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第九五七話、欧州偵察活動にて


 地中海、イタリア半島の南、シチリア島のさらに南に、マルタ島は存在する。

 地中海において、ほぼ中央に位置する小さな島。かつてはマルタ騎士団の本拠地であり、今次大戦の前は、イギリス領であった。

 今では異世界帝国軍が駐留し、その中でも紫星艦隊がその母港として利用していた。


「地中海は、相も変わらず異世界人のテリトリーだな」


 哨戒空母『積丹』を発艦した彩雲改二艦上偵察機は、波の穏やかな地中海を飛行していた。

 目標は、マルタ島の敵軍港施設の状況確認。近々、軍令部直轄部隊による攻撃が計画されており、そのための情報収集である。


「雲が多いな」

「この時期は、この辺りは雨が多いようですな」


 枋木 登一飛曹は操縦桿を握る。


「どうします? 高度を下げますか?」

「まだいい。まだマルタ島は見えん」


 初嶋 仁次郎中尉は手書きの航路図(チャート)に目を離した。誉エンジンは快調そのもので、機体を飛ばしている。

 すでに敵のテリトリーに入ってしばらく経つが、迎撃機が向かってくる様子はない。遮蔽装置が作動しており、敵は初嶋機の存在を掴んでいないのだ。


 地中海の西、ジブラルタル方面から侵入した彩雲は、その長大な航続距離を活かして、長躯飛行中である。今、右手には、アフリカ大陸、チュニジアの海岸線がちらちらと見えている。

 そろそろ針路を変更するか。初嶋がチャートに再度、目を落とした時、通信席の志場 浩飛曹長が叫んだ。


「中尉、マ式レーダーに反応あり! 大陸から未確認機二機が接近中!」

「敵機?」


 こちらの姿は見えていないはずだが。


「哨戒機か?」

「……速度およそ370ノット! おそらく戦闘機です!」

「その速さは、あのハチ型か?」


 エントマ高速戦闘機が、フルスロットルで飛べばそれくらいの速度で飛べるはずだ。思い至ったところ、初嶋は首をひねった。


「ちょっと待て。何で戦闘機が最高速度でかっ飛ばしているんだ?」


 哨戒や飛行場間での移動は、燃費を考えれば巡航速度で飛ばすものだ。最高速は燃料を大量に消費するから、戦闘、もしくは緊急時以外は基本使わないものだ。


「志場! 敵機はどこに向かっている?」

「真っ直ぐこちらに向かっているようです!」


 まさか、と初嶋は前を見た。


「枋木、遮蔽のスイッチは入っているな?」

「はい、中尉。スイッチは入っています。……これが切れていたら、とっくの昔に敵機が飛んできていますよ!」

「実際、飛んできているだろうが!」


 初嶋は怒鳴った。


「枋木、針路変更だ。マルタ島への針路変更地点に着いた」


 このまま真っ直ぐ飛行するとシチリア島の方についてしまう。


「志場、敵機の動きを監視! こちらの針路変更に合わせて追ってくるなら、バレていると判断する!」

「敵に遮蔽が効いていないのですか!?」

「わからん。装置が故障して、遮蔽が切れてしまった可能性もある……」


 もし敵が、遮蔽を見破る方法を発見したとなると最悪だ。これまで偵察航空隊が、安全かつ正確に掴んでいた敵情把握が困難なものとなる。

 偵察だけではない。日本海軍航空隊の戦術の一つである奇襲攻撃隊が、事実上、これまでどおりの奇襲が不可能になることを意味する。


「敵機、針路変更! こちらを追尾中!」


 志場通信士の報告に、初嶋は声を張り上げた。


「枋木、フルスロットルだ! マルタ島へ直行しろ!」


 彩雲の最高速度なら、エントマとてそうそう追いつけない。燃料はドカ食いするが、敵機を引き離したまま、偵察して、転移離脱装置で帰りをスキップすれば、燃料切れにはならない。むしろ彩雲より航続距離が格段に落ちる敵戦闘機が先に根をあげて撤退する可能性もあった。

 索敵担当の志場が声を上げた。


「中尉! シチリア島方面より、高速接近する航空機らしきもの二! おそらく戦闘機です!」


 前からもか。初嶋はチャートに走り書きすると苛立ちを露わにした。


「くそっ、偵察はここまでだ。枋木、転移脱出装置の準備。ただし、合図するまでは使うな」

「了解。……あの、今使わないんですか?」

「敵がこちらに一直線に突っ込んでくるか見極めてからだ」


 遮蔽装置が働いているのに、敵機が向かっている公算は高い。だがそれがどういう方法で向かってくるか、確かめる必要があると松嶋は思ったのだ。


「どういうことです?」

「敵機の動きを見ろ、ということだ。遮蔽を見破ったのが、地上のレーダー群なら、戦闘機はこちらに追いついても、すぐにはこちらを見つけられない」


 そもそも見えていないものを攻撃はできない。


「だが戦闘機に、オレたちが見えているなら、真っ直ぐこっちへ突っ込んでくる」


 その時は、遮蔽が完全に見破られているということだ。潔く、転移で離脱しよう。

 シチリア島方面から向かってくる敵機は、初嶋機へ向かってくる。志場の報告に神経を尖らせつつ、初嶋と枋木は敵機を目視しようと視線を走らせる。


「中尉! 敵機です! 真っ直ぐ――!」

「枋木、転移で離脱。急げ!」


 時速700キロ近い速度で突っ込んでくるエントマ高速戦闘機。あっという間に距離は縮まる。機体から機銃が瞬いた時、彩雲は母艦『積丹』の近くに転移したのだった。



  ・  ・  ・



 竜飛型哨戒空母『積丹』に帰還した初嶋中尉の彩雲改二偵察機。着艦後、松嶋は機付き整備員と、遮蔽装置が正常に作動するか確認した。


 機から降りて、実際に遮蔽で消えるところを外から確認し、装置に問題ないのを目で確かめた後、異世界帝国が遮蔽装置を見破ってきた旨を報告した。これは一大事だと飛行長や艦長は色めき立つが、それを裏付けるように、偵察に出していた他の機が、敵機に追跡されたことを報告。

 さらに――


「二番、七番機が未帰還です。七番機は、通信の途中で途絶えましたので、おそらく撃墜されたと思われます」

「敵は、とうとう、遮蔽を看破してきた」


 空母『積丹』艦長の谷垣 公平大佐は唸った。


「戦隊司令部に報告だ。遮蔽が効かないのでは、我々の偵察活動はおしまいだ」

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