第九五六話、その艦の名は……
ソ連の未成戦艦を、異世界帝国が完成させ、それが沈められた後、日本海軍が回収した。
試験艦として、その余裕のある艦体に様々な装備を載せる一方、これまで魔技研が培ってきた装備の最新型も惜しみなく投入されている。
この試験戦艦は、すでに艤装を終えて、乗組員の訓練を行うところであった。魔技研系列の乗組員は、すでに艤装の段階で乗り込んでおり、またその他はドイツ提供の自動人形を日本で生産、乗組員に当てていた。もっとも、魔核で大半の制御が可能な上、大幅な自動化は、無人艦に近いレベルであったが。
「内部構造も、かなり簡略化されているんだな」
神明 龍造少将は、独りごちた。大和型に匹敵する大型艦である。本来なら艦内がとても複雑で、一日二日で艦内を覚えるのは不可能。道に迷わなくなるまでに相当な時間がかかるものである。
だが、無人化の影響か、そもそも人が通れるルートがかなり限定され、初見で覚えきれるかは人それぞれとはいえ、数日もあれば迷子になるようなことはないレベルにまでになっていた。
「おお、司令、こちらでしたか」
「阿久津艦長」
艦内を歩いていた神明を迎えたのは、艦長の阿久津 英正大佐である。海兵46期の水雷屋。海軍軍人はスマートな人間は多いが、彼は少し恰幅がよく、やや背が低い。不思議な愛嬌があって、柔和さから部下から慕われるタイプである。
魔技研絡みで実戦経験が多く、開戦時は駆逐艦『氷雨』駆逐艦長を務め、この試験戦艦の前は、T艦隊配属時の重巡洋艦『愛鷹』艦長をしていた。
その『愛鷹』が第一機動艦隊に編成される前に艦を降り、こちらの試験戦艦の艤装委員となり、今日に至る。
「またお世話になります、司令」
「よろしく頼む」
そっけなく、神明は頷くのである。艦内の案内を阿久津は買って出た。だが、神明はすでに内部構造を暗記している上、いざとなったら魔法で位置を把握できるので案内は必要なかったりする。ただ好意には甘えておく。今後、同じ戦場をくぐり抜ける上司と部下となるわけだから。
「基準排水量6万3500トン、全長271メートル。マ式機関22万馬力、水上航行速度最大32ノット――」
案内がてら、阿久津は艦の要目を言った。
「エ1式による飛行速度は、最高時速421キロメートル。……アステールなどと比べると鈍足なので、空中で競争はできないですがね」
「戦艦でドッグファイトは無理だろう」
「あくまで、移動手段としての飛行ですな」
阿久津は微笑した。
「武装は、主砲に45口径51センチ連装砲を三基六門。播磨型のやつの改良型となっています」
主砲の旋回部は、巡洋戦艦『武尊』で採用されたマ式に換装されている。高角砲並みの旋回速度と言われたそれにより、照準までの時間が大幅に短縮される。
「自動装填装置も、光弾砲のような連射には及びませんが、20秒に1発と、従来の半分の速度にまで向上しています」
うむ、それは知っている。魔技研の開発したものは、全てではないが大体知っている神明である。
「もっとも主砲で語るべきは、敵シールドを無視できる転移機能のほうでしょうな」
とはいえ、砲自体は、これまでのものと変わらない。
砲弾を転移させる仕掛けは、砲身の方にあるため、この新式転移砲を使うために、主砲塔を入れ替える必要がない。従来の砲を弄ることがないため、すでに造った砲を無駄にすることもなかった。
戦艦『大和』が砲身交換だけで46センチ砲を転移砲に換装できたのもそれである。海軍としても、転移魔法回路込みの砲身を生産、交換するだけで、他の戦艦にも転移砲を使わせることができた。
「――あとは、実戦で役に立つかどうかです。あくまで想定の話で、試射はしましたが、やはり実戦で使ってみて、実際に効果があるのか、検証が必要ですから」
「そのための試験艦の実戦投入だ」
遊撃部隊配備の『大和』への砲身交換も、上層部からしたらお試しであろう。
これで効果ありと見れば、他の戦艦も転移砲に換装。思ったより効果がなかったり、故障などのトラブルが頻発して、まだ実戦に耐えられないとなれば、正式配備は見送られる。
「他の武装は、15.5センチ三連光弾三連装副砲二基六門。55口径12.7センチ連装両用砲十二基二十四門。四十ミリ三連装光弾機関砲四十六基百三十八門。垂直発射型誘導弾十六門。61センチ魚雷水中発射管八門、などなど……」
近代化した大和型に近い配置となっている。飛行可能に加え、潜水行動可能。遮蔽装置を当然のように装備しているのは、さすが試験艦というところか。
「まるで冒険小説の万能艦みたいなフネですな」
「潜水航行する戦艦だって、すでに冒険小説に片足を突っ込んでいるだろう」
神明が指摘すると、阿久津はニヤリとした。
「空まで飛ぶとなったら、空想と現実がごっちゃになっているようなもんですよ。異世界人だって、こんなフネは持っていないでしょう」
「わからないぞ。そもそも、この艦の飛行機能だって、異世界帝国の技術で、潜水機能もそうだ」
そう考えるなら、異世界帝国が、同様の兵器を開発している可能性だってある。もしかしたら、今後、敵も空中戦艦を送り出してくるかもしれない。すでに円盤兵器アステールがあるので、不可能ではないが、わざわざフネの形にするかは疑問ではあったが。
「空中戦艦対空中戦艦……。この戦争が終わったら、きっと異世界人との戦争を題材にした映画や小説なんかがでるようになるんでしょうなぁ」
阿久津は腕を組んで、しみじみとした口調になった。
「戦艦同士の空中戦なんて大真面目にやって、映画館に人が詰めかけたりとか」
「そうかもしれないな」
神明は小さく肩をすくめた。戦後の話を想像できる阿久津をある種羨ましく思う反面、そうなるべきだと神明は思った。
しかし――神明は何とも言えない顔になる。
「いい加減、名前をつけて欲しいものだ」
「そうですなぁ」
阿久津もまた困った顔になる。
「普通、進水した時に名前がつくものなんですが、こいつは拾いものですからな。しかも昨日まで試験艦で、実戦に使うかどうかも怪しかった」
さらに言えば、戦艦に使う艦名候補が不足している。最近、撃沈した改メギストス級が改播磨型として追加されたから、さらに候補が減っていた。航空戦艦が、旧国名でなく旧式装甲巡洋艦から流用されたのも、名前候補不足が影響している。
「試験艦だから、戦艦とは違う命名になるかもしれないな」
神明は呟いた。
・ ・ ・
試験戦艦は、『蝦夷』と命名する!
後日、正式な命名が発表された。名前がないことが収まりが悪かったかったから、何にせよ名がついたことはよいことであった。
神明戦隊の編成も順調に進み、実戦に向けての演習と訓練が繰り返された。
そして1944年が終わり、1945年が始まる……。




