第九六七話、マルタ島、壊滅
人工泊地の紫星艦隊は、海中からの攻撃に悩まされていた。
艦艇の数が多く、密集しているだけ手狭だった。戦艦や空母が整列し、すぐに動けるようになっているといっても、すべての艦がそうだったわけではない。
つまり、配置によってはほとんど身動きができない艦艇も少なくなかった。
紫星艦隊、第二戦闘群の司令官であるキニス中将は、苛立ちを露わにする。
「奇襲対策をしていたのに、まさか潜水艦に踏み込まれるとは……!」
日本軍お得意の奇襲航空隊、その対策として遮蔽解除装置が働いていた。空中はもちろん、水上でも遮蔽で隠れた敵をあぶり出すそれがあれば、日本軍がこの人工泊地の遥か手前で探知され、艦隊を動かせたはずであった。
だが現実は、軍艦が空を飛んできて、泊地のど真ん中に乗り込むと、潜水艦を展開して姿を消したのだった。
即時出港できる態勢になっていたのは、さすがの紫星艦隊であったが、問題は人工泊地を出る猶予がなかったこと。そして泊地内に敵潜水艦に潜入されてしまったことだ。
「駆潜艇は!? まだ敵潜水艦を排除できんのか!?」
小型の対潜水艦キラーである駆潜艇は、こうした泊地内でも動き回りやすい。搭載した爆雷で、水深の限られる泊地の敵潜狩りを行うが――
「機雷が散布されたらしく、駆潜艇や駆逐艦が片っ端から撃破されております!」
敵潜水艦は、機雷をばらまくことで、異世界帝国側の行動をさらに縛っていた。日本海軍の使用するマ式誘導機雷は、能力者コントロールで、ふらふらっと駆潜艇などに接近。防御シールドがないそれらが爆雷を投射する前に次々と葬っていった。
「これでは身動きできんではないか……!」
キニス中将は叫ぶ。
泊地内は、破壊された駆潜艇や駆逐艦の炎上で、さらに動きがとれなくなる。一方、人工泊地外縁の即応桟橋から、戦艦5、空母5、巡洋艦10がそれぞれ出港を開始するが……。
「77戦隊、連続被雷!」
下方から突き上げる水柱が、エクエス級戦艦を一瞬持ち上げ、そして落下させた。その衝撃で艦体に亀裂が入るほどのダメージを受けて、大破してしまう。
同様のことがクレールス級空母や、ミーレス級巡洋艦でも起き、戦艦より脆いそれらは艦が真っ二つに裂けるなど大惨事を引き起こした。
「馬鹿な……! シールドを展開しているはずだろう……」
キニスは言葉を失う。
ムンドゥス帝国の新型魚雷とは別種だろうが、それでも威力の高い魚雷によって、紫星艦隊艦が沈められていく。
「いったい何隻の敵潜水艦がいるんだ!?」
大潜水艦隊に襲撃されているのか。そう錯覚させるほど、艦艇が相次いで沈められていく。
これが能力者の操るたった三隻の潜水艦の仕業とは、さすがにわからない。
戦艦『大和』などより目立たないが、マ号潜水艦『海狼』――伊号600潜水艦の海道兄妹の誘導魚雷攻撃は、異世界帝国艦を多く沈めてきた。
防御シールドの存在で、その戦果ペースも落ちていたが、能力者制御の転移魚雷の実用化に成功した結果、海道妹の撃沈スコアを跳ね上げる結果となった。
艦底起爆式のそれは、文字通り艦底を破砕する。対魚雷防御で水面下の舷側の防御は強化されていても、艦底の防御は薄い。何故なら通常の魚雷はそこに当たらないからだ。
米軍が開発した艦底起爆式の魚雷や、日本海軍の潜水艦が使用する誘導魚雷でもない限り、攻撃されないとなれば、必然的にその部分の防御は疎かになる。
