第九七二話、援軍の行方
神明遊撃部隊は、内地に帰還した。
報告のために軍令部に出頭した神明 龍造少将は、軍令部員たちが落ち着きなく行き交うさまを目撃した。
遊撃部隊のマルタ島襲撃とほぼ同時進行で、欧州と南米でそれぞれ大作戦が進行しているから、それでざわついているのだろう。
ともあれ、軍令部次長の小沢 治三郎中将に面会し、作戦報告を行った。
「よくやってくれた。これで永野元帥もひと安心ではないかな」
日本海軍にとって、散々苦渋をなめさせられた紫の艦隊。その象徴とも言える大戦艦二隻をドックにいるところで徹底的に破壊した。これまでの報復みにはなったであろう。
施設も破壊した上、おそらく艦自体の魔核も破壊しただろうから復旧はないだろう。それで再び戦場に見かけることになれば、それは新造艦に違いない。
「こちらには、軍令部総長はこられないのですか?」
「嶋田さんは海軍大臣と兼任だからな」
小沢は苦笑した。
「あちらのオフィスの方が使い慣れているということなのだろう」
先日、軍令部総長に就任した嶋田 繁太郎大将は、海軍大臣のままでもある。そうであれば、実質軍令部の面倒を見ているのは小沢なのかもしれない。
「ゆっくり休んでくれ――と言いたいところだが、ちょっと他方面の戦況がよろしくない。もしかしたら遊撃部隊にはすぐに出てもらうことになるかもしれない」
「……」
相当旗色が悪いのか。神明は続きを促した。
「まずアゾレス諸島だが、異世界帝国の艦隊が転移ですっ飛んできた。米英独艦隊は、上陸部隊の撤収の間もなく撃退された」
「元々、陽動と牽制をかけた作戦でしたよね?」
「そうだ。だから有力な敵が向かってくるのなら撤退してよし――となっていたんだが」
小沢は顔をしかめた。
「ジブラルタル海峡を抜けて地中海の艦隊が来たなら、逃げる余裕もあったんだ。だが転移でいきなりぶん殴られた結果、イギリスとアメリカの艦隊が壊滅した。転移で離脱できたのはドイツ艦隊だけだ」
「上陸部隊は?」
「無事、取り残されたよ」
皮肉げに小沢は答えた。
「ここで包囲され、敵が逆上陸を仕掛けてきたら逃げ場がない。全滅だろうな」
「では我々は、その救出ですか?」
神明は事務的に尋ねる。こちらも転移艦を使って包囲艦隊を襲撃。特務艦や輸送船で英米上陸部隊を収容して撤収する。
「まあ待て。それも一つの可能性だが、問題はここだけじゃないんだ」
「イギリスですか」
「こちらは始まったばかりで、進捗も今のところは予定通り進んでいるようだ。よくないのは南米だ」
南米――ブラジルを中心にした東海岸沿岸侵攻作戦『イースト・カバー』。
「アメリカさんの大西洋艦隊、その主力が壊滅した」
「……!」
神明もさすがに驚きを隠せなかった。
7万9000トンの新鋭戦艦アリゾナ級やアゾレス級装甲空母を配備し、魔核機能で急速に戦力を回復、増強したアメリカの主力艦隊がこうも早くやられてしまうとは。
「我が軍のゲート艦が作戦支援をしているから報告を受けたが、酷くやられたらしい。戦艦群は敵艦隊との艦隊決戦で敗れ、空母群は飛来した円盤群によって蹴散らされた。上陸支援部隊も為す術がなかったそうだ」
アステールと小型円盤群が押し寄せた結果、米航空隊ではどうすることもできなかった。各国海軍の正規空母としては優れた性能を持つエセックス級も容易く撃破され、作戦指揮官だったジョン・ヘンリー・タワーズ大将も旗艦『アゾレス』で戦死した。……真上に留まったアステールからの大出力光線砲を撃ち込まれ、新鋭装甲空母は爆沈してしまったという。
「ではイースト・カバー作戦は……?」
「ここも上陸作戦自体は進んでいたのだが、艦隊がやられた以上、補給線が繋がっていないからな」
孤立している状態。敵の背面をついたのに、その背面部隊が継続的に戦闘をするための出る物資の補充ができない。
「南米北部から空中から物資の補給をするらしいが、それだけでは足らんだろう」
小沢はきっぱりと告げた。
「一番なのは海上輸送だ。だが艦隊がやられてしまった以上それも難しい。今となっては転移艦を使って、一挙に上陸部隊を回収するくらいしか打つ手はないのではないか」
遊撃部隊が行くのはアゾレス諸島ではなく、南米かもしれない。神明は心の中で呟いた。
ここにきて地球側戦力の三本柱、その一柱であるアメリカ海軍の主力艦隊が消えたのは大きな痛手である。
「すべては遅かった、ということだろう」
小沢は宙を睨む。
「異世界帝国軍も戦力を回復してしまった。隙をついたつもりが敵も迎え撃つ準備万端だったということだ」
だが、これは誰が悪いとか、そういうものでもない。大規模作戦の実行には時間がかかるもので、イギリスにしろアメリカにしろ、異世界帝国の地球上の主力艦隊がいなくなった今こそ好機と作戦を急がせてこの結果なのだ。
やるだけやった上での惨敗。思うところはあっても誰がそれを責められようか。
それに、準備で言ったら日本海軍の主力である連合艦隊も再編からの訓練の真っ只中であり、即時の作戦展開は難しいときている。
「こうなってくるとだ――」
軍令部次長は真顔で告げる。
「ブリテン奪回作戦の方も怪しい。異世界帝国軍の規模も正確なところ把握できていない。欧州、地中海方面の偵察能力が落ちているせいでもあるが――」
敵が遮蔽対策をしてきているせいで、彩雲偵察機による隠密偵察も困難になっている。
「アゾレス、そして南米の艦隊で手一杯だったならいいのだが、まだ敵が有力な艦隊を有していた場合、イギリス侵攻予定の英独艦隊も危ない。それに異世界ゲートのこともある」
イギリス、リバプールにある異世界ゲート。
アフリカのマラボ・ゲートを破壊されたことで、地球側はルベル世界で戦う義勇軍艦隊と連絡が取れずにいる。現地の抵抗勢力の支援があるとはいえ、補給も制限されており、速やかな接触と補給線の回復が望まれる。
そのためには、異世界に通じているリバプール・ゲートは手に入れておきたい。
「イギリスは敵の増援を警戒してこのゲートを破壊したいようだが、日米はそれには反対している」
今回のブリテン奪回作戦においても、日本海軍のゲート艦を作戦に組み込み、使うのを許可するのと引き換えにイギリスから見逃してもらっているところがある。
実際、ブリテン奪回作戦でダブリンへの上陸作戦を行うのと並行して、日本海軍がリバプール・ゲートを制圧するのが作戦に入れられている。
「義勇軍艦隊、そしてその支援部隊と接触するためにも、ゲートは必ず手に入れなければならない。だから貴様の遊撃部隊もそちらの方へ回されるかもしれない。……そういうことだ」
「承知しました」
三択である。この中だとイギリス派遣が有力か――神明はぼんやりと考えるのであった。