第九六五話、突撃、マルタ島
時間は少し戻り、アゾレス諸島を英独米艦隊が侵攻している頃、日本海軍は地中海にて行動を開始していた。
軍令部直轄遊撃部隊――神明戦隊である。以前の作戦――T艦隊が投下した転移中継ブイを活用し、シチリア島東方、イオリア海に現れたのだった。
戦艦『蝦夷』、装甲艦『大雷』、潜水空母『鳳翔』、『伊401』の四隻は、ただちに行動を開始した。
「目標、マルタ島、グラントハーバー」
旗艦『蝦夷』の艦橋で、遊撃部隊司令官、神明 龍造少将は宣言した。
地中海の中央、イタリアのシチリア島から南に93キロメートルのところにある島、それがマルタ島である。
『蝦夷』と『大雷』は、遮蔽を発動。さらにエ1式機関による浮遊、低空飛行でマルタ島へ進撃を開始した。
空母『鳳翔』は、艦載機である陣風戦闘機9機を発艦させると、伊401とともに潜航し、こちらもマルタ島方面に向かう。天候は曇り。1月でも暖かだが、ところにより雨。
目的は、紫の艦隊こと、紫星艦隊の旗艦級戦艦――ギガーコス級戦艦を破壊する。
同時に地中海で暴れ回ることで、異世界帝国の目をアゾレス諸島や南米、イギリス本土から引き付ける。敵の増援を牽制、分散させることも副次的な任務となる。
移動しか使い道がない、などと思われていた飛行能力は、敵の遮蔽解除フィールドの登場で存外活躍する。これまでの彩雲などが中継ブイを目的地まで運ぶ戦術が、遮蔽無効により困難となってしまったからだ。
どうせバレるにしろ、すぐに撃墜されてしまう航空機より、タフな装甲を持つ戦艦や装甲艦ならば、強引に敵地まで強襲できるという寸法だ。
遮蔽が無理やり解除されると、敵のレーダーからも探知されるようになるため、その発見を少しでも遅らせるために、超低空で飛行する。底面が船である『蝦夷』と『大雷』は、万が一、波に触れたとしても跳ねる程度で済む。海に突っ込んだとしても、潜水航行が可能ではあるが、最高速度で海面と接触は極力避けたいところではある。
「! 僚艦『大雷』を視認! 遮蔽が解除された模様!」
見張り員が報告した。遮蔽解除の命令は出していない。マルタ島に近づき、遮蔽解除フィールドの圏内に入ったのだ。
装甲艦『大雷』が、『蝦夷』の左斜め後方を随伴しているのが、艦橋からも見えた。蝦夷艦長の阿久津 英正大佐が口を開く。
「『大雷』からも、こちらが見えているんでしょうな」
「このまま前進だ」
神明は正面を見続けた。『蝦夷』『大雷』、そして『鳳翔』から飛び立った随伴の陣風隊も、遮蔽を出てまっすぐ飛行している。
『間もなく、敵艦隊、集結地に到着します』
戦艦『蝦夷』の魔核を制御する能力者、八谷 梅中尉が報告した。マルタ島の手前、シチリア島の間に、紫星艦隊の艦艇群が停泊している人工泊地がある。
遮蔽解除フィールドが発生してから、偵察の頻度が落ちたため、正確さには欠けるが、以前と変わらないならば、この方向の海域には、戦艦20、空母15、巡洋艦40から50、その他が停泊している。
「『大雷』に打電。シベリア送り、発動せよ」
神明は命じる。この人工泊地は、目標とするマルタ島の首都バレッタに近く、ギガーコス級戦艦攻撃の際に、こちらに反撃して作戦を妨害してくる恐れがあった。
故に、早々にご退場いただくため、『大雷』の魔法陣転移ゲートで退場していただく。
指令を受けた装甲艦『大雷』は、『蝦夷』から離れ、敵人工泊地へと向かい、速度を落としつつ着水する。
すでに人工泊地には警報が鳴り響き、紫の艦隊色に塗装された小型艦艇を中心に動き出していた。
「さすが紫の艦隊だ。動きが早い」
大雷艦長の浮田 兵八大佐は、緊張の面持ちで言った。軽い衝撃が艦の海上着水を乗組員に伝える。
「着水しました!」
航海長の玉木少佐が報告し、浮田は頷いた。
「転移ゲート、作動! 吹っ飛ばせ!」
装甲艦『大雷』から、光のリングが生まれ、人工泊地の敵艦をその効果範囲に収める。これでシベリア上空に待機している姉妹艦の『火雷』のゲートへ飛ばされ、後は地面に衝突となる……はずだったが。
「?」
「敵艦隊、健在! ゲートで転移しません!」
「そんな馬鹿なっ……!?」
浮田は目を見開き、自分の目で人工泊地と敵艦隊を見る。そこにはゲートが消えても、変わらずいる紫の艦艇がひしめいていた。
「……転移ゲートが効かなかった」
「艦長!」
「落ち着け! こういうこともある!」
神明少将は、敵が常に対策していた時のことを想定するように、と言っていた。アフリカゲートの後、そして今回の作戦の時も。
「作戦参加全艦艇に打電。敵はシベリア行きを拒否! 作戦『乙』発令!」
失敗した時の予備プランに切り替える。遊撃部隊司令の神明は、常に予備案を用意している。
「煙幕弾、展開! ばら撒け!」
敵艦が攻撃してくる前に、艦の四方に煙を飛ばす。そして転移中継装置を作動。作戦『乙』に従い、援軍が到着する。
『伊600』、『伊701』、『伊702』の三隻は、煙に紛れて潜航。人工泊地の海底に這うように潜水する。
そして煙が完全に晴れる前に、『大雷』もまた潜航した。
「ここからは足止めだ。対水上戦、用意。浮遊機雷、展開用意!」
・ ・ ・
敵はシベリア行きを拒否。その報告は、旗艦『蝦夷』にも届いた。すでにマルタ島が目の前である。
「何ともあっさり、破られましたな」
阿久津艦長が言えば、神明は頷いた。
「対策される時というのはこういうものだ。近くに敵の戦艦がいる。ここからは時間との勝負だぞ」
「はっ」
首都バレッタへ、直進する戦艦『蝦夷』。魔核制御をしている八谷が報告する。
『対空電探に反応。正面より、敵戦闘機群。およそ30機が急発進!』
「陣風隊に迎撃を指示」
鳳翔航空隊の戦闘機9機が、スクランブルしてきた敵戦闘機――ヴォンヴィクスを迎え撃つべく、『蝦夷』を追い越した。
「下降、着水せよ!」
阿久津が命じた。とっくの昔に主砲の射程圏に入っている。目標への艦砲射撃を見舞うに充分すぎる距離まで近づいている。
戦艦『蝦夷』が海面に滑り込む。
「転移中継装置を発動。主隊を呼び込め!」
主砲である51センチ砲が、ドックの敵戦艦に向けられる中、『蝦夷』の近くに、味方艦艇が現れる。
先陣きったのは、戦艦『大和』だった。