第九八二話、陽動作戦の末路
仕掛けてきた敵機は、日の丸をつけていた。
ムンドゥス帝国第五艦隊別動隊のスィマ中将は、航空機の航続範囲内に日本艦隊がいると判断。過剰とも取れる偵察機を放ち、徹底的な索敵を行った。
空母群がほぼ無力化された。
敵は去ったと判断したのは早計だった。この状態で本隊との合流を図れば、敵に痛打されただけの間抜けで終わってしまう。
船団救援も間に合わず、あまつさえ敵に逆襲できないのでは、ムンドゥス帝国軍人の沽券に関わる。
損傷した旗艦を変更している間に、索敵の結果は意外に早く出た。
戦艦10、空母10の日本艦隊が発見されたのだ。それどころか。
「我が艦隊に向かって進撃中、だと!? ……ふざけおって!」
スィマは激怒する。空母が健在の間は転移なりで逃げ回っていたくせに、こちらが空母戦力を喪失したと見るや向かってくる。
「なんと破廉恥な!」
当然、断固としてこの日本艦隊を撃滅せねばならない。空母がやられた分の帳尻を合わせなければいけない。
「一隻残らず、ドーバーに沈めてやる!」
スィマは叫んだ。
「日本艦隊に向かって突撃せよっ!」
「お待ちください、司令官」
参謀長が口を挟んだ。
「敵はまだ、本格的な航空攻撃を実施しておりません。こちらの空母が使えない今こそ、敵にとって好機。空母10隻の航空隊が攻撃してくれば艦隊が半壊します」
わずか数機の攻撃で空母ほぼ全滅したのだ。そこから百や二百もの敵からの空襲を受けたならば、どれほどの被害が出るか。
「敵は、こちらのシールドを容易く無力化できる威力の爆弾を有しております。明らかにドーバー海峡で仕掛けてきた地球軍よりも強力です」
「だからどうしたというのだ」
スィマは睨む。
「ここで手ぶらで帰れないと言っている。艦隊が半減しようとも、相打ちになろうとも敵は討たねばならないのだ」
「それに参謀長」
航空参謀が口を挟んだ。
「気休めかもしれませんが、フランスの飛行場から戦闘機が艦隊直掩につきますから、まったく無防備ということはありますまい。対空防御陣形を敷き、猛烈なる対空砲火で敵を返り討ちにしてやりましょう」
「……」
「それに時間的に見て、空襲の機会あと一度。そこからは夜となりますから」
そうなれば、地球軍も航空攻撃は控えるに違いない。
「航空参謀。日本軍は夜間でも航空機を飛ばしてくるのだぞ」
地球征服軍のレポートは配布されていて、各艦隊司令部、参謀らも目を通している。その例でみれば、日本軍は夜間航空攻撃をかけてくる可能性は高い。
「ならばこそだ」
スィマは苛立ちを隠さず告げた。
「奴らから離れれば、敵は夜だろうと構わず航空機を飛ばしてくる。ならば距離を詰めるが最善。どうせやられるなら敵に向かったほうが、反撃もできよう」
・ ・ ・
日本海軍、第一遊撃部隊。
旗艦、戦艦『蝦夷』。四式水上偵察機『飛雲』から、異世界帝国艦隊が遊撃部隊に向かってくると報告が入った。
遊撃部隊司令部は、目論見通りに敵が動いていることに安堵した。
「このまま敵を本隊から引き離せれば、我々の仕事の大体のところは終わる」
英独艦隊が敵主力艦隊との戦いを互角でやりあえるように、戦力の半分を引きつけている。
そのうち空母群を壊滅させたことは、これからの戦いで連合軍側の制空確保に有利になるのは間違いない。
後は、別動の戦艦ほか水上打撃部隊をドーバー海峡から誘導してやれば、その間に半分となった敵主力を英独艦隊で撃滅できる可能性も出てくる。
「英独艦隊が勝てるか、にかかってますな」
藤島 正先任参謀がそんなことを言った。
「如何に互角の戦力に持ち込んだとしても、敵は強力です」
「もう少し、テコ入れが必要と見るか?」
神明 龍造少将が言えば、藤島は首肯した。
「はい。正直言って、英独艦隊に対して不安を抱えております。ここで南米のアメリカの艦隊が来ていれば、そんな心配もなかったのですが」
その時は我々もここに派遣されていなかっただろう――神明は心の中で呟いた。
「こちらとしては別動隊をもう少し削っておきたかったが、英独艦隊の支援の方を優先したほうがよいだろうか……」
夜戦に乗ると見せかけて別動隊を引きずり回し、こちらはさっさと主力攻撃に向かう。作戦としては悪くないが――
「司令、イギリス軍の無線を傍受しました!」
通信長が報告にきた。
「旗艦『ライオン』沈没。艦隊壊滅につき、残存艦は撤退しつつあり――。ドイツ艦隊も同様のようです」
「な――」
藤島が絶句した。神明は天を仰ぐ。
「……やられたか」
戦力の分散をしてなお、異世界帝国艦隊主力は英独戦艦を含む有力な艦隊を撃滅してしまった。
神明たち遊撃部隊の戦いも、これ以上は無駄になる。
・ ・ ・
英独艦隊は奮戦した。
英艦隊はライオン級戦艦は、異世界帝国のオリクト級と互角の戦いを演じたものの、続く改メギストス級であるプロートン級の45.7センチ砲が加わり、旗色が悪くなった。
『サンダラー』『コンカラー』が相次いで沈み、『プリンス・オブ・ウェールズⅡ』も力尽きた。
G部隊指揮官のブルース・フレーザー大将は、決して挫けることなく戦闘を継続。旗艦『ライオン』も主砲塔が一基になるまで奮闘したが、最後は45.7センチ砲弾を集中され爆沈した。
ドイツZ艦隊第一群も、旗艦『フリードリヒ・デア・グローセ』含む、同型4隻が、敵戦艦3隻撃沈と引き換えに沈没。水上打撃部隊は壊滅的被害を受けた。
旗艦を失い、残存艦は西へ撤退。後方のA、B、C機動部隊では、残存航空機をかき集めて撤退援護を実施するが、ここで思いがけない敵が現れた。
円盤兵器アステール群が、南米に続きイギリス本土にも大挙襲来したのであった。