第九七九話、水上機母艦と水上機
水上機母艦『早岐』は、日本海軍に配備されてもっとも新しい艦となる。
空母が主流になっている中、水上機母艦を作る必要があるのか? その問いに対しての答えは、元々この艦は水上機母艦だから、となる。
フランス海軍が建造した水上機母艦『コマンダン・テスト』。ポール・テスト少佐――フランス海軍初の空母『ベアルン』への初めての発着艦を成功させたパイロットにちなんでつけられたこの艦を、日本海軍が回収。
海軍としては、いまさら水上機母艦が増えても、と見向きもしなかったので、魔技研が実験艦的に改造を施したものが、この『早岐』となる。
基準排水量1万トン。全長167メートルと、一万トン級のタンカーや貨客船並みだが、全幅は27メートルと、そこらの中型空母よりも大きい。出力2万1000馬力、速力20.5ノットは、たぶんに海軍軍縮条約の隙間をつく特務艦枠で建造されたものを思わせる。
その水上機搭載数は26機と、軽空母に匹敵する。重厚な艦橋や大きな船体は、これが中々迫力のあるスタイルである。複数のカタパルトやクレーンを装備しているが、空母のような飛行甲板がないので、どっしりして見えるからだろう。
異世界帝国軍に鹵獲され、再度沈められた後に回収された『コマンダン・テスト』は、元からあった水上機運用能力を残しつつ、マ式機関への換装、新武装や装備が多数盛り込まれて改装された。
基準排水量1万400トン。全長167メートル、全幅27メートル。機関出力10万馬力、速力27.5ノット。水中抵抗低減装備で30ノットを発揮可能。艦載機搭載数は最大24機と若干減っている。その分、航空機用武装の搭載量が増えている。
航空機は、瑞雲や紫電改などの水上機も運用できるが、新型の四式水上偵察機『飛雲』や、暁星艦上攻撃機を水上機可した『暁星改』を主力として搭載していた。
・ ・ ・
第一遊撃部隊が、異世界帝国の補給船団を叩いている頃、水上機母艦『早岐』から、飛雲偵察機がカタパルトから打ち出された。
任務はもちろん索敵であり、ドーバー海峡にいる敵艦隊の動きを探るのである。
カタパルト射出後、四式水上偵察機『飛雲』は、マ式フロートを解除。陸上機同様の軽快な速度で飛んだ。
細身で翼は細く長い。一見すると、一式水上戦闘機を思わせるシルエットは、何を隠そうベースとなっているのは、その一式水戦だったからでもある。
主翼をインテグラルタンク化し、航続距離を延長。マ式ジェット化も可能なご時世にあって、長時間索敵、偵察の燃費を考慮した結果、ジェット化は諦め、大量に量産されている誉エンジンを搭載。それでも最高時速710キロの高速性能を誇る。
これは元々が、高速戦闘機であった一式水戦の改良型であることも大きく影響している。
遮蔽装置、転移爆撃装置を装備し、水上機版彩雲としての活用を期待されていた飛雲だったが、デビュー直前に異世界帝国側が対遮蔽装備を使い出したことで、遮蔽飛行にケチがつき始めたのは、ある意味『悲運』であった。
だが、敵が遮蔽対策をしていると聞いて、魔技研の技術者は、『じゃあこれならどうだ!』と研究中の、レーダー吸収塗料を飛雲に塗り、実戦で試してこいと送り出した。
遮蔽装置を搭載していない航空機のために開発されていた塗装を施された飛雲は、この欧州作戦でさっそく活用されるのであった。
『敵艦隊、戦艦25、空母15、重巡洋艦30、軽巡洋艦30ほかを発見』
遮蔽が使えた時に比べ、若干甘いのだが、敵に悟られない距離を図りながら偵察報告が、第一遊撃部隊に届く。
『敵空母より攻撃隊が発艦。その数およそ400!』
遊撃部隊旗艦『蝦夷』。その艦橋で神明少将は頷いた。
「予想通りの展開だ」
「ですね」
先任参謀の藤島 正中佐は相好を崩した。
「では、『早岐』から暁星改を出します!」
水上攻撃機、暁星改が『早岐』のカタパルトから撃ち出される。異世界帝国の垂直離着陸装置を応用した浮遊装置を装備する暁星であるが――
「遮蔽が使えないとなると、あれの使い方も変わりますな」
「航空機用防御障壁と電波吸収効果……。それでだまくらかすしかないだろう」
「ですな。まあ、あれは実際、電探で捕捉しにくくなりますから。飛雲もそれで見つかっていないようですし」
「本当に見つかっていないといいんだがな」
神明は言った。
「対レーダー特殊塗料。あれが充分な効果を発揮できれば、遮蔽の代わりにはなる」
・ ・ ・
ムンドゥス帝国第五艦隊別動隊は、ドーバー海峡後方に現れた日本艦隊へ艦首を向けて進撃しつつ、船団救援のため航空隊を送り出した。
430機の航空隊は敵空母航空隊との航空戦に備え、半数を戦闘機で固めていた。
「敵空母は10隻……。補給船団からの報告なので、型についてはよくわかりませんが……」
参謀長の言葉に、別動隊司令官のスィマ中将は言った。
「偵察機からの報告を早く受け取りたいものだ」
戦況確認に出した偵察機からは、まだ敵発見の報告はない。
「敵が大型空母だった時のために第二次攻撃隊を編成、完了次第、出撃させる」
「はっ!」
別動隊15隻の空母――リトス級大型空母10、アルクトス級中型空母5の飛行甲板に新たな航空機が用意される。
エレベーターが動き、甲板上に出てくるエントマⅢ戦闘機やランビリス攻撃機。それらが並び、出撃の準備を進める中、旗艦から様子を窺っていたスィマ中将は振り返った。
「対遮蔽は機能しているか?」
「はい、問題ありません!」
「よろしい」
この世界の日本という国の海軍は、遮蔽機能を使って帝国軍を相当叩いていたという。見えない艦載機による奇襲によって沈められた同胞は数知れずだが、自分も彼らの後を追う気などさらさらなかった。
着々と準備が進められて、第二次攻撃隊が発艦する時が近づいてきたが――
『第一次攻撃隊より入電! 我、会敵せず』
「なにっ!?」
430機の攻撃隊は、敵はおろか味方船団すら発見できないという。先に放った偵察機は音信不通。機材のトラブルでなければ撃墜されたのだろうが……。
「司令、第二次攻撃隊、発艦させますか?」
「待て。目標が見つからないのでは話にならない」
発艦中止が下令された。第一次攻撃隊に日本艦隊の捜索をさせつつ、報告を待つ。
「敵は転移で逃げたのか?」
スィマは口をへの字に曲げた。