第九七三話、セントジョーンズ海峡
ブリテン奪回作戦は当初の予定通りに進行していた。
異世界帝国の現地航空戦力を叩いた英独加艦隊。アヴラタワーへの攻撃も積極的に行われた結果、現地守備隊の反応は鈍い。
その隙をついて白河型転移巡洋艦――キュクロス改転移ゲート艦の支援を受けた連合軍は、アイルランド島ダブリンとグレートブリテン島プリマスにそれぞれ歩兵を上陸させるべく動く。
イギリス本国艦隊指揮するブルース・フレーザー大将率いるG部隊は、アイルランド島とグレートブリテン島の間にあるセントジョーンズ海峡を北上、ダブリンを目指していた。
「索敵機より入電。ダブリンより敵防衛部隊が接近しつつあり。重巡洋艦3、軽巡洋艦2、駆逐艦9」
旗艦『ライオン」に届いた報告に、フレーザー大将は頷いた。
「まだこちらには、それほど兵力は増強されていなかったか」
「近くに転移ゲートがあるのに、不思議なこともあるものです」
参謀長が発言した。ダブリンの対岸、グレートブリテン島アイリッシュ海に面したリバプールには、異世界帝国の設置した大型アーチ型転移ゲートが存在する。
異世界に通じているそこから敵が大挙現れる可能性は常にあり、イギリス艦隊からすれば、本土奪回作戦中いつ邪魔が入るか気になる存在であった。
「だが、異世界人の目と鼻の先に我々がいるのだ。ゲートから来るだろうな、増援は」
そちらの対応は日本海軍がしてくれることにはなっているが――面倒なことにならなければよいが、とフレーザーは思う。取り返しがつかない事態になったら誰が責任をとってくれるのか、甚だ疑問である。
「我々は任務に集中するとしよう。巡洋艦戦隊を前進させ、迎撃せよ。戦艦戦隊は巡洋艦を支援する」
G部隊の6隻の重巡洋艦、7隻の軽巡洋艦が動く。そして『ライオン』以下戦艦部隊も主砲である40.6センチ三連装砲の仰角を上げる。
『敵艦、捕捉。射撃用意よし!』
「警報」
砲撃を実施のブザーが鳴る。艦長が首肯したのをみやり、フレーザーは短く命じた。
「撃て」
戦艦『ライオン』の45口径40.6センチ三連装砲が火を噴いた。僚艦も続き、セントジョーンズ海峡に砲声が轟く。
「提督」
通信士官が敬礼した。
「偵察機より入電です。リバプール・ゲートに動きあり。戦艦を含む、敵艦隊出現!」
・ ・ ・
異世界帝国軍、アイリッシュ海艦隊は、リバプールを拠点にゲート防衛の任務についていた。
灰色塗装の艦艇群は、巡洋艦10隻、駆逐艦15隻であったが、地球側戦力がセントジョーンズ海峡を進撃してきたところから待機させていた防衛艦隊を出現させた。
メギストス級戦艦を旗艦に、主力戦艦であるオリクト級6隻、空母5、重巡洋艦18、軽巡洋艦18、駆逐艦48が、ゲートを通過すると、ダブリンへと艦首を向ける。
しかしそこで前衛の駆逐艦戦隊が、突然被雷して出鼻を挫かれる。
『敵襲! 前衛駆逐艦7、いや9隻が大破もしくは沈没!』
「潜水艦か?」
艦隊司令であるバノ中将が確認する。
『わかりません。ほぼ同時に複数の駆逐艦がやられました』
『提督! 前衛巡洋艦より報告。艦隊は機雷原に突入した模様!』
「機雷原だと!? 馬鹿な!?」
ここはムンドゥス帝国のテリトリーでなかったのか。味方が機雷を敷設していたという話は聞いていないし、まして敵がここまで入り込んで機雷をばらまいたなどと信じられようか。
警備は昼寝でもしていたのか。そう吐き捨てたくなるバノである。
「機雷であるなら防御シールドで踏みつぶせばよい。構わん。このまま進め」
駆逐艦は注意が必要だが、巡洋艦以上の艦艇であれば、数発の機雷ならば気にすることもない。
さすがに数十発の機雷を一隻が引き受けるようなことがあれば、シールドを消耗しやられるが、そこまで酷いことにはならないだろう。
前衛を務める艦艇の陣形が変更される。巡洋艦を前に、その後ろに駆逐艦が回る格好だ。シールドのある巡洋艦で針路を啓開しようというのだ。
「所詮、子供騙しであったな」
腕を組み、バノ中将は口元を緩める。機雷など恐るるに足らず。
『艦隊右舷に浮上するものあり! 味方ではありません!』
突然の報告にバノや参謀たちは一斉に右舷方向へと目をやった。潜水艦などより断然大きなそれは――
「戦艦、だと……!」
そのシルエットは日本海軍所属の戦艦のものに近い。だが次の瞬間、その戦艦の砲が光った。
『敵艦、発砲!』
「馬鹿め。シールドが――」
バノが言えたのはそこまでだった。シールドを貫通した46センチ三連光弾が、メギストス級戦艦の司令塔に直撃し、司令部要員をバノごと吹き飛ばしたのだ。
・ ・ ・
「遮蔽が破られたと言ってもな。一度撃ってしまえば後は一緒よ!」
武本 権三郎中将は真顔でそう告げた。彼が将旗を掲げるは巡洋戦艦『武尊』。イギリス支援と異世界ゲートの制圧を命じられた第一特務艦隊は、転移でアイリッシュ海へ侵入。潜航からの浮上襲撃を仕掛けたのである。
「敵旗艦、大破と判定! 速度、低下しつつあり!」
「敵はまだ発砲しとらんな?」
「一部の駆逐艦が反撃を始めた模様ですが、巡洋艦以上はまだ」
「機雷原に突っ込んでおるのだ。やすやすと障壁を解除したくはないのじゃろうて」
武本は意地の悪い顔になる。
第一特務艦隊に所属する潜水型敷設艦『津軽』『沖島』が、敵艦隊のダブリンへの移動ルート上に誘導機雷を散布。通りかかる異世界帝国艦隊に機雷をぶつけて、シールドを張らせる。
そこをシールド貫通の三連光弾砲を装備する艦が、反撃できない敵艦を一方的に砲撃する。機雷がある場所をシールドなしで高速で走り回れば、自ら艦首に穴を開ける行為。事実、障壁のない敵駆逐艦などは機雷をぶつけられ爆発、沈没するものが相次いだ。
「海防戦艦もようやっとるわい」
マラボ・ゲートが破壊された際、防衛戦闘を展開した海防戦艦改装の封鎖艦が12隻。これらの主砲は三連光弾砲だ。
『武尊』が敵戦艦を連続して叩く中、封鎖艦艇群は、空母や巡洋艦、駆逐艦を片っ端から攻撃し破壊していく。
そして三連光弾を装備していない戦艦、巡洋艦は、敵艦にシールドを解除させないよう無効とは知りつつも砲撃を行う。
敵がこらえられなくなって反撃してくるまで、第一特務艦隊は嵩にかかって攻撃を繰り返すのであった。