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第九四七話、永野と神明


 神明 龍造少将は、海軍軍令部に出頭していた。軍令部総長、永野 修身元帥からのご指名である。


「僕は、引退かな。後任は、海軍大臣の嶋田君になると思う」


 開口一番がそれだった。


「最近、疲れが酷くてね。どうも歳かな。お国のために奉公を続ける覚悟はあったけれど、それで他の人の仕事が進まないのは、よくないからね」


 戦争が終わるまで、責任のとれるポジションにいたかったが、と永野は呟くように言った。部下や海軍のやらかしについて、尻拭いできる立場でいようとは思ったが、それだけで留まるには、しんどくなってきたのだ。


「責任云々で、僕が今回の戦争で唯一やれたのが、開戦でのトラック沖海戦での敗戦。山本君を現場に留まらせることができたことかな」


 前連合艦隊司令長官、山本 五十六。異世界帝国との戦いで前線で戦い続けた軍神。今でこそ、常勝の指揮官という評価がされているが、開戦直後の大海戦では手痛い敗北を喫している。


 敗戦の責をとって連合艦隊司令長官をやめる覚悟だった山本を引き留めたのが、永野である。その後、山本は亡くなるまで勝ち続けたのだから、永野の果たした役割は大きい。もしここで他の連合艦隊司令長官だったなら、果たしてどうなっていたかわからない。


「これからは、嶋田君が海軍大臣と軍令部総長を兼任するだろうね。ご苦労なことだよ」


 嶋田 繁太郎大将。亡き山本と同期であり、東条内閣においての海軍大臣である。


「と、すまないね。少しお喋りだったかな。……ああ、お喋りついでに、もう一つだけ。余計な口出しだとは思うけど、神明君。君、まだ家庭を持つつもりはないのかね?」


 プライベートな話題だった。神明はいつもの調子で答えた。


「異世界人との戦争が終わるまでは、そのつもりはありません。今の私は、家庭や家族を顧みる時間がないでしょうから」

「そこなんだよね。君が人より働いているように見えるのは……」


 休みの日に家族サービスするなり、があればまた違ってみえるのだが、神明はよくも悪くも月月火水木金金なのである。


「お見合いの話とか、進んでいたりする?」

「いえ、私のような歳になりますと、紹介しようという人もいないでしょうし」


 そもそも海軍軍人で、ここまで独身を貫いている人間も珍しい。大抵、士官のうちに同期や家族からの紹介で、結婚を済ませているものだ。海軍士官ともなれば、モテるものではあるが、軍人の身内を紹介されて結ばれるというのは定番と言える。しかし佐官、そして将官になっても神明には浮いた話がまるでなかった。


「わかった。それは僕の方で探しておく」


 永野は笑みを浮かべた。少し顔色がよくなったようだった。人はやらねば、と思えることがあると、少し元気になるものだ。要するに張り合いというやつである。


「というか、もっと早くに世話しておくべきだった」


 などと永野は言うのである。こういうお節介を焼きたがるのは、この時代ではよくある話である。


「さて、世間話はこのくらいにして、君を呼んだ理由を話そう。僕の、軍令部総長として最後の命令になるのかな」


 もちろん、日頃の細かな仕事は別だ、と彼は補足した。


「軍令部直轄の遊撃部隊を指揮してもらいたい。神明戦隊、もしくは神明艦隊となるのかな。まだ仮の名称だが」

「遊撃部隊、ですか……」

「古賀長官からも聞いていると思うが、連合艦隊は大規模な再編成が行われている」


 無人艦の比率が増えたために、やむを得ず、再度の改編がされている。主力艦隊と五個機動艦隊について、その枠は変わらないものの、構成する艦については、変更が加えられる。

 これまでも耳にたこができるくらい繰り返しているが、すべては人員不足である。


「で、物資の増産も含め、連合艦隊は大規模な作戦は控える。来年3月までには、動けるようにしておきたいが……。まあ、これまでの戦況を鑑みれば、それより早い出撃を強いられる可能性は、高いと思う」


 敵は、こちらの都合通りに動いてくれないのだ。東南アジア侵攻や北米侵攻に対する出撃だったり、意図していない時期での出撃もまた、44年ではよくあった。……本当はそれがよくあっても困るのだが。


「しかし、第三部の報告では、異世界帝国は地中海に大規模な増援艦隊を送り込んできた。イギリスの本土奪回作戦や、アメリカの南米攻勢を控えている時期でもあるが、敵が大規模な艦隊を送り込んできた以上、我々も他人事では済ませられない」


 地中海から紅海、そしてインド洋に出られては、日本が相手をしなくてはならないが、先にも言った通り、連合艦隊主力は、できれば当面動かしたくない。


「そこで、連合艦隊より小回りが利く部隊、もしくは艦隊を編成し、遊撃活動をしてもらおうかな、という話になった。T艦隊の再来、というべきかもしれない」

「なるほど」


 小規模部隊による一撃離脱、奇襲戦法で敵をかく乱し、連合艦隊の再編成が終わるまで時間を稼ぐ。

 下手に規模が大きくなると、作ったそばから弾薬を消費して備蓄ができないから、少数の部隊でそうした弾薬消費を抑えようという魂胆も見え隠れしている。ややセコい手ではあるが。


「T艦隊では駄目なのですか?」

「あれは、今は機動艦隊の戦力として充てられているからね。もう少しコンパクトに願いたい」


 永野は目を細めた。


「ただ軍令部直轄だから、余裕のある無人艦をある程度、自由に使える。必要であれば、そこから引き抜いてもらっても構わない」


 その言い分だと、部隊編成の裁量がこちらにあるように聞こえるが――神明は尋ねた。


「部隊の編成はどうなっているのですか?」

「まだ何も。君が使いたい戦力を自由に決めてくれ」


 永野ははっきりと言った。


「実は小沢君と少し話したのだがね。こちらで枠を決めるより、君に決めさせた方が、遊撃部隊として、多様な作戦行動が可能になると思う。今は、どこも再編中だから、割と自由な引き抜きができる。……そこは軍令部として全力でやらせてもらう」


 なんなら、大和型戦艦を引き抜いてもいいよ、と永野は言った。


「回収艦で、51センチ砲搭載戦艦の数が増える。それは連合艦隊主力で使うから、これは引き抜きはできないけど、型落ちというわけではないが、大和型辺りのラインなら、ギリギリいけるだろう」

「大和型が必要な遊撃作戦をやらせようというのですか?」


 神明が問えば、永野は得たりと相好を崩した。


「察しがよくて助かるよ。僕が、前々から紫の艦隊を叩きたいと言っていたのは知っているね? マダガスカル島攻略なんて、話が大きくなってしまって、取り逃がしてしまったようだけど……あれを、君の遊撃部隊で潰してもらいたい」


 あとは――永野は付け加えた。


「イギリスやアメリカの作戦の支援も、日本として少しでも手伝えたら、と思っている。連合艦隊は動けないし、将兵の中には、欧米支援より内地を、という声も大きい。でも、僕らはそういう国からの助けもあって、今日まで戦えているということを忘れてはいけない。その辺りの事情もあるから、君には苦労をかけるけど」

「……」


 無理難題に近いものを押しつけられたような気分になる神明だった。

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