第九四八話、相手は都合など考えてくれない
ムンドゥス皇帝は、地球人との戦いを楽しみにしていた。
戦いを娯楽のように感じる精神構造でなければ、他の世界に乗り込んでいきなり戦争をふっかけるようなことはしないだろう。
彼にとって、地球は、侵略する世界の一つに過ぎない。だが自ら赴いたからには、それ以外の余計なことに、注意を削がれることをとことん嫌がった。
「地球人が、ルベル世界にて我らの資源を奪い、持ち帰ろうとしている」
我らの資源――元々地球人ではあるのだが、奪ったものは自分のものと考えるムンドゥス皇帝にとっては、実に腹立たしいことであった。ルベル世界は、資源枯渇も見えてきた廃世界の一つだけに、余計にである。
「ルベル世界へのゲートを破壊せよ。コソコソとルベルを這い回る地球人の艦隊を叩き、資源を持ち出させるな」
命令は発せられた。
皇帝命令により、ルベル世界の主な戦力は、ブルムブム大陸、パーストル軍港の奪回と地球人の艦隊――義勇軍艦隊撃滅のために集結を開始した。
一方、地球に展開しているムンドゥス帝国軍もまた、アフリカ、ギニア湾のマラボゲートを破壊すべく、戦力を差し向けた。
・ ・ ・
地中海からジブラルタル海峡へ差し掛かった艦隊の存在は、日本軍の偵察部隊からの通報で、日本のみならずアメリカ、カナダ、亡命イギリス政府にも届いた。
年明けのブリテン島奪回作戦の準備を進めていたイギリス軍は、すわイギリス本土の防衛強化かと身構えた。もしそちらに艦隊が行けば、奪回作戦の成功は困難となるのだ。
だが、大西洋に出たムンドゥス帝国艦隊は、南下。北上しなかったことで、イギリスは安堵した。しかし日米は慌てることになる。
異世界帝国艦隊の目的は、マラボゲートだと見当がついたからである。異世界に展開する義勇軍艦隊、そして救出した人類を帰還させるエクソダス作戦が進行しつつあったからだ。
アメリカ海軍は、これまた年明けに計画していた南米大陸沿岸電撃作戦のための準備を進めており、大西洋艦隊も魔核技術で戦力を回復させていた。
が、この投入戦力を、ゲート防衛のために用いるかどうかで、意見が分かれ、紛糾していた。
エクソダス作戦に大西洋艦隊が投入されれば、南米東海岸の都市に上陸する陸軍と海兵隊は、特に航空支援を受けられなくなる。
マラボゲートに向かいつつある異世界帝国艦隊の規模は、大西洋艦隊を、エクソダス作戦と南米電撃作戦に分けて同時進行させることを不可能とさせていた。
陸軍と海兵隊は、上陸部隊を揚陸船舶に待機させ続けることを嫌い、南米電撃作戦実施が遅れることに断固反対した。
海軍としては、エクソダス作戦に絡んでいる故、異世界から帰還する地球人を見殺しにする選択はとりづらく、現地の脱出船団も、準備ができ次第、地球世界へ帰還したいと、延期を許容できる状況にはなかった。
そんなアメリカ軍内で意見が割れている中、日本は――
「ルベル世界から直接、転移できれば楽なのですが……」
海軍大臣の嶋田 繁太郎大将は、永野修身軍令部総長と顔を合わせて、海軍としての対応について協議していた。
「現地から地球への直接転移はできない。逆もまた然り」
ルベル世界にいる義勇軍支援部隊からの、別世界での転移実験などの結果報告が、軍令部に提出されている。
ルベル世界内であれば転移はできるが、ルベル世界から地球への転移は不可能。異世界が設置している世界間転移ゲートを用いなければ、双方の世界に行き来できない。
専門家の報告によれば、世界間を行き来できるゲートを形成するためのエネルギーが、日本軍が活用する転移ゲートでは足りないということらしい。
「マラボゲートがやられれば、ルベル世界の艦隊は孤立する」
永野の言葉に、嶋田は眉をひそめた。
「連合艦隊は、動けないんでしょうな」
「弾薬の備蓄、再編……。無人艦隊もバラして、各艦隊に配分して、調整しているところだからね。一応、本土防衛用に残してある無人艦隊があるが……」
「内地をがら空きにはできんでしょう」
嶋田はきっぱりと言った。
「今年は、異世界帝国に本土爆撃を受け、上陸されかけた。国民も神経質になっていますから。……また、奇策が必要じゃないですか」
「というと?」
「南米で、無人艦隊が、敵艦隊をシベリアに送ったあの戦法、また使えませんか?」
嶋田は、以前、神明少将が無人艦隊をテストとかこつけて出撃させた時の戦闘詳報を見ている。
「あれも工夫次第では、大規模増援は無理でも、実行できるのでは?」
要は、南下しつつある異世界帝国艦隊を、ギニア湾に近づけさせなければよいわけだ。それが叶うなら、まともに戦闘をする必要もない。
「早速、神明戦隊に出てもらうわけだ」
永野の発言に、嶋田は頷いた。彼もまた、軍令部直轄の遊撃部隊の話は知っている。海軍内の人事を預かる海軍省、そのトップの海軍大臣である。
「編成は進んでいるのですか?」
「そのはずだがね。ただ、昨日の今日だからね、些か時間が足りないのではないかな?」
永野は苦笑するのであった。
・ ・ ・
「軍はいつも無茶を仰る」
神明 龍造少将は、やってきた小沢 治三郎中将からの説明に思わず呟いた。
第一機動艦隊司令長官から、軍令部次長となった小沢は、永野総長と嶋田海軍大臣の話を聞かせにわざわざやってきた。
「ということで、また異世界人の艦隊をシベリア送りにしてやれ、というのが、要点だろうな」
「直轄遊撃部隊の最初の任務というやつですか」
神明は苦笑する。
「そういうことだ。編成の方はどれほど進んでいるんだ?」
「例の紫の艦隊――その旗艦を始末する方法を考えて、組もうとしていたところなのですが、ベランでの再現をお望みということでしたら、一からやり直しですかね」
まだ編成すらされていないのに、出撃もくそもないのである。大体、編成したら即時、作戦行動ができるわけではない。
ジブラルタルから、アフリカ大陸西岸に沿って移動する敵艦隊? 海路であればだいたい十日前後? 圧倒的に余裕がない。
一点突破。必要最低限のものに集中して、それだけに振るくらいしないと、おそらく間に合わないだろう。
幸いなのは魔技研が、ベランでのシベリア送り戦法をまたやる時に備えて、転移ゲート艦の改装をやっていることだろう。
前回は、空を飛べないゲート艦をそのまま使ったから、そのゲート艦をオシャカにしてしまい、魔技研の技術者連中から恨みを買ったものである。彼らも二度とそういうことにならないように、教訓を活かして専用の艦艇を整備している。
ただやはりというべきか、まだ実戦で使ったことがない代物だが。
「願わくば、転移ゲート戦法が通用するといいのですが……」
「不吉なことを言うな」
小沢は口元を歪めた。
「まあ、海氷島が対策されて無効化された事例もあるから、気持ちはわかるがな」