第九六六話、軍港、艦砲射撃
マルタ島東部に位置する都市バレッタ。三方を海が囲っており、陸地は南側のみ。東側にあるのがグランド・ハーバー。そこから北にマルサムシェット・ハーバーがある。
この二つの港は、現在異世界帝国軍が使用しており、それぞれに目標であるギガーコス級戦艦が一隻ずつ、ドックにて修理、改装を受けていた。
日本海軍の軍令部直轄遊撃部隊、その旗艦である戦艦『蝦夷』は、その軍港施設を狙い撃てる位置についた。
転移中継装置によって、主隊を呼び込み、砲撃態勢に移る。司令官である神明 龍造少将は告げた。
「『蝦夷』は、グランド・ハーバー。『大和』はマルサムシェット・ハーバーの敵戦艦を狙え」
呼び込まれた主隊、その中心は、新型転移砲身装備の46センチセンチ砲を搭載する戦艦『大和』。
二隻の戦艦が、それぞれの目標を狙う中、護衛に展開するは軽巡洋艦『夕張』『早月』、駆逐艦『島風』。
戦艦戦隊が、砲撃に集中する間、接近する敵艦の迎撃、対戦警戒をするのが、この三隻の役割だ。
夕張は排水量2890トン、全長138メートルの小型軽巡。早月はイギリスのアブディール型高速敷設艦の改装で、排水量2650トン、全長127メートルと駆逐艦のような大きさ。そして島風は全長129メートル、排水量2567トンと、早月とほぼ同等の大きさである。
三隻は新型砲の搭載と同時に改装を受け、実験艦として活用されているところを、遊撃部隊に引き抜かれた。
水上、対潜警戒の護衛がこの三隻ならば、潜水艦『伊400』は、制空権確保のため、戦闘機を転移させるのが役割だ。
鳳翔航空隊の陣風戦闘機が、バレッタ近郊のルア飛行場からのスクランブル機と交戦する中、『翔竜』航空隊の暴風艦上戦闘機が、伊400を通して現れ、防空戦闘に加わる。
光弾機銃や12.7ミリ機銃の曳光弾が宙を舞い、撃ちぬかれた機体が火を噴いて落ちていく。
だが日本海軍に暴風の増援があれば、異世界帝国軍も、スクリキ無人戦闘機を増援として首都の空を守る。
激しい空中戦の下、『蝦夷』、そして『大和』の射撃準備が整う。
「司令、いつでもどうぞ」
阿久津艦長の報告に、神明は頷いた。
「撃ち方始め」
「撃ちーかた始め!」
戦艦『蝦夷』の45口径51センチ連装砲三基六門が、黒煙を吐き出した。艦の制御を担当する八谷大尉のほか、砲術担当の能力者、倉西 菫中尉が、発射された51センチ砲弾の弾道制御を行う。砲弾が空中にある間、砲には次弾が装填される。
グランド・ハーバーの奥、異世界帝国軍ドックを見ながら、阿久津は口を開いた。
「せっかくの新型砲なのに、通常砲撃とは……」
「仕方ない。直射できるなら転移砲の出番だが」
神明は双眼鏡を覗き込む。狙った場所に直接砲弾を撃ち込む転移砲だが、地球が丸いことで直接狙えない水平線の彼方の敵などを狙う時は、転移機能をオフにすることで、通常砲撃が可能になっている。
今回は転移砲の射程内だが、目標がドック内にあるため、直接照準は周囲の施設や障害物によって阻まれてしまう。だから、砲身の転移魔法発生器を解除して、能力者の弾道制御を頼りに、砲撃を仕掛けているのである。
「だが砲弾は、特性のエネルギー弾頭だ」
神明は呟く。敵旗艦級戦艦は、推定50センチ砲対応防御。『蝦夷』はともかく、『大和』の46センチ砲弾では、砲戦安全距離において防がれる可能性が高かった。
本当なら最大射程から、水平装甲を撃ち抜きたいところだが、そちらは紫星艦隊が展開する人工泊地に近く、第一射はともかく複数回の射撃を実施する余裕がないかもしれなかった。
シベリア送り戦法が上手くいけば、遠距離から狙えたが、残念ながらそれが阻まれたため、安全砲戦距離よりも内側に踏み込んでの攻撃をすることにはなった。ただこれはドック周りの施設や建物に砲弾が引っかかる率が上がるので、それなりに時間がかかると予想された。
「弾着っ、今!!」
ドックに見えるギガーコス級戦艦の一部が爆炎に包まれる。動かない標的に、超重量弾が吸い込まれ、爆発した。
初弾からの直撃は、憎き紫の艦隊、その旗艦級戦艦の甲板を炎に包む。
『艦橋に1、主砲に2発命中』
他は周りの施設に当たったようだった。先日新品に換装したばかりの新型砲にも命中したようだが、これはエネルギー弾頭の51センチ砲弾をもってしても貫通しなかったようだった。
「司令、そういえばこの旗艦級戦艦。転移誘導弾を弾薬庫にぶち込んでも爆沈しなかったそうですね」
阿久津が言えば、神明は頷いた。
「防御障壁が、艦内の重要区画にも張り巡らされていたのだろう。二重の防御障壁といったところか」
だが――
「ドック入渠中に、防御障壁が機能しているとは思えないがな」
そう言った瞬間、凄まじい爆発音が響き、北のマルサムシェット・ハーバーの方で巨大なキノコ雲があがった。
「……どうやら、『大和』が、もう一隻のほうを爆沈させたようだな」
マルサムシェット・ハーバーのドックにあったギガーコス級戦艦二番艦『ドランシェル』である。
ドック内にも関わらず、砲弾が積まれていたとでもいうのか? あるいは別の何かが誘爆したのか。
――なんにせよ、正木 初子の腕はさすがというべきか。
戦艦『大和』の女神は、また一隻、敵戦艦を葬ったのだ。
一方、『蝦夷』の砲撃は、確実にギガーコス級戦艦に砲弾を浴びせたが、大和がやったような大爆発は起きなかった。
「当たり所が悪いのでしょうか?」
「どうかな」
「こちらは、弾薬庫に砲弾が積まれていなかったのかもしれませんな」
だが、派手に吹き飛ばないだけで、修理がほぼ終わっていたように見えるギガーコス級は、すでにスクラップ寸前にまで破壊されていた。艦橋は潰れ、通信塔を兼ねた後部マストもすでにない。
「もう、充分かな?」
「ですな。艦長より砲術。撃ち方やめ!」
阿久津が命じる。その間、神明は周囲の状況を見回す。
グランド・ハーバーから小型の水雷艇や駆逐艦が動き出していたが、『夕張』『早月』『島風』が新型砲を使って、これらを瞬時に砲弾を叩き込み、破壊していた。
空を見れば、なおやってくる敵機によって、数で圧倒されつつあるようだった。陣風と暴風はよく戦っているようだが……。
「攻撃目標の破壊を達成したと判断する。各部隊へ、戦線離脱を命令」
「了解です。通信長――」
ただちに撤退の準備にかかる。神明は腕時計を見た。想定より時間がかかっている。これ以上、時間をかけると、敵の本格反撃を受けるかもしれない。
相手は、紫星艦隊。そもそも、島の近くの人工泊地の敵艦隊をシベリアへ遅れなかった時点で、こちらに敵戦艦の砲撃がいつ降ってきてもおかしくないのだ。
それが今の時点でないのは、作戦乙の潜水艦戦隊による襲撃で、混乱しているからだろう。だが、それもいつまで引きつけていられるかはわからないのだ。




