃。アゾレス諸島へ転移した。

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