第九六一話、ムンドゥスの逆襲
アゾレス諸島サンタマリア島。
イギリス海軍H部隊――第一海軍卿の直接士気下に置かれている任務部隊は、現在、米、独海軍と協力し、異世界帝国軍と交戦していた。
指揮官である、サー・キャンベル・テイト中将は、戦艦『ヴァンガード』に将旗を掲げ、戦況を見守っていた。
開戦前までは様々な巡洋艦を乗り継いできた男は、戦中は指揮官として部隊運用とそのサポートに尽力してきたが、このたびH部隊の指揮官として、アゾレス諸島攻撃を指揮していた。
吊り上がった太い眉、厳つく引き締まったその顔は、黙って立っているだけで屈強の船乗りを想起させる。
だが、テイト中将の内心は、不安が渦巻いていた。
――数だけはまともではあるが、異世界人が攻めてきたら、まともに戦えないぞ。
ドイツZ艦隊、アメリカの66任務部隊はまだよいが、テイトが預かるフォースHは、まともな戦艦は『ヴァンガード』しかなく、他は30.5センチ砲を主力としているオンボロ艦艇ばかり。
特に前弩級戦艦や、かのユトランド沖海戦で爆沈しまくった巡洋戦艦群が問題だ。地上への艦砲射撃ならともかく、敵との殴り合いで果たして生き残れるのか不安しかなかった。
――航空機の性能が圧倒していれば、空母を頼りに割り切れたが、現状、そうはいかん。
もちろん、ロイヤルネイビーの意地として、テイトは敵との交戦ともなれば向かっていく覚悟であった。
とはいえ、『異世界帝国艦隊が大挙押し寄せてくるならば、退却してよし』という命令を受けている。アゾレス諸島攻撃は、ブリテン島奪回作戦の側面援護の性質が強く、敵を引きつけられたなら、手に入れたアゾレス諸島を再度奪回されてもかまわないとされる。
だから張り子の虎、旧式艦艇が勢ぞろいで、数だけは揃えたのだが。
――敵がのんびり地中海を来るのであれば、退却の時間もあるだろうが、転移で来たらどうするのだ。
「提督」
通信参謀がやってきた。
「本国艦隊主力が、我らの祖国の奪回作戦を開始しました。各飛行場に向け、攻撃隊を発艦させたとのこと」
「始まったか」
イギリス、ドイツ艦隊を中心にした主力艦隊が、いよいよ攻勢に出たのだ。H部隊らアゾレス諸島攻撃部隊に続き、アメリカ第4艦隊が南米侵攻を開始する。異世界人が地球勢力の攻勢に対応しようとしているところに、さらに別の場所への攻撃――イギリス人としては本命のブリテン島奪回作戦が動き出したのだ。
まずは、空母航空隊により、敵――かつてのイギリス空軍の飛行場への先制攻撃、航空撃滅戦を行う。どこを攻撃すればいいかは、母国であるイギリス人にはわかっている。敵航空戦力を撃滅したところに、主力艦隊が上陸作戦を支援する。
「あとは、日本人がアフリカを攻撃してくれれば、それこそ異世界人たちは対応に苦慮しただろうが……」
「はい……?」
「何でもない」
テイトは軍帽を被り直した。その日本人は昨年末にマダガスカル島を攻略した。その時点で、アフリカ方面の敵の注意を引いている。これ以上は贅沢というものだ。
遠くで砲声がした。
巡洋戦艦戦隊が、サンタマリア島の敵抵抗勢力に対して艦砲射撃を開始したのだ。
『インヴィンシブル』『インディファティガブル』が45口径30.5センチ連装砲を、『クイーン・メリー』が45口径34.3センチ連装砲を撃ち込み、地上の無人兵器――ゴーレム部隊を叩いている。
アヴラタワーはすでに吹き飛んでいるが、まだ敵はこれら無人兵器を中心に反撃しているのだ。
