第九五三話、左手は囮、本命は右手
遊撃部隊こと、神明戦隊は、ダカール港を襲撃した。
『鳳翔』航空隊の陣風戦闘機隊の遮蔽奇襲爆撃で、レーダー施設、沿岸砲台を沈黙させたところで、『翔竜』航空隊の暴風戦闘爆撃隊が、ロケット弾で対地攻撃。
そして港より40キロ離れた海上に移動した戦艦『大和』が、最大射程の46センチ砲弾を発砲! 艦砲射撃によって停泊用設備、燃料タンクほかを破壊しつくした。
「そろそろ砲身寿命かな」
大和艦長、有賀 幸作大佐は、同期の森下艦長から艦を引き継いだ時に聞いていた46センチ砲の砲身寿命を思い出す。
『大和』の砲撃は、管制する正木 初子大尉の弾道修正により、的確な弾着、目標破壊を繰り返していた。
司令の神明 龍造少将は事務的に告げる。
「魔技研が開発した新しい砲身がある。帰ったら、それに交換しよう」
「新しい砲身……?」
「試作なんだがな。ちょうど余っている。いい機会だから使わせてもらえるだろう」
神明はそれ以上は言わなかった。『大和』が砲声を轟かせる中、軽巡洋艦『矢矧』、駆逐艦『島風』『海霧』は、停泊する敵小型艦艇に対して砲撃を仕掛け、これらを大破、航行不能に追いやる。
嵐のような攻撃の後、神明戦隊は撤収した。
なお、艦隊主力を失い、ゲート攻撃を諦め、撤退していた敵残存部隊は、ダカール港を前に、立ち往生していたところを、装甲艦『大雷』の待ち伏せで、シベリアへ転移させられ全滅した。
軍令部から求められた敵艦隊の転移撃滅は果たした。
内地に戻った神明戦隊だが、そこで軍令部次長の小沢 治三郎中将が直々に『大和』の転移室へやってきた。
「神明、戦隊はまだ作戦行動は可能か?」
「何かありましたか?」
「ギニア湾だ」
小沢は険しい顔で言った。
「マラボゲートが危ない!」
・ ・ ・
「畜生、こいつは!」
第三航空艦隊、防空戦闘機隊を指揮する長谷川 小次郎少佐は、震電局地戦闘機を操り、ギニア湾のマラボゲートへ迫る異世界帝国の大航空編隊に舌打ちした。
ギニア湾、サンタ・イザベル飛行場をはじめ、複数の基地に展開する日本海軍第三航空艦隊は、ゲート防衛のために戦力を集めて防空戦の真っ只中だった。
「イギリス製の重爆機じゃないか……!」
四発重爆撃機。確か、アブロ ランカスターという名前だ。
全長21メートル、全幅31メートル。イギリスが生み出したその爆撃機は、アメリカのボーイングB17フライングフォートレスに匹敵する大きさながら、爆弾搭載量では、かのB29スーパーフォートレスを上回り、9980キログラムを誇る。
「鹵獲機を使うのはわからんでもないが、欧州からわざわざアフリカまで持ってくるとは、相当戦力に余裕がないのか」
長谷川率いる白虎隊の震電は、中高度を飛ぶ敵重爆に急降下しつつ三十ミリ光弾機関砲を叩き込む。異世界帝国の重爆撃機に比べれば、相対的に脆い。
「艦隊が迫っているって話だったが、本命はこっちだったか!」
飛来する敵機の数は、優に二百を超えている。しかも偵察機によれば、さらなる後続機の編隊があるらしい。
「ゲート一つを爆撃するのに、大げさすぎやしないか!」
ぼやいたところで仕方がない。すでに耐爆撃機用空対空誘導弾は、使い果たしている。機体を軽くする必要があったこと、早急に数を減らさないとゲート到達前に迎撃できないという判断だ。
幸い、震電には対重爆撃機を想定し強力な三十ミリ光弾機関砲があって、アブロ ランカスターを血祭りに上げている。
『敵第二梯団! 何だあれは……!?』
無線機から驚きを含んだ声。戦場に到達した新たな敵編隊は、激しく見慣れない機体だった。
胴体が二つある異形。航空機の格好はしているが、双胴機である。
「こいつは、義勇軍支援部隊の言っていた、よくわからない新型か……?」
ルベル世界で戦う戦闘機搭乗員らが報告した敵の新型――おそらく爆撃機なのだろうが、武器が強いわけでもなく、よくわからないうちに撃墜できた虚仮威し。
見た目の奇怪さだけが取り柄の雑魚、などと思われている爆撃機に違いない。爆発させると意外とその範囲が大きく、機体内に爆弾を大量に搭載しているのではないかと想像されている。
「どっちがより危険かでいったら、イギリス機のほうだろう」
まず、アブロ ランカスターを始末し、返す刀で、新型を追いかけ、撃ち落とそう。長谷川はそう判断した。
足が早いわけでもなく、対空銃座の射撃もしょぼい双胴機など、いつでも狩れる――そう判断したのだが。
『全防空隊へ。敵第四波が出現!』
基地管制官の声が、無線を通しても上ずっていた。
『敵はアステール十数機を含む小型円盤群、およそ90機!』
「アステールだと!?」
あの異様に硬い大型円盤兵器であるアステールが十数機という知らせに、血の気が引いたのは長谷川だけではなかったに違いない。震電や白電局地戦闘機を操る搭乗員らが、絶望的な気分に陥っただろう。
何故ならば――
『白虎隊へ。誘導弾の残数を知らせ!』
残っているわけないだろうが!――そう怒鳴りたいのを長谷川は堪える。
転移式空対空誘導弾は、アステール撃墜に必須の装備。あれがなくては、撃墜はほぼ不可能だが、初手のアブロ ランカスターの大編隊相手に使ってしまったのだ。
それは白虎隊だけではない。各迎撃戦闘機隊も、どこも同じだろう。
「くそっ、まさかアブロ ランカスターも、あの脆い新型も、本命を通すための囮だというのか!?」
・ ・ ・
ムンドゥス帝国航空軍は、マラボゲートを破壊するため、多数の航空機を投入した。
欧州航空軍で配備していた鹵獲、生産したアブロ ランカスター爆撃機を先鋒に出し、日本軍戦闘機隊を引きつけている間に、新型突撃双胴爆撃機ストゥリディを日本軍制圧下の飛行場へ突撃させた。
それ自体が巨大な爆弾であるストゥリディの突撃は、数機の突入で飛行場を使用不能に陥れた。管制塔や格納庫はもちろん、滑走路や駐機されていた爆撃機もまた吹き飛ばした。
かくて第三航空艦隊は、マラボゲート防衛の拠点をズタズタにされ、抵抗する力を失った。
そして遅れてやってきたアステール以下、それを小型化したような円盤兵器の大群が、地上拠点を掃討、さらにマラボゲートに殺到した。
ゲート守備隊である海防戦艦改装の封鎖艦群が四個戦隊12隻が展開していたものの、対艦戦闘ならともかく、空中のアステールや円盤に三連光弾砲を当てることができず、巨大アーチ状のマラボゲートは破壊されてしまうのであった。




