第九八四話、悪化する戦況
第一遊撃部隊は内地に帰還した。
神明 龍造少将は、軍令部に出頭、軍令部次長である小沢 治三郎中将に作戦完了の報告を行った。
「ご苦労だった。しかし……まあ、ひどいもんだ」
小沢はため息をついた。
「イギリスさんは本土奪回を諦めてないが、英独加艦隊はほぼ壊滅。アゾレス諸島攻略部隊もまた半壊。南米侵攻をしたアメリカ大西洋艦隊も撃破された」
まさしく、目を覆いたくなる敗北の山である。年が明け、攻略を成功させ異世界帝国への反攻の機運を高めたいところにこれでは、地球各勢力の士気低下は免れない。
「いま、まともな戦力を残しているのは、我が日本の連合艦隊のみとなった」
小沢はデスクの上の書類を手にとる。
「連合艦隊の編成はひと段落したが、練度向上はまだこれからだ。それを急がねばなるまい。この世界での唯一の抵抗可能な大艦隊だ。他に敵がいなければ、早々に異世界帝国艦隊が太平洋に進出してくるだろう」
「敵の早期の太平洋進出があると、軍令部次長はお考えですか?」
「うむ、時間をかけて待つ理由がない」
小沢は書類に目を通す。
「アメリカにイギリス、ドイツ。その有力な艦隊を叩いた今、連合艦隊さえ片付ければ、連中は我々に降伏を迫るだろう。逆に連合艦隊が健在であれば、イギリスもアメリカも白旗はあげない……と思いたい」
イギリスのウィンストン・チャーチル首相は、ブリテン奪回を諦めていない。つまり、まだ抵抗するつもりだ。しかしそれは日本がまだ異世界帝国艦隊と対抗しうる戦力を残しているからだ。
そういうこちら側世界の住人の戦意を打ち砕くためにも、異世界帝国軍が日本軍を叩くというのは、正しい判断と言える。
「人は希望なくば生きていけない。この期に及んで、人類最後の希望は、連合艦隊ということだろう」
「象徴として、わかりやすくあります」
「異世界人は、我々を蛮族と見ているらしいからな」
皮肉げな顔をする小沢。
「そういう蛮族にわからせる手っ取り早い方法というやつだ」
神明は頷いた。小沢は書類を置く。
「そんなわけで、連合艦隊の練度を一日でも早く高め、その時に備えなければならない。そちらは連合艦隊に任せるとして、我々は中々に忙しい」
「次の作戦ですか」
「まあ、色々な。まず第一に英国にポータルを届ける。海上封鎖されても補給線が途絶えなければ、英国本土奪回は可能というのが英軍の見立てだ。で、それ自体は、転移ゲート艦などを活用すれば、それほど難しくはない」
問題となっているのは――
「アゾレス諸島に取り残された上陸部隊の撤退だな。米英とも救出部隊を送りたいが、有力な戦力が残っていない。それに転移できるのが我が軍だけだから、協力なくば立ち行かないというわけだな」
「撤退作戦の遂行というわけですか」
神明は理解した。
「そういえば、南米の方はどうなのですか? あちらも上陸部隊がいたはずですが、撤退はできたのですか?」
「それがアメリカさんは、大いに揉めているよ」
困ったものだ、と小沢は顔をしかめてみせた。
「正直、南米奪回作戦などやる意味があったのか、と向こうさんの議会やら国民から、イーストカバー作戦の失敗について、軍は突き上げをくらっている。
南米の主要な場所は海岸地帯に集中していて、内陸には未開地も多い。そんな手つかずの自然の多い場所を攻めて、何の利点があったのか云々。
「そもそも南米侵攻は、異世界帝国の重爆撃機による米本土空爆を阻止する意図があった。だがここ最近、本土に爆撃機が来ることはなく、果たして再建したばかりの艦隊を潰してでも実行する価値があったのか、大いに悩ましいところではあった」
「大西洋艦隊が壊滅したことで、不満が吹き出した格好ですか」
「誰もが敗戦の理由を探し、その責任を押しつけたがるものだ」
小沢は眉をひそめる。
「おかげで上陸部隊をどうするのか、米海軍は大いに困っている。撤収させようにも艦隊がやられている上に、なけなしの艦隊を出しても南米は遠いからな。それまでに敵艦隊が現れて叩かれたらと考えると……」
「こちらも転移ゲート艦が必要かもしれません」
「だろうな。だが、こちらについてはアメリカさんは、まだ何も言ってきていないからな。先方で何かしら解決策を見いだすかもしれない」
たとえば輸送機による空中からの物資投下など。南米侵攻自体は去年から行われていて、北部はアメリカの勢力圏。飛行場の整備なども進んでいる。
「しかし、気になるといえば……」
小沢は話題を変えた。
「イギリスのリバプールにあったゲート。あれがルベル世界に通じていなかったのは、正直頭の痛い問題だ」
「そうだったのですか?」
まだ詳細を聞いていない神明である。武本中将の特務艦隊が異世界ゲートの確保と、その調査を進めたが、小沢の言う通りであれば、別世界であったということだ。
「この世界か、あるいは別の世界か。ただ海も空も赤くなくて、ルベル世界でないのは間違いないだろう。義勇軍や支援部隊と連絡が取れないのは、大変もどかしくある」
小沢は腕を組んだ。
「こうなると、他の有力なゲートを探すしかないが、どれも異世界帝国のテリトリーだ。現状、難しくある。義勇軍で自力で脱出してくれればよいのだが、最悪、全滅も覚悟しなくてはな……」
・ ・ ・
海底に潜む潜水艦。マ式ソナーによる索敵で浮かび上がった画像を見やり、水測士は口を開いた。
「――敵潜水艦、50以上」
「これは、手がでんな」
潜水回収母艦『大鯨』。艦長の谷田 勝中佐は渋面を作る。
イギリス海峡に、潜行するは日本海軍第一回収隊。ブリテン奪回作戦において撃沈された双方の軍艦を回収するために派遣された、沈没艦回収部隊である。
旗艦である母艦『大鯨』の他、丁型潜水艦2、護衛の呂号潜水艦6から編成されている第一回収隊は、これまで多くの沈没艦を回収してきたが、今回ばかりは至難の業である。
「なんだって、こんなに敵の潜水艦がいる?」
谷田艦長が呟けば、隊司令の鈴木 敏郎大佐がやってきた。
「敵さんも、いい加減自分たちの仕事に本気で取り組み出したのだろう」
異世界帝国は、撃沈した艦艇を回収し自軍に取り込む。ここのところ、日本海軍がそれに先んじて回収していたから、戦力回復も阻まれていたのだが……。
「こちらも、戦闘専門の潜水戦隊を連れていかないと、これからはこちらが失業してしまうな」
それで敵が戦力を増強する。何ともよろしくない状況である。
「南米の第三回収隊は、上手くやれたでしょうか?」
「そう願いたいな。あちらはアメリカさんのフネがわんさか沈んだらしいが」
鈴木は腕を組んだ。もし、ここと同じような状況であったら、冗談抜きで面倒なことになる。