今のところ、作戦は順調だ。アゾレス諸島の敵拠点には、小型の哨戒艇や潜水艦程度しか海上戦力はなく、制海権はこちらのものであった。気掛かりは、やはり異世界帝国の艦隊の来援である。
そして、それはきた
『対空レーダーに反応。敵性航空機、多数接近中!』
「爆撃部隊か?」
アフリカはモロッコ、ヨーロッパはスペインの航空基地より重爆撃機が来たのか。
『敵編隊は北方より接近。高度4500。数300から400機。空母艦載機の模様!』
「敵機動部隊か」
テイトは表情を引き締めた。
空母を含む機動部隊とすれば、随分と早い到着だ。おそらく転移でアゾレス諸島の攻撃範囲へ侵入したのだろう。
「空母航空隊に、迎撃機の発艦を命じよ。Zフォース・Ⅱ、タスクフォース66にも、敵航空隊の接近を通報!」
H部隊の空母7隻から、制空隊のF6FヘルキャットⅡが発艦を開始する。『フューリアス』、『カレイジャス』から各20機、『コロッサス』『オーシャン』『パイオニア』『シーシュース』『ヴェネラブル』から各18機。計130機の戦闘機が飛び立った。
「300から400か。敵の機動部隊は我が方の倍以上か」
ドイツ、アメリカ両艦隊からも戦闘機が出れば何とか防げるだろう。だが敵機動部隊を放置すれば第二次攻撃隊を放ってくるだろうから、こちらとしても早急に敵の位置を割り出し、反撃しなければならない。
テイトが思案していると、通信士官が駆け込んできた。
「提督! ドイツ艦隊より緊急電! サンタマリア島南方に、異世界帝国艦隊、出現! 戦艦15、大型巡洋艦15を主力とする大艦隊!」
「なに……!?」
戦艦15隻――テイトは息を呑んだ。
エーリヒ・バイ少将指揮のドイツZ艦隊・第二群は、戦艦『ビスマルク』『ティルピッツ』と、巡洋戦艦『デアフリンガー』『モルトケ』『ゲーベン』、装甲艦6隻ほか、という編成だ。水上打撃戦となれば、戦艦15隻を有する異世界帝国艦隊に太刀打ちできない。
テイトのH部隊は戦艦8、巡洋戦艦3と、数の上でマシとはいえ、まともに戦えるのは旗艦の『ヴァンガード』のみ。残りは第一次世界大戦の頃の旧式や、弩級戦ロートルロートルしかない。
仮に異世界帝国の戦艦が、タイプBの旧式戦艦だったとしても不利であった。
「提督、ここは転移で退避すべきです!」
参謀長が進言した。テイトは歯噛みする。艦隊は、日本海軍の用意してくれたゲート艦で逃げることは可能だ。作戦でも、不利とみれば退却も許されている。
しかしそれは、敵艦隊が事前に接近していることがわかった上での退却だ。
「上陸部隊に速やかに退却を要請! ……我々は、その時間を稼がねばならない」
転移で殴り込まれては、上陸部隊が撤退する時間もない。結果、せっかくの退却許可も、すぐに実行できなかった。
「ロイヤルネイビーの伝統から鑑みても、艦隊だけ逃げるわけにもいかんのでな」
敵の性能はわからないが、おそらく突入する水上打撃部隊は、ほぼ壊滅する。血路があるとすれば――
「空母航空隊に命令。雷撃隊をもって、敵艦隊に全力攻撃をかけよ!」
戦闘機は、敵攻撃隊の迎撃に出た。雷撃機隊は、敵空母部隊を発見したのちの反撃手段として残していたが、これを用いて、敵水上打撃部隊にダメージを与える。理想を言えば、全戦艦を沈めてもらうことだが、そう都合よくはいかないだろう。
だが少しでも脱落、戦闘不能艦を出せれば、もしかしたら奇跡は起こるかもしれない。