第九四三話、エクソダス計画
その日、日本を大地震が襲った。のちに東南海地震と呼ばれるそれが起きた1944年12月。
異世界帝国の日本上陸を阻み、内地がようやく落ち着いてきた頃に起きた惨事は、疲弊を隠せなくなりつつかった日本にとって、追い打ちをかけるようなものであった。
このまま倒れなかったのは、アメリカからの燃料、物資等のレンドリースがあったことを忘れてはならない。
戦力再編を進める日本海軍の主力は、内地に留まっている一方、ルベル世界と繋がるアフリカゲートと、その周りでの戦いは、連日続いていた。
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異世界帝国のアフリカ方面軍は、地球勢力のルベル世界進出を阻むため、ゲートの破壊を行った。
海軍戦力に乏しい現在のアフリカ方面軍は、航空戦力をもって爆撃を仕掛けた。これを迎え撃ったのは、マラボに展開する日本海軍の第三航空艦隊である。
ギニア湾、サンタ・イザベルの飛行場から飛び立った震電局地戦闘機が、転移ゲートを狙う異世界帝国オルキ重爆撃機の編隊に襲いかかる。
マ式エンジンによる高速性能は、高高度からの侵入に対しても息切れすることなく、敵機に追いすがり、自慢の三十ミリ光弾機関砲によって、軽合金の装甲を引き剥がし、破壊した。
迎撃の12.7ミリ、20ミリ旋回機銃の猛反撃が、縦横無尽に飛び回る震電を狙う。不運な震電が翼を撃ち抜かれて錐揉みし、また別の機はエンジンを穿かれ、爆散する。だが、墜落していくのは重爆撃機の方が多い。
さらなる高度からダイブして突っ込んできた震電によって、操縦席が蜂の巣になり、失速する機もあれば、爆弾倉が吹き飛び、派手に爆発四散する機もあった。
『敵編隊、反転! 逃げていきます!』
「とてもゲートまで辿り着けないと判断したのだろう。――全機、集合せよ」
迎撃隊の指揮官である長谷川少佐は、敵を追撃することなく、次の襲撃に備える。
最近はほとんどなくなっているが、かつては、複数の飛行場から重爆が波状攻撃を仕掛けてきた。一部隊にかまけていると、多方向から別隊が侵入してきたものだった。
「……さすがに、ここらで打ち止めか」
三航艦で撃墜した重爆の数は、それなりになる。日本侵攻作戦で、引き抜かれたこともあるが、三航艦自体から、敵飛行場を空爆する作戦を実施しており、敵アフリカ方面軍の反撃もまた低下しつつあった。
――ゲートをやられたら、義勇軍艦隊が孤立しちまう。
故にマラボ・ゲートの防衛は重要だ。
海上、海中は、ゲート防衛部隊が対応する一方、三航艦は、飛来する重爆撃機に対して、震電局地戦闘機ほか、高高度迎撃機を出してゲートを守る。
『白虎隊へ』
第三航空艦隊の航空管制から、長谷川ら震電隊に指示が来る。
『現在、敵航空機の反応は見られない。ただ、現在、米海軍の輸送船団が、ゲート海域に侵入している。敵の奇襲に備え、警戒を厳とせよ』
「こちら白虎、了解」
何が警戒を厳に、だ――長谷川は舌打ちを堪える。
電探に映らない敵の奇襲といったら、低高度から迫るか、遮蔽を使った航空機となろう。後者だったら、いくら警戒しても発見なぞほぼ不可能である。
もし敵が遮蔽機を繰り出してきたら、いかに高速の震電でも、どうにもならないではないか。
「そろそろ、遮蔽する敵機を見つける装置を実用化してほしいものだ」
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日本海軍の航空部隊の奮戦が続く中、米本土より輸送船団が、マラボの日本軍、そしてルベル世界で奮闘する義勇軍艦隊への補給活動を繰り返していた。
赤き海、赤き空のルベル世界へやってきた米輸送船団は、その異様な景気に驚きつつも、粛々と任務に取り組んだ。
ルベル世界一の大陸ブルムブム、その一角、パーストル軍港を橋頭堡にしている抵抗勢力ならびに義勇軍艦隊。
積み荷を輸送した輸送船は、しばしここに待機する。それは義勇軍艦隊から提案されている作戦『エクソダス』のためである。
「異世界帝国から奪回した地球人を、地球世界へ返す」
義勇軍艦隊司令長官、ウィリアム・ハルゼー中将は、パーストル軍港の司令部にて、地球側関係者らに告げた。
「いよいよ、第一次エクソダス・オペレーションを開始する! 救出した民間人およそ10万人を、地球へ送り返すぞ」
ルベル世界での義勇軍と抵抗勢力の進撃と解放。日本軍から派遣された陸戦部隊の援軍もあり、収容所の地球人の解放は、少しずつだが確実に進んでいる。
高度に自動化された、と言えば聞こえはいいが、省人化が極度に進んだルベル世界での異世界帝国戦力は、無人兵器が大半である。その硬直した思考パターンは、圧倒的に数で劣る義勇軍をしても、つけ込む隙となっていた。
「10万……。かなりの規模ですね」
船団司令のリチャード・L・コノリー少将が言った。米海軍から船団護衛を任され、ルベル世界に来たが、まだこちらには日が浅い。
ハルゼーは不敵な笑みを浮かべた。
「まだまだ、たった10万ぽっちだ。オレたちの世界からどれだけの人間が、奴らにさらわれたと思ってるんだ?」
「どれくらい何です?」
すかざずコノリーが返せば、ハルゼーは言葉に詰まった。正確な数字は、実のところ彼も知らないのだ。そもそも1940年代の地球人口の総数も知らなかったのだ。
「たくさんだ! たくさん、たくさん、たくさん!」
大勢ということだけは理解できた。そして船団が運ぶ人数についても、義勇軍艦隊が考える数からすれば、ほんの一握りに過ぎないのである。
「正直に言って、どれくらいが救えるかわからん」
ハルゼーは至極真面目な顔で言った。
「戦争が始まって三年、いや、異世界野郎が地球に攻めてきて五年くらいになるか。その間に連れ去られた奴で、クソ野郎どもによって『資源』に変えられちまったのも多い」
「資源……」
異世界帝国が、地球世界に侵略した理由。人間を魔力資源として活用するため。生命体の中で、魔力に関わる部分は人型種族が取り分け高い傾向にある。故に彼らは、他の世界を侵略し、人間種族を狩っているのだ。……自分たちも、人型種族でありながら。
「だから、オレたちは、まだ人間のままでいる奴らを、一人でも助け出して、故郷に帰してやらないといけねえ。今回の第一次エクソダス作戦は、始まりだ。第二次、第三次と、この世界に地球人がいる限り、エクソダスを続ける!」




