第九八三話、チャーチルは諦めない
アステール円盤飛行要塞群で編成されるムンドゥス帝国第四航空艦隊は、南米でアメリカ機動部隊を葬った後、その戦力の一部をイギリス方面へ派遣した。
これらは、英独艦隊の後方にいるだろう機動部隊、そしてプリマスなどにいる上陸支援艦隊を攻撃目標とし、襲いかかった。
ラウンデル付きのF6Fヘルキャット、F4Uコルセアが決死の覚悟で迎え撃つ。だが、アステールと小型円盤コメテスには、機銃も通常ロケット弾も通用しない。
唯一、E弾頭ロケット弾でコメテスをよろめかせたり、連続攻撃で損傷を与えることに成功はしたが、武器の数が足りなかった。
数の力押しで戦闘機の迎撃を突破したアステールは、英機動部隊の対空砲火などなんのその。上空から光弾砲を雨あられと撃ちまくり、駆逐艦や空母に小規模爆発を連続させ、『インプラカブル』や『インディファティカブル』といった装甲空母には、直上からの光線砲を叩き込み、轟沈させた。
なすすべなくA部隊、B部隊が壊滅し、イギリス、カナダの船団護衛艦隊もまたアステール編隊の襲撃を受けた。
高角砲程度の口径の光弾砲とはいえ、これを雨のように降らされれば、護衛空母などあっという間に蜂の巣となって炎上する。
防空巡洋艦群が13センチ高角砲を振り向けても、アステールはおろか小型のコメテスすら撃墜できず。
海面近くまで降りてきたコメテスの光弾を浴びて、巡洋艦や駆逐艦、スループも次々に沈められていく。
まさしく一方的な虐殺であった。
帝国第四航空艦隊の参戦は、イギリス本土攻略部隊に大打撃を与えた。
しかし、この参戦について、意外なところで怒りを呼んだ。
帝国第五艦隊司令長官のオルモス大将である。予定にない第四航空艦隊の参戦は、彼の思い描く戦闘プランを覆してしまった。
「余計なことをしやがって!」
オルモスは口汚く罵りの声を上げた。味方が面倒な敵機動部隊を潰した――これに喜ぶほど無邪気でなければ、余計な水差し行為に腹を立てる。
「ああもういい、やめだやめだ」
オルモスは完全にやる気をなくした。
「敗走中の敵水上打撃部隊を追撃、殲滅したら、後はもうしらん。帰るぞ!」
司令長官は投げやりに指示を出した。
他は、水差し野郎である第四航空艦隊がやるだろう。これ以上、帝国第五艦隊が燃料を使って無駄足を踏むこともない。
残る敵は、アステール群が殲滅すると判断した帝国第五艦隊は、戦艦5、重巡洋艦5、軽巡洋艦10、駆逐艦5を除き、ドーバー海峡へ引き返した。別動隊と合流し、さっさと地中海への帰還を目指すのだった。
・ ・ ・
ブリテン奪回作戦は、中止の憂き目をみた。
アステール群による襲来は、上陸船団とカナダ艦隊を含む護衛部隊を壊滅させた。
橋頭堡と守備隊も甚大な被害を受け、制海権確保を担う英独主力艦隊も、帝国第五艦隊との交戦で敗れ、敗走する。
イギリス海軍は、制海権奪取の可能性はゼロとして作戦中止の方向で撤退を進めようとしたものの、これにストップをかけた男がいた。
イギリス首相、ウィンストン・チャーチルである。
「艦隊がない! それはそうだ! だが我々はまだ戦える! 日本の陸海軍が協力してくれる!」
チャーチルは、消沈している海軍上層部の面々に告げた。
「我々は、日本人が開発したポータルという移動手段の提供を受けた。これがあれば、たとえ、我らのグレートブリテン島が敵の包囲下にあったとしても、物資の補給、陸軍兵力の移動が可能という素晴らしい代物だ!」
早口でまくしたてるチャーチル。
「いいかね、諸君! これまでの報告によれば、グレートブリテン島に巣くう敵は、アヴラタワーを失い、我らの首都ロンドンほか、シェフィールド、グラスゴーにしかまとまった戦力が残っていない! 補給さえ続けば、我らがグレートブリテン島は奪回できるのだ! 作戦の中止など、以ての外だっ!」
そこで一息をついたチャーチルは、声を落とした。
「フレーザー提督以下、勇敢に戦った海の勇士たちの犠牲を無駄にしてはならない。ここで諦めたら、我々は彼らに顔向けできん。徹底抗戦だ。諦めてはいけない」
最後は自身に言い聞かせるような声だった。
かくて、イギリス政府の強い指示のもと、作戦は継続されることになる。
しかし、前線の艦隊、その残存艦艇の敗走は続く……。
・ ・ ・
リバプール・ゲートより、日本海軍、第一特務艦隊の主要艦が出てくる。辺りは直に、夜を迎えようとしている。
司令長官の武本 権三郎中将は、何とも言えない顔をしていた。
「ダブリンに集結する残存艦艇を護衛せよ……か」
ゲートの先の異世界の探索も、これといって成果もなく、より調査を進めようとしたところで、戻れとの指示。中途半端でたまらないが、そうも言っていられない戦況なのも理解はしている。
「英独艦隊は敗れたのだなぁ」
「敵は多数の円盤兵器を投入したようで、まともに残っているのが、ダブリン上陸部隊の支援に残っていた連中ぐらいとのことです」
参謀長の言葉に、武本は顔をしかめた。
「敵の主力は、こちらに来るのか?」
「偵察の報告によれば、敵主力はドーバーに引き返したとのことです」
何があったかはわからない、と参謀たちも不思議そうな顔をしている。神明 龍造少将の第一遊撃部隊が、ドーバー海峡の反対側からちょっかいを出して、敵戦力を分断したのだが、まさか全軍をあげてそちらに行ってしまったのではないか。
「その神明の遊撃部隊は?」
「陽動作戦を切り上げ、撤退する英独艦隊の支援に回りました。追撃していた敵艦隊に攻撃を仕掛けております」
「ふむ、よう働いておるわい」
武本らは詳細はわからないが、この時、神明少将の第一遊撃部隊は、ゲート艦のサポートで英独艦隊残存艦の近くに転移。追撃する敵戦艦5隻に対して、『大和』『蝦夷』、二大戦艦からのアウトレンジ砲撃を敢行した。
その正確無比な射撃でシールドを引き剥がすと、46センチ砲弾を叩き込み、追撃のオリクト級戦艦の砲塔弾薬庫を吹き飛ばして大破、爆沈させていった。
空母『翔竜』『鳳翔』航空隊、水上機母艦『早岐』の暁星改攻撃機の攻撃で、巡洋艦以下を損傷、脱落させて、追撃部隊を撤退させることに成功する。
結果、独戦艦『ウルリヒ・フォン・フッテン』『ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン』や英戦艦『デューク・オブ・ヨークⅡ』ほか、十隻ほどが、日本海軍の転移ゲート艦に合流し、撤退を成功させた。
「長官、第一遊撃部隊より入電です。我、弾薬消耗につき、戦線離脱す、以上」
「フン、陽動の癖に、散々暴れ回ったようだな。……了解した」
この老骨部隊が、当面の防衛を引き受けた。
「情報参謀、リバプール・ゲートの向こうの世界について、軍令部に報告に行け。……まあ、ルベル世界でなかったくらいしか、収穫はなかったが」