第九六三話、超戦艦の躍動
アメリカ海軍第66任務部隊、その水上打撃部隊は、空母群を離れてアゾレス諸島内、サンタマリア島の英独艦隊のもとへ急行していた。
戦艦4、重巡洋艦4、軽巡洋艦3、駆逐艦23は、白波を蹴り、速度を上げたが、その前に、転移で現れたムンドゥス帝国艦隊が立ち塞がる。
親衛艦隊司令長官、ササ大将は、旗艦『ゴッドウィン・オースティン』の司令塔にいて、向かってくる地球艦隊を見やる。
『敵は、アメリカ艦隊の模様、改コロラド級戦艦4、ニューオリンズ級ほか重巡洋艦4、クリーブランド級軽巡洋艦3、駆逐艦23』
観測からの報告に、『ふむ』と司令官席を座る仮面の指揮官は頷いた。
『コロラド級の高速改修型か。やはりアゾレス諸島攻撃は陽動だな』
主力級の戦艦が回されていない辺り、米海軍の本気度もお察しである。
『我がゴッドウィン・オースティンの敵ではないな。取り舵、敵の頭を押さえよ』
「取り舵!」
艦長の号令がかかり、旗艦『ゴッドウィン・オースティン』とその僚艦が、単縦陣を形成する。
従来のムンドゥス帝国艦隊であれば、横陣を組んで前進してくるところだが、この地球製の設計をもとにした戦艦は、正面に対して最大の火力が発揮できない。
艦首に集中する四連装主砲三基のうち二基は前方を撃てるが、一番後ろの砲が前方に向く隙間がないため、横陣での突撃では発砲できなかった。
基準排水量7万8000トンの艦体が力強く旋回する。同時に三基の47口径50センチ四連装砲が、アメリカ戦艦へと指向する。
一方のアメリカ戦艦も『コネチカット』を先頭に変針、『カンザスⅡ』『ミネソタⅡ』『サウスカロライナⅡ』もそれに続き、ゴッドウィン・オースティン級4隻と同航する。
その主砲である45口径16インチ連装砲四基八門、4隻三十二門が、異世界帝国戦艦を狙う。
『測距完了、射撃準備よし』
「長官」
『うむ、射撃開始』
ササが命じ、ゴッドウィン・オースティン級超戦艦4隻の50センチ砲が火を噴いた。その衝撃波はすさまじく、対衝撃シールドがなければ、おそらく艦橋の窓ガラスが破壊され、精密機械にもダメージを負ったことだろう。
艦首に主砲三基を集めたイギリスのネルソン級も、主砲の全門発射で同様の被害が出ており、数多い欠陥の一つに数えられていたりする。だがシールドにより問題を克服したゴッドウィン・オースティン級である。
飛翔した砲弾が目標へと飛来する数十秒の間、米戦艦もまた煙を吐いた。
『敵戦艦、発砲!』
ムンドゥス戦艦が撃ってきたのを見て、アメリカ側も即時反撃してきたのだ。だが、彼らは、まだ自分たちが相手をしている異形の戦艦の武装、その正体を知らない。
すさまじい高さの水柱が、米戦艦群を囲む。今頃、米海軍将兵は、水柱と衝撃の大きさからゴッドウィン・オースティン級の主砲口径を予想し、愕然としていることだろう。
ぼっ、と米戦艦の先頭艦に、発砲とは異なる煙が広がった。
『我が艦の砲撃、敵先頭艦に一発命中!』
「幸先よし! いいぞ、砲術長!」
艦長が声を上ずらせる。初弾命中は、遠距離砲戦の世界では羨望の的と言える。とかく距離を置いた戦いで、砲撃を命中させるのは難しいのだ。
『敵先頭艦、速度低下しつつあり!』
機関にダメージを与えたようだった。アメリカ戦艦は堅牢な装甲を持つが、16インチ砲搭載戦艦のコロラド級より、遥かに格上の50センチ砲弾の直撃だ。おそらく、一発で敵戦艦の機関部をズタズタにしたのであろう。
