第九六四話、連合軍、アゾレス諸島から撤退
H部隊指揮官、キャンベル・テイト中将の表情はこれ以上ないほど、苦渋に染まっていた。
サンタマリア島に上陸した部隊の撤収を援護する。言葉にすれば簡潔だが、それを実施するには、向かってくる異世界帝国艦隊が強大過ぎた。
「『センチュリオン』、爆発! 沈みます!』
見張り員の報告に、テイトは奥歯を嚙み締める。
敵大戦艦――モンブラン級戦艦の50口径40.6センチ砲は、容赦なくイギリス艦隊を叩きのめしていく。
水柱が波を突き破り、旗艦『ヴァンガード』に直撃の衝撃が走る。
「Z砲搭、被弾! 旋回不能!」
黒煙を引く戦艦『ヴァンガード』。基準排水量4万4500トンの艦体が揺れる。
すでに艦尾の主砲2基がやられ、艦首のA、B砲搭のみで反撃している。その主砲は旧式のR級戦艦と同じ38.1センチ連装砲。相手が新鋭のソビエツキー・ソユーズ級――モンブラン級では、その主要装甲を穿つことさえ難しい。
「味方の艦隊の状況を教えてくれ」
絞り出すようにテイトが報告を求める。しかしその答えは、耳を塞ぎたくなるようなものであった。
「戦艦で残っているのは本艦と『ミナス・ジェライス』のみです」
先ほど沈んだ『センチュリオン』を含め、『サンパウロ』、『フォーミダブル』『オーディシャス』『キング・エドワード7世』『モンタギュー』ら旧式前弩級艦はすでになく、巡洋戦艦『インディファティガブル』『クイーン・メリー』『インヴィンシブル』は、第一次世界大戦の時同様、爆沈して果てた。
「前進したクルーザー戦隊も、敵大型巡洋艦に蹴散らされました」
4隻の重巡『ロンドン』『サセックス』『シュロップシャー』『ヨーク』はすでにない。敵マッキンリー級――クロンシュタット級大型巡洋艦の30.5センチ砲の前では歯が立たなかった。
むしろ、マッキンリー級だけで前弩級戦艦や巡洋戦艦を叩きのめせる戦力であったのだ。
最初から勝負にならないとわかっていたが、現実を突きつけられては諦めの感情しか浮かばない。
テイトは決断した。
「空母とその護衛部隊に命令。上陸部隊の撤収を待たず、戦線を離脱せよ」
「提督!」
それは上陸部隊を見捨てることを意味する。参謀らは反対しようと思ったが、テイトの判断を覆せるだけの言葉を持ち合わせていなかった。
それだけ、戦況は絶望的だった。
フォースH、その主力部隊は、おそらくここで全滅する。そうなっては、サンタマリア島の浜辺近くにいる上陸船団と護衛空母群は、敵戦艦部隊に捕捉され撃滅されてしまうであろう。
歩兵の撤収を待って船団に収容できたとしても、低速の船団が、日本の転移艦が待機しているポイントまで逃げ切れるわけがなかった。正直、今から逃げ出しても間に合うかも怪しい。
またも『ヴァンガード』に敵弾が命中する。艦首の一部が吹き飛び、爆炎を上げた。
「……まったく」
致命傷を避け続けているこの艦の強運ぶりには苦笑するしかない。
「『ミナス・ジェライス』、大傾斜!』
最後まで残っていた元ブラジル海軍の戦艦が、全体から黒煙をたなびかせ、沈みつつある。こちらは弩級戦艦で、主砲は30.5センチ砲で、やはりモンブラン級と正面から殴りあう艦ではない。
「もうこれまでだな。本艦は、敵艦隊に向けて突撃を開始せよ。ロイヤル・ネイビーの意地を見せてやれ!」
テイトが命令を発した時、『ヴァンガード』は再び振動した。英戦艦戦隊が壊滅したことで、モンブラン級戦艦8隻の主砲が、『ヴァンガード』一隻に集中したのだ。
