第九八一話、超低空の刺客
暁星改水上攻撃機四機は、異世界帝国製の垂直離着陸装置を応用した浮遊機能を活かして、超低空を滑るように飛んでいた。
機能を使っている間は失速しない、墜落しない装備は、海面に近づけば逆に弾かれるように浮かぶので、舐めるような超低空を高速でかっ飛ばす。
ムンドゥス帝国艦隊第五艦隊別動隊は対遮蔽装置を発動させていた。旗艦の艦橋のトップに紫色の光源を発しているのがそれで、遮蔽で近づく機の、隠れ衣を剥がす。
日本海軍の奇襲攻撃隊を警戒したそれだが、暁星改は遮蔽を使わず目標に接近した。
新開発の塗料はレーダー波を吸収し、目視で確認するしかない。それを頼りに接近する。
異変に気づいたのは、艦隊の上空直掩のエントマⅢ戦闘機だった。
『艦隊に接近する不審機が四つ! 迎撃誘導が出ていないが、捕捉しているのか?』
母艦の航空管制士官に問い合わせを行う。その間にも超低空を接近する四機。
『レーダーに反応はない。確かなのか?』
『もうすぐそこまで迫っている!』
小隊長機に続くエントマⅢ戦闘機。3機が高度を落とすが、とても間に合わない。そして――
暁星改の転移爆撃装置から、誘導弾が投下された。それは艦載機を移動中のリトス級大型空母にそれぞれ吸い込まれ、大爆発を起こした。
轟音。それを聞いたムンドゥス帝国兵は何事かと音の方を見やる。大型空母の艦体中央が、膨らんだ風船が破裂したように裂かれ、炎ともうもうたる黒煙を噴き上げさせた。
爆発が相次ぎ、二隻、三隻と空母が火柱と化す。
ここに至ってようやく空襲警報が響き渡り、各艦艇がめまぐるしく動き出す。
別動隊旗艦にも敵襲は即時伝わり……いや、爆発する空母があるのだ。それは一目瞭然だった。
「敵だと!? 対遮蔽装置は動いているのだろう?」
別動隊司令官スィマ中将は確認する。
「レーダーは何をしていたのだ?」
『味方以外に反応なし! 対空、対水上レーダー、共に敵の反応ありません!』
『対遮蔽装置は正常に作動中。故障はありません』
「どうなっているんだ……」
その間にも艦隊内に食い込んだ暁星改が超低空を飛び、空母めがけて五式E弾――陸軍の魔石爆弾を参考に、対艦用に調整した小型魔石弾頭を装備した新型弾を撃ち込み、そして大型のリトス級すら一撃で大破させる破壊力を見せつけた。
『敵機、超低空を飛行しています!』
「何機入り込んだのだ! 撃ちおとせんのか!?」
「味方に当たりますよ!」
航空参謀が叫んだ。暁星改は高速で飛行する上、海面を舐めるような高さ故、下手に機銃や砲を撃てば味方艦に流れ弾となる恐れがあった。
そのせいで艦の対空砲が誤射を恐れて反撃できなかったのだ。懐に入られた時点で、高威力の光弾砲や高角砲は封じられた。
「直掩戦闘機は何をしている!? さっさと敵機を撃墜せんかー!」
スィマは怒鳴る。艦艇が対空戦闘を行えないなら戦闘機で排除するしかない。上空のエントマⅢ戦闘機が動き出しているが。
「司令官、敵機が――」
参謀長が言いかけた時、見張り員からの報告が遮る。
『敵機、本艦に接近!』
「危ない」
暁星改から誘導弾が切り離され、鋼の矢がロケットモーターを唸らせて飛んできた。
「シールド、最大出力!」
艦長が叫んだ直後、敵弾が防御シールドに触れて爆発した。目も眩む閃光に、スィマジィは手で影を作る。
「生きている……」
司令塔にいた誰かが呟いた。スィマは自身が怪我もなく、司令塔にも被害がないのを確かめる。どうやら防御シールドがきちんと役に立ったようだった。
『シールド、ダウン!』
「馬鹿な! 一発食らっただけだろう」
艦長が声を荒げたところで参謀長が叫んだ。
「危ない!」
敵機――暁星改の一機が旗艦の司令塔に30ミリ光弾機銃四門を連射して撃ち込んだ。司令塔に穴が空き、運の悪い参謀と司令塔要員がやられた。
「ダメージリポート!」
『射撃指揮所、損傷!』
『対空レーダー、射撃用レーダー破損!』
『対遮蔽装置に異常発生!』
「何だと!?」
スィマは愕然とする。対遮蔽装置がやられては敵に遮蔽を使った奇襲攻撃を許すことになる。
「通信は生きているな? すぐにマグマート少将の旗艦に対遮蔽装置を起動させるよう伝えろ! 最優先だ!」
対遮蔽装置を装備しているのは旗艦だけではない。いずれは全艦艇が装備するだろうが、現状は艦隊旗艦、戦隊旗艦の一部のみ。だが一つの艦隊に一つしかないわけでもなく、予備は用意されている。
「対空警戒。敵の第二波に備えろ! ……ええーい、あのうるさい羽虫を撃ち落とせんのか!」
スィマがいくら咆えようが事態は好転しなかった。暁星改は別動隊の空母8隻を撃沈破。4隻が飛行甲板の航空機の火災、爆弾への誘爆で大炎上となった。
他、巡洋艦2、駆逐艦3隻が沈没。エントマⅢ戦闘機隊は結局、暁星改を取り逃がしてしまった。
・ ・ ・
「攻撃隊より入電。我、奇襲に成功!」
第一遊撃部隊の旗艦、戦艦『蝦夷』にもたらされた報告に、艦橋にいた者たちは歓声を上げた。
敵空母戦力を叩き、ほぼ無力化に成功。敵攻撃隊は母艦に着艦できず、イギリスもしくはフランスの飛行場へ退避しなければ、海に下りるしかなくなる。
「やりましたね、司令」
藤島先任参謀が声を弾ませた。
「内陸の飛行場から戦闘機が上空援護に来る可能性はありますが、固有の航空戦力はなくなりました」
「夜を前に、もう一撃はできるか?」
神明少将は言った。水上機母艦『早岐』から、暁星改の第二波を出そうか考えている。
「夜襲という手もありますが。我が飛行隊は夜間攻撃も可能です」
「いや、夜戦は水上艦隊でやるように見せかける。遊撃部隊はこれより、敵艦隊に対して突撃。距離を詰める」
ドーバー海峡に戻りかけるのを阻止するためには、敵にもこちらがいることを認識してもらわないといけない。