そこに威力マシマシの魚雷で突き上げられれば、大型艦艇すら大破してしまうのである。
「くそっ、こちらは手も足も出んのか……!」
潜水艦を狩るはずの駆逐艦や駆潜艇は、誘導機雷をぶつけられて破壊された。
これら小型艦艇にはシールドがないからと、魚雷ではなく機雷を使う辺り、魚雷搭載数の限られる潜水艦が、より多くの敵艦を沈めてやろうという貪欲さを物語る。
そうこうしているうちに、敵の飛行軍艦――戦艦級が、マルタ島へ突入し、『ギガーコス』と『ドランシェル』が入渠しているドックへ攻撃を開始したという知らせが来た。
戦艦部隊は出港できず、ならば空母艦載機を送ろうと思えば――
『全空母、被雷。艦載機、展開できません!』
「……っ」
日本の潜水艦の魚雷攻撃で、空母15隻は、ことごとく大破。すでに半分は復旧不能な艦体断裂と炎上によって、周りの艦艇にも被害を与えていた。
「こんなことになろうとは……」
呻いたキニスだが、即応の術は失われ、敵潜水艦を狩ることもできず、一方的な破壊を受け、艦隊は半減した。
半減で済んだのは、攻撃する伊号潜水艦の魚雷が尽きたからであった。
・ ・ ・
日本海軍は去った。
マルタ島の首都バレッタ要塞のグランド・ハーバーとマルサムシェット・ハーバー、二つの軍港にあった紫星艦隊の超戦艦『ギガーコス』と『ドランシェル』は破壊され、島近くの人工泊地の艦隊もまた大打撃を被った。
地中海という異世界帝国の庭であったこと、遮蔽を解除できる防空設備により、遮蔽を使った奇襲が不可能になったことで、油断があったのか。
皇帝親衛隊と言われた紫星艦隊が被った被害。その顛末を見れば、戦ってやられたわけではないだけに、余計に性質が悪かった。
「長官が不在の時に、この不始末……」
マルタ島守備隊司令の表情は、これ以上ないほど曇っていた。
クレタ島の都市戦艦の方へ、『アルパガスⅡ』と共にヴォルク・テシス大将と幕僚たちが出ていた時に起きた惨事である。
そこへ、対空レーダーに反応が現れる。
『シチリア島より、航空隊接近』
「今さら来たところで……!」
マルタ島に近いシチリア島の飛行場から、戦闘機隊が救援に飛んできたのだろう。すでに敵は去り、マルタ島のルア飛行場には迎撃のヴォンヴィクス戦闘機やスクリキ無人戦闘機が着陸している。
「シチリアの航空隊に通信。敵はすでにマルタにあらず。基地に引き返せ、とな」
司令が溜息を漏らし、通信兵が命令を遂行する。レーダー要員も接近する航空隊を意識の外に置いた。
が、航空隊は引き返さなかった。
それもそのはず、それは潜水空母『鳳翔』と共に地中海に乗り込んでいた『伊401』潜水艦、その転移装置によって移動してきた日本海軍の航空隊だったからだ。
九九式戦闘爆撃機、二式艦上攻撃機、彩雲艦上偵察機改二など、マラボゲート防衛の第三航空艦隊残存機の寄せ集めは、マルタ島バレッタ要塞、そしてドック施設と燃料タンクへの攻撃を行った。
ロケット弾が施設を破壊し、500キロ爆弾や800キロ爆弾がドック、そして立ち並ぶ燃料タンクを爆破し、さらなる被害を与える。
日本軍が撤収し、確認作業と応急の片付け作業などが行われている時の襲撃だった。シチリア島からの援軍と、現地司令部が誤認したのも、奇襲を成功させる要因となった。
マルタ島の紫星艦隊は、大打撃を受けた。日本海軍の永野 修身元帥の宿願でもあった旗艦『ギガーコス』とその姉妹艦の破壊を成し遂げられたのだった。
 




