第九四一話、マダガスカル島攻略作戦の終了とこれから
陣風戦闘攻撃機による首都アンタナナリボ地下のアヴラタワーの破壊に成功した。
首都に迫っていた日本軍は、異世界帝国の守備隊が急激に弱体化したのを確認。大攻勢に打って出た。
異世界人は、長時間の抵抗能力を失い、戦闘能力が大幅に低下。士気も喪失し、日本軍の猛攻に耐えることができなかった。
アンタナナリボは、それまでの抵抗が嘘のように脆くも陥落。マダガスカル島は日本軍に制圧された。
これにより小沢機動部隊は内地に帰投。代わりにセイロン島から第七艦隊が進出。引き続き作戦行動に移る海氷飛行場『日高見』を護衛しつつ、マダガスカル島も含めたインド洋の制海権確保を行う。
その日高見だが、第一航空艦隊は、補充と再編のために離れ、第二航空艦隊が進出し、アフリカ大陸に点在する異世界帝国軍の航空拠点に対する爆撃を行う。この攻撃は、マダガスカル島の制空権確保の一環であり、ケープタウン攻略作戦の布石となる予定である。
ところ変わって、日本、海軍軍令部。
「――マダガスカル島を攻略、これを陥落せしめたことは、対外的には勝利と言える。しかし、肝心の目標であった紫の艦隊については、撃滅ならず」
伊藤 整一軍令部次長は報告書から目を離した。
「賢い敵は、こちらの奇襲に対して万全の態勢を整えており、転移によって離脱した。ただ、直後に反撃してこなかったところからして、まだしばし戦線復帰できる状態ではないようではあるのだが……」
「……」
永野 修身軍令部総長は、腕を組み、目を閉じている。まるで居眠りをしているようにも見える。伊藤は視線を戻した。
「大野部長。紫の艦隊の行方について第三部から報告を」
「はい」
大野 竹二第三部長が立ち上がった。
「各方面での偵察活動により、紫の艦隊は、現在、地中海にて存在が確認されました。その旗艦級戦艦は修理作業を行っており、航空写真で見たところ、ただいま主砲の交換作業中の模様です」
「破損した砲の交換……あるいは新型砲への換装か」
中澤祐第一部長が、提出された航空写真をしげしげと見やる。憮然とした表情で、第二部長の黒島 亀人少将が口を開いた。
「砲の交換をしている今は、確実に戦闘には出てこないということでしょう。なら、今のうちに叩くべきではありませんか? 永野総長もそれを望んでいるはずです」
マダガスカル島攻略はついで、本来は紫の艦隊――紫星艦隊を沈めるのが目的であった。なお、その永野は、やはり黙したままである。
中澤は口をへの字に曲げた。
「しかし、相手は地中海なのだろう? 以前、T艦隊が乗り込んだ時とは、また状況が変わっている」
ちら、と情報担当の第三部、大野を見れば、彼は頷いた。
「地中海ゲートから、異世界帝国は増援を寄越しました。またも大規模な艦隊を送り込んできた上に、多数の船団が地中海の各軍港に入港し、それらの防衛力強化を図っております」
「彼らは、地中海全体を自分たちの庭にするつもりなのだろう」
忌々しいばかりだ、と中澤は苛立ちを露わにする。黒島は言った。
「また、ジブラルタルを封鎖しますか?」
「異世界氷に代わる新しい素材で壁が作れるというのならな」
かつてジブラルタル海峡を封鎖し、海氷島と改めた巨大氷塊は、紫の艦隊によって破られた。
異世界氷を無効化する装備を有する艦艇が突っ込めば、氷はあっという間に解氷してしまい、前回のような海峡封鎖はすでに不可能と言ってよかった。
「やがて、彼らは大西洋、もしくはインド洋に出てくるだろう」
地中海から紅海、そしてインド洋に進出してくれば、日本軍にとっても他人事では済まない。防衛対策の整備は急務と言える。
伊藤は咳払いした。
「そんな状況ではあるが、イギリスとアメリカは、すでに次の作戦のため、行動を開始している」
「ブリテン奪回作戦と、南米攻略作戦、ですな」
黒島は皮肉げな顔になる。イギリス、ドイツ、そしてアメリカの連合艦隊が、グレートブリテン島ならびにアイルランド島への上陸、奪回作戦を行う。
なおアメリカはその一方で、南米東海岸上の敵拠点に対する同時上陸作戦を実施する。昨年から、アメリカも魔核を解析し、その技術を利用した艦艇早期修理と建造法を確立し、バミューダ沖海戦以後の戦力回復が進んでいた。
「南米は、まあ海岸近くの軍港を押さえ、内陸の敵を封鎖しようというのはわかりますが、イギリス本土奪回の方は、どうなんでしょうか」
敵の欧州守備艦隊がいて、これを撃滅し、突破。そののち上陸作戦を展開するのだろうが……。
「イギリスは、我々がセイロン島や大陸でやったアヴラタワーを叩いての攻略作戦を参考に、本土奪回を行うようだ」
伊藤は小さく首を振った。
「今回のマダガスカル島攻略作戦の成功を見て、あちらも自信を持って作戦を進めるそうだ」
仮に、日本軍がマダガスカル島が制圧できなかったら、英軍も本土奪回作戦実行に、二の足を踏んでいた可能性もあった。英国人にとっても、よい前例を作ってしまったわけだ。
「しかし、我々の時と違い、イギリス奪還阻止のため、奴らは地中海から艦隊を送り出してくる可能性は高くありませんか?」
黒島は指摘した。
「そうなった場合、英米独の艦隊で、どうにかなるものでしょうか?」
「どうにかしてもらいたいところではある」
伊藤はどこか疲れた表情を見せた。
「もし、彼らが我々日本に援軍要請をしてきたら……今後こそ連合艦隊から文句がきそうである」
「国民も納得しないでしょう」
黒島はきっぱり言った。
「我が本土が攻撃された時、各国は援軍を出してくれなかった云々」
「それは彼らが援軍を寄越す前に、こちらが迅速に撃退したからでもある」
中澤は言えば、黒島は首をわずかに傾けた。
「ええ、存じております。連合艦隊、見事なり――しかし、諸外国の援軍の動きがあったことを国民も、連合艦隊も知らない」
知っていたのは、せいぜい海軍省と軍令部くらいが。
「連合艦隊の話は出たから言うが、こちらの編成についても、一度大きく見直しが必要だと考える」
伊藤は深刻ぶる。
「先の日本本土防衛、南極遠征で、またも海軍将兵の命が失われた。沈没した艦艇は、あれから回収隊がサルベージし、再生すれば戦力化できるだろう」
「人員不足解消のための無人化の技術は、格段に進歩しつつあります」
黒島が答えた。伊藤は「そこだ」と言う。
「有人艦と完全無人艦が、入り組んだ編成になるのは指揮の複雑化を招き、運用に支障が出る恐れがある。大胆な編成変更を行う必要があると私は考える」
戦時中とはいえ、こうも艦隊編成が変わるのは少々異常である。隊ナンバーがコロコロ変わるのも、現場にとっては迷惑な話ではあるが、それもやむなしである。
「もちろん、現場である連合艦隊の考えも重要であるが、無人艦隊が軍令部側にある以上、双方の協議を進めていかないといけない」
勝ち続けているとはいえ、このまま戦い続けては、連合艦隊はいずれ人間がいなくなってしまうのではないか――そんな不安を抱く伊藤であった。