「速度低下分を修正しつつ、砲撃続行!」
艦長が命じる中、『ゴッドウィン・オースティン』の主砲が唸る。僚艦『アンナプルナ』、『エレバス』、『ルフェンゾリ』もまたその巨砲を撃ち込む。
負けじと米戦艦からも40.6センチ砲弾が撃ち込まれるが、これらはばらつきが目立ち、唯一、『カンザス』の砲撃が、『アンナプルナ』に至近弾を与えた。
だがその反撃は強烈であった。『アンナプルナ』の50センチ砲弾は、旗艦『コネチカット』の落伍で入れ替わった先頭の『カンザス』に突き刺さった。
ハンマーでぶっ叩いたような音に遅れ、二番砲搭に飛び込んだそれは、弾薬庫を吹き飛ばし、『カンザス』の艦体を風船のように膨らませたかと思うと、次の瞬間、鋼鉄の板を破裂させ、大爆発した。
たちまち真っ二つになり、沈みゆく『カンザス』。米本土防衛戦で沈み、復活したのもつかの間、またも海底へ叩き込まれたのだ。
次に沈んだのは、『コネチカット』だった。速度が出ず、戦艦列から脱落した同艦に、ゴッドウィン・オースティンの砲弾が複数発、命中し激しく損傷させた。艦内部から無理やりこじ開けられた破孔は、大量の海水を呼び込み、至るところから爆発しながら、コネチカットを海へと引きずり込んだ。
事ここに至り、米戦艦群は不利を悟り、転舵した。相次いで2隻がやられ、相手をしている新戦艦――ゴッドウィン・オースティン級が、格上の攻撃力を持つことを思い知らされたのだ。
『敵重巡戦隊、接近中!』
戦艦部隊が不利とみて逃げ出す中、それを援護しようというのか。ササは指示を出す。
『本艦と「アンナプルナ」は敵重巡を狙え。「エレバス」「ルフェンゾリ」は戦艦にトドメを刺せ。各艦、全力発揮を許可する』
その命令により、ゴッドウィン・オースティン級は、その巨艦ながら最大速力35ノットの高速力を発揮する。
逃げる『ミネソタ』『サウスカロライナ』を追い上げる2隻のゴッドウィン・オースティン級戦艦。旗艦とその僚艦は、米重巡洋艦に20.3センチ連装副砲を撃ち、次いで過剰な攻撃力を持つ50センチ砲を向けた。
20.3センチ砲の水柱に混じり、突然1万トンの艦体を持ち上げるほどの凄まじい衝撃が起こり、先頭の『ニューオリンズ』は転覆一歩手前なほどの傾斜を味わう。
これ以上、近づくと一撃で粉々にされる――米重巡のクルーたちの脳裏に嫌でも刷り込んだその威力。向かってきた巡洋艦戦隊が反転。随伴していた駆逐艦が、煙幕を展開するが、すでに遅かった。
ゴッドウィン・オースティン級の艦尾側から艦載機であるクレックス戦闘機が発艦し、米駆逐艦に牙を剥いたのだ。
矢尻のような形の戦闘機は底部の光線砲を発射。フレッチャー級駆逐艦を次々と爆発、四散させていった。
対空戦に向いた輪形陣ではなく、艦隊突撃用の陣形だったことが、対空砲火の集中を難しくした。その上、身軽な戦闘機の機動性、さらにVT信管の炸裂による断片でも、簡単に火を噴かない強度は、クレックスの撃墜を困難なものにした。
駆逐艦が戦闘機よって駆逐され、戦艦、巡洋艦が35ノットの化け物高速戦艦から逃れることができず、海底へと叩き込まれていく。
親衛艦隊のゴッドウィン・オースティン級戦艦とその艦載機は、第66任務部隊、水上打撃部隊を全滅させてしまうのであった。