ほぼ絶え間なく降り注ぐ砲弾は、イギリス戦艦を取り囲み、そして破壊した。
・ ・ ・
イギリス水上打撃部隊が全滅している頃、空母機動部隊もまた、異世界帝国航空隊の攻撃を受けていた。
敵機動部隊の第一次攻撃隊を、アゾレス諸島攻略各部隊の戦闘機が迎撃したが、間髪を入れず、第二次攻撃隊が襲来。その攻撃で、空母『カレイジャス』『コロッサス』『オーシャン』『シーシュース』が沈没。『パイオニア』が大破、航行不能となった。
7隻ある護衛空母もまた飛行甲板を敵弾によって貫かれて、大火災となり、『アスリング』『トランペッター』が燃料庫誘爆で爆沈。残る艦も、洋上のキャンドルと化した。
上陸した陸軍の撤退を諦め、離脱したH部隊は、空母『フューリアス』『ヴェネラブル』、防空巡『フィービ』、軽巡洋艦『ベルファスト』と駆逐艦5隻のみであった。
これらは迎えに来た日本海軍の転移ゲート艦によって、アゾレス諸島より離脱した。
これに続き、ドイツ艦隊のエーリヒ・バイ少将も、もはやサンタマリア島の陸軍を収容不可能と判断。撤退離脱を命じた。
こちらは、モンブラン級戦艦を寄せ付けず、追尾できるマッキンリー級大型巡洋艦のみを相手にしたため、『ビスマルク』『ティルピッツ』が集中的に叩かれたものの、格下の30.5センチ砲弾をヴァイタルパートが防ぎとめ、中破はしたものの、逆に敵大型巡洋艦4隻を損傷させ、後退させた。
デアフリンガー級巡洋戦艦も、主砲はビスマルク級と同等の38センチ砲。その火力は、マッキンリー級を撃破せしめるものがあった。
イギリスに続き、ドイツ艦隊も離脱し、残るはチャールズ・A・パウナル中将指揮のアメリカ第66任務部隊の空母機動部隊のみとなった。
「我々も後退しよう」
敵艦載機による空襲は、各軍の戦闘機隊の迎撃もあって、66任務部隊が攻撃されることはなかった。しかしこちらが出したF6F戦闘機は半数以上を失い、英独の航空隊がいなくなった今、次の攻撃があれば、今度は艦隊が危ない。
さらに支援に出した『コネチカット』以下、戦艦戦隊を含む水上打撃部隊が、敵大型戦艦と交戦し返り討ちにあっている。
「しかし、提督。海兵隊の収容にはいましばらくかかるとのこと。ここで我々が引いたら、彼らを見殺しにすることになります!」
参謀らが、パウナルが一番言ってほしくなかった言葉を吐いた。それはわかっているが、極力考えたくない事柄でもあった。
「これ以上待ったら、我々もやられる。それでは意味がない」
「ですが……」
「一度後退し、戦力を整えて救出に戻るという手もあるだろう。海兵隊はしばらく島に潜伏させれば、一番少ない損害で切り抜けられるはずだ」
果たして、救出部隊が編成されるのはいつになるか――参謀長は顔をしかめた。米海軍の主力は、南米侵攻作戦を遂行中だ。
イギリスの主力も、今頃イギリス本土であろう。さらに異世界帝国が、これから逆上陸を仕掛けたら、果たして救助部隊どうこうで済むのだろうか?
「艦隊に伝達しろ。日本のゲート艦の待機地点へ移動する。コネチカットをやったらしい敵大型戦艦は35ノットを出す化け物らしい。急がないと追いつかれるぞ」
パウナルは、これ以上は聞かないとばかりに声を張り上げるのだった。
だが、突然、旗艦『ボノム・リシャール』――エセックス級空母に鈍い衝撃が走った。
「何事だ!?」
「左舷に魚雷命中! 敵潜水艦の模様!」
「『シャムロック・ベイ』に水柱! 複数の敵潜がいるようです!」
第66任務部隊を逃がさんとばかりに、異世界帝国の潜水艦部隊が、すぐそこまで忍び寄っていた。




