第九五八話、遮蔽が効かない原因は?
遮蔽装置が通用しない。その報告は、日本海軍航空隊はもちろん、連合艦隊、そして軍令部にも大きな衝撃を与えた。
地中海のマルタ島の紫星艦隊に奇襲を仕掛けようと計画を立てていた神明 龍造少将にとっても、遮蔽が使えないのは、作戦の大幅な見直しを余儀なくさせた。
「遮蔽で奇襲できれば、楽だったのだが」
神明がぼやけば、先任参謀の藤島 正中佐は腕を組んだ。
「報告によれば、敵戦闘機は遮蔽で隠れている彩雲改二に、迷うことなく突っ込んできたそうです。こちらの遮蔽戦術全般が、通用しなくなったことを意味します」
実際に、複数の彩雲が撃墜される事案が発生しており、日本海軍偵察航空隊は、その行動について、大きな見直しを強いられている。
結果として、欧州やアフリカ方面の偵察力が、大幅に低下している。
「イギリスが、ブリテン島奪回作戦で動きはじめている」
神明は顔を上げた。
「こちらも地中海方面で仕掛けて、敵を牽制する予定だった」
紫星艦隊の超戦艦をマルタ島で破壊してやれば、地中海の異世界帝国艦隊も、しばし行動に慎重になるだろう。その間に英独を主力とする奪回艦隊が、英本土上陸を果たす。
「第一弾は、すでに始まっているんですよね?」
「アゾレス諸島攻撃だな」
英独艦隊は、年明け早々に出撃し、ブリテン島奪回作戦の一環として、大西洋中央部、マカロネシアのヨーロッパ側――スペインの西に位置するアゾレス諸島への上陸作戦が行われる。
ヨーロッパ、ジブラルタル、そしてアフリカそれぞれに目を光らせることができる場所にあり、異世界帝国が参戦する前は、中立であったポルトガル領にあった。だが、英米の政治的影響もあって、実質連合国側の船団護衛用の基地として使われた。
ここを制圧することで、英本土奪回の足場としつつ、敵への牽制拠点とするのが英独米の狙いであった。
「我々も直接的、もしくは間接的に支援する予定ではあったが……」
地中海での攻撃がまずできないのは、英独軍の英本土奪回作戦のための牽制としてはよろしくなかった。
「敵が、どう遮蔽を見破っているのか、それによって手の打ち方も変わってくる」
「と、言いますと?」
藤島が唇をひん曲げれば、神明は記憶を辿る。
「マダガスカル島のレポートに確かあっただろう。地下に築かれた敵アヴラタワー攻撃に向かった、鳳翔の特別攻撃の陣風戦闘機の件だ」
「それは……あぁ、遮蔽装置が故障して、敵の迎撃を受けながらも任務を果たしたやつですな」
開戦時からの古参搭乗員である須賀 義二郎大尉と、正木 妙子中尉のペアが実行した任務である。
「確か、バードストライクがあって遮蔽装置が故障したと思ったら、実は壊れてなかったってやつ」
任務からの帰還後、整備員が修理しようとしたら、どこも壊れていなかったという。須賀大尉は、遮蔽は働いておらず、敵機と交戦したと報告した。
「あれも、もしかしたら敵側の遮蔽を見破る装置のせいだったかもしれないな」
「つまり、本人たちの誤認ではなく、最初から遮蔽がバレていたということですか?」
「陣風の遮蔽装置は、彩雲が搭載しているものより新しい。その動作確認方法も違っていなかったか?」
「そうです。スイッチを入れると、ランプが付くんですよ。遮蔽発動中は点灯、使っていない時は光らないので、実際に動いているのか判別しやすくなっています」
これは前々から言われていたことで、遮蔽飛行中は、外から見えないが搭乗員の視点だと自機がきちんと見えなくなっているから不安という声が上がっていた。実際に隠れているか、僚機に確認している例も存在しているらしい。
「正木中尉も、スイッチは入っているのに点灯していなかったので、それでおかしいと気づいたんでしたか」
怪我の功名。異変に気づけたから、敵の不意打ちを受けることはなかったという話だ。
「そこで気になるのは、遮蔽を見破られたのか、それとも遮蔽を剥ぎ取られたか、だ」
「剥ぎ取られた……? どういうことです?」
「これまで遮蔽に襲われたパターンは、すべてこちらが単機で飛行している状況だったはずだ」
須賀の陣風も、ここのところ相次いだ彩雲偵察機も、単独飛行中であった。
「だから、遮蔽で見えないところを襲われたのか、遮蔽を使っているつもりだが、実は目視できる状態だったのかわからないだろう?」
「その違いは何か問題なのですか?」
いまいちピンときていない藤島。神明は続けた。
「前者であれば、敵戦闘機は見えない状態でも日本機を見つけて攻撃できるが、後者だった場合、敵機は日本機を見つけられない」
無理やり遮蔽を解除されたなら、目視もレーダーも使えるから敵機は特別な装置がなくても日本機を攻撃できる。
「だが遮蔽を見破る装置だった場合、それぞれの機体に専用の装置を積まなくてはいけないわけだ。第一線の機や重要拠点防衛の迎撃機に優先して装備されるだろうが、地方や小規模基地の機は後回しにされるだろうから、まだ遮蔽の使いどころはある」
そうなると、地中海のマルタ島襲撃作戦でも、遮蔽がまったく使えないというわけではなく、手薄な場所を陽動攻撃するなど、やれることが増える。
しかし、遮蔽を引き剥がすタイプであれば、レーダーサイトよろしく地上施設の装置で遮蔽を解除されるから、辺境だろうが小規模基地だろうが、そこの迎撃機に普通に迎え撃たれてしまう。特別な装置はいらないわけだ。
こうなると、遮蔽戦術は陽動でも使いづらくなってしまう。
「正直、遮蔽が使えないのでは、紫の艦隊がいるマルタ島襲撃など、自殺行為となってしまう」
作戦立案、そして実行する身としては、敵の遮蔽無効装備の詳細を知らなくては、作戦どころではなくなる。
英独米がアゾレス諸島への上陸作戦を決行しようとしている時だけに、時間的猶予は少ない。
藤島は口を開いた。
「どうやったら、確かめられますかね? 遮蔽が無効にされているところを確認するのは」
「簡単だ。単機で分からないなら、ペアで出せばいい」
敵の勢力圏に二機一組で偵察に出し、僚機に遮蔽が働いているか見ればいい。目視で姿が見えるようなら、遮蔽引き剥がしタイプ。遮蔽中にもかかわらず、敵機が突っ込んできたら見破りタイプである。
「こちらの作戦計画にも関わるから、さっさと哨戒空母に試してもらうよう動いてもらおう」
神明は関係する部署に足を運び、早速、異世界帝国の遮蔽看破手段の確認を行わせた。
大西洋に展開する哨戒空母『積丹』『男鹿』『房総』で、活動自粛中だった欧州偵察活動を再開。二機一組で彩雲偵察機を飛ばしたところ、あっさりと判明した。
「遮蔽は、引き剥がし型」
遮蔽飛行していたところ、急に僚機が見えるようになった。偵察機の搭乗員らも装置の故障を疑ったが、空母に戻った後の確認で故障はなし。偵察に出た全ての機体がそうなったのだから、間違いない。
「じゃあ、次は遮蔽解除範囲と、解除を促す敵の装置の特定をよろしく」
神明は、哨戒空母戦隊――第二十航空戦隊司令部に、そのように依頼すると、九頭島へ戻ると、マルタ島襲撃作戦の練り直しを行った。