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第九四二話、人事の季節


 連合艦隊旗艦『出雲』。

 南極遠征、マダガスカル島攻略部隊が内地に戻り、各艦隊司令長官や参謀長を熱め、今後の方針についての説明会が開かれた。

 1944年内において、連合艦隊は現状大きな作戦もなく、戦力回復の時間に使うこととなっていた。


 説明会の後、連合艦隊司令長官、古賀峯一大将は、一部の将官を食事に誘い、『出雲』の食堂にてフルコースを振る舞った。しかし、昼食としながらも、話の内容は仕事の延長であったが。


 場に参加したのは、古賀長官の他、草鹿 龍之介連合艦隊参謀長、神重徳連合艦隊首席参謀。第一機動艦隊司令長官、小沢 治三郎中将、同艦隊参謀長、神明 龍造少将、第二機動艦隊航空部隊司令官、山口 多聞中将、同艦隊水上部隊、第二戦隊司令官、宇垣 纏中将であった。


「――艦隊の編成をいじる、ですか」


 小沢は顔をしかめた。


「つい二、三ヶ月前にも大きな艦隊編成替えがあって、ようやく慣れてきたところもあったのに、もう変えてしまうというのは、どうにも……」

「現場とはしては、困るよな」


 古賀もまた、意見はわかるという顔をした。


「自分のところに与えられた部隊を、どう活用するか。どうやってその持てる力を発揮できるようにするか。艦長にしろ、戦隊司令官にしろ、艦隊司令官にしろ、最善を尽くせるように苦心するものだ」


 だから訓練し、練度を高める。同じ戦隊の僚艦との連携を高め、砲術や航空機の運用、搭乗員なら操縦技術の向上に励む。


「艦隊を預かる立場からすると、一個戦隊が編入されたり、あるいは引き抜かれたりすると、それまでやってきた艦隊運用を一からやり直すことになります」


 穴が空けば、他で埋めるようにやらねばならないし、加われば、それとの連携もやらねばならない。一つ入れ替えただけで、周りも影響を受けてしまう。


「こういう再編した後に、大きな戦いが起きて、何隻かやられて、再編しなくちゃいけなくなる。失った分が補充されて、艦隊を維持するというのはわかるんですが、各戦隊をバラバラに分けて再構築するというのは、どうにも……」

「そうなんだがね……。ただ、そろそろ、一部将校の人事の時期と重なっているわけだ」


 古賀が言うと、草鹿が口を開いた。


「ここ最近の戦いもありまして、人事発行が遅れていると申しましょうか。……あれで戦死傷者も少なくありませんでしたから、海軍省としてもやりくりが大変なようです」

「今年はこのまま現状の配置だと思っておったよ」


 小沢は皮肉げに言えば、次の皿が来るのを待っている山口もニヤリとした。


「となると、ここにいる者は、新しい部署に割り振られると見ていいんですか?」

「まあ、ここにいない者も、だが、そのように受け取ってもらっていい」


 古賀は頷いた。


「そういう大きな人事があるから、そのついでに艦隊もいじってしまえ、ということだな。いや、厳密に言うと、人が足らんのだ」


 開戦以来、ずっと言わ続けている人手不足の問題。訓練された兵が一人前になるのにかかる年数を考えれば、消耗に対して補充が全然間にあっていない。


「故に機械化、無人化が進められているが、艦によっては同じ型だったはずなのに、有人艦、無人艦で性能や運用にばらつきが顕著だ。これは編成するのはもちろん、実際に使う現場でもやりづらくなっていると思う」

「確かに。本土防衛戦以後、勇戦した一方、損傷、戦死傷者が多く出ましたから、今後、より無人化が進む、と」

「有人艦に人を掻き集めないと使えない艦も出てくるだろう」


 古賀は嘆息した。


「足りない部署や人員のところを、自動化で改装するのなら、もう完全に無人艦にして、残った人員は、有人艦にまとめる。軍令部と海軍省も、その考えを主張している」


 それは無人艦隊構想が、戦力として数えられると判断されたからでもある。


「連合艦隊としても、現場から『人が足りない、補充を寄こせ』と言われ続けて、耳の痛い案件ではあった」

「……」


 小沢も、山口も視線を逸らした。そんな先輩や同期を横目で見て、宇垣は黙々と食事を進めている。


「それで――」


 少々バツの悪そうな顔になりながら、小沢は尋ねた。


「私はどこへ行かされそうですか?」

「内地。おそらく軍令部だよ」


 正式な辞令はまだだが、と古賀は釘を刺しつつ言った。


「伊藤君の後任だろう」

「軍令部次長、ですか……。いまさら内地といわれても」


 何とも言えない表情を浮かべる小沢である。


「まあ、そう言わずに。永野総長が最近お疲れの様子でね。海軍の今後を考えれば、前線を知り、経験豊富な小沢君に舵取りをしてもらう方がいいと思う」


 古賀は腕を組んだ。


「僕なんぞは、山本 五十六前長官のような将来を思い描くのは得意ではない。小沢君は戦前に、空母集団運用の意見書を提出するくらい洞察力と発想力もあるから、そっちの方で助けてくれると、こちらとしても楽になる」

「私に連合艦隊を動かせ、と?」

「現場の指揮は、連合艦隊司令長官である僕が、責任を持ってやらせてもらう。ただ、先にも言った通り、無人艦の運用は今後より重要度を増すが、無人艦隊については連合艦隊ではなく、軍令部が握っているからね」

「なるほど、わかりました」


 小沢はどこか企んでいるような表情となった。先ほどよりは前向きに受け取っているようだった。


「あ、俺も聞いていいですか?」


 山口が手を挙げた。ついでにステーキのおかわりを催促する。


「君には、新設される第五航空艦隊司令長官のポストがあてられそうだ」

「基地航空隊ですか」


 空母機動部隊ではないのか、とどこか不満げな山口だが、古賀は言った。


「空地分離で、空母と航空隊は別に切り離されて久しい。空母に乗らないだけで、やることは今の航空部隊司令官と変わらない」

「……それもそうですね」


 あっさりと山口は引き下がる。そして同期の宇垣を見る。


「貴様も聞いておくか?」

「俺は、正式な辞令が届いたらでいい」


 まったく動じた様子もない宇垣である。ただ今の大和型戦艦で構成される第二戦隊司令官はお気に入りであったりする。


「それよりも、個人的には神明の人事の方が気になる」


 宇垣が視線を向ければ、山口、そして小沢もまた先ほどから黙している神明を見た。古賀は首をわずかにかたむける。


「君の人事については、まあ色々なところから引っ張りだこのようだがね。正直、こちらで決められるのなら連合艦隊に欲しいところではあるが……。うーん」

「どうしたんです?」


 要領を得ない古賀に、皆が不思議な顔になる。


「ちょっと、いや、かなり変なことになりそうな気がする。確定したわけでないし、僕も詳細を知っているわけではないが……神明君、ちょっと覚悟しておいたほうがいいかもしれない」

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