第九四〇話、急に激しく吹く風
マダガスカル島首都を目指しての飛行。陣風改戦闘攻撃機は、マ式ジェットエンジンを噴かして、飛び抜ける。
「このまま真っ直ぐ行けば、アンタナ……ナリボだよ」
「どうした、妙子?」
陣風を操縦する須賀 義二郎大尉はわずかに首を傾けた。本来、単座の陣風だが、誘導兵器の搭載と運用を行う戦闘機として、複座型が作られている。
――いまさら、この加速がキツイというまいな?
後座の正木 妙子中尉は航路図を睨む
「慣れない言葉って噛みそうにならない?」
「海外の地名あるあるだな」
須賀は苦笑した。
「きっと外国人も、日本の地名は発音しづらいって言うんだろうぜ」
眼下に、日本軍の車両が見え、それをあっという間に飛び抜ける。陣風は遮蔽に隠れて飛んでいるので、友軍でさえ認識されていない。
こちらは単独である。遮蔽のメリットを最大限に活かす。敵機に妨害されたくないので、消えたまま、味方にも存在を秘匿する。
首都の間近まで上陸部隊は進軍しているが、そこで異世界帝国軍守備隊に阻まれていた。膠着すれば不利ということで、それを打開するため、須賀たちは飛んでいる。
「正面に都市――」
須賀は報告するが、同時に違和感を抱く。何やら太陽光に反射してピカピか光っているような。
「異世界人が町を作り替えたって聞いているけれど……」
妙子の声に、須賀も正面を注視する。敵はマダガスカル島を本格的な大規模拠点に作り替えつつある。手抜きで評判の後方拠点ではなく、前線拠点なのだ。
「!?」
バンと何かが衝突したような音がした。須賀は一気に血の気が引いた。
「何か当たった!?」
「バードストライク! たぶん!」
「鳥だと!」
確かに視界を数羽の鳥が一瞬よぎったのが見えた須賀である。ほんの一緒、躱そうと思って躱せるものでもない。
機体が震動している。一瞬エンジンのトラブルを疑ったが、すぐに手の中の操縦桿が大人しくなった。
「被害報告」
「発動機、異常なし」
妙子がチェックする。
「転移爆撃装置、異常なし。マ式探知機、異常なし。遮蔽装置……あれ?」
「どうした?」
「遮蔽装置が切れてる! スイッチは入っているはずなんだけど、スイッチ側の故障?」
「こっちからじゃわからん! だが、もし切れているなら、まずいぞ」
単独でほぼ敵地に入り込んでいるところで、遮蔽装置が使えないとなれば、レーダーに捕捉されるばかりか、目視でも発見されてしまう。
「戻る?」
「ここまで来て、戻れるか!」
目の前にアンタナナリボの市街がある。見慣れない銀ピカなビル群が立ち並び異質な都市。異世界人によって改造されたマダガスカル島首都に差し掛かる。
「義二郎さん、敵直掩機が、こちらへの迎撃コースをとってる! 完全に遮蔽が働いていない!」
マ式電探を見つめる妙子が報告した。須賀もそちらへ視線をやる。点のような航空機が三機、高速で向かってくる。
「さっさと終わらせよう。妙子、地下アヴラタワーの位置は?」
「左に約一キロ。お椀型の建物、その地下!」
「あれか」
数秒で、銀に輝く巨大建物が流れていく。一度通過し、ターン。
「攻撃位置につく」
「敵機、エントマⅡ三機、左側面から急接近!」
「後ろに回り込もうとするはずだ。目標を優先! 行くぞ」
陣風は正面に目標を捉えると、そこで上昇して高度を稼ぐ。地下目標へ攻撃する都合上、今ではほとんど絶滅種である急降下爆撃――そこまでいかないにしろ、下方に向かって位置を調整する必要があった。
「エントマⅡ、上昇――」
敵高速戦闘機もまたマ式エンジン。レシプロ機のそれとは異なる上昇性能を持つ。対地攻撃のために速度にも気をつけている陣風と違い、敵機はフルスロットルである。
須賀は機首を下げて、降下に移る。敵機が発砲したが明後日の方向に飛んでいる。陣風を追尾すべく、エントマⅡも下降する。そのわずかな間は、攻撃も飛んでこない。
「妙子――」
「マ式誘導は念でやるわ。照準器は使わない。撃ったら回避していいからね! その代わり――」
「敵機は俺が何とかする」
マ式電探でのサポートはなし。純粋な戦闘機乗りとして腕だけで、敵機を凌がなくてはならない。
「転移爆撃装置、起動。用意――撃て!」
爆撃装置経由で、四式転移誘導弾が発射される。瞑想するように目を伏せて、誘導弾をコントロールする妙子。須賀は操縦桿を倒して、爆撃コースをはずれつつ、銀ピカビル群へ陣風を突っ込ませる。その高い隙間に機体を傾けて、すり抜ける。
地上で鳴り響いているサイレンが、エンジン音の壁の向こうから聞こえた。今さら空襲警報か。
そして一瞬、振り返れば、ビルの一つで爆発が起き、衝突したらしいエントマⅡが四散した。
追っ手が二機に減る。
その時、転移距離を修正した四式転移誘導弾が、地下に建てられたアヴラタワーに直撃し、爆散した。
生命維持を広範囲に行き渡らせるために使われたエネルギーが誘爆し、火山の噴火のごとく地上の建物吹き飛ばした。
「あんなに派手に吹っ飛ぶものだったか……?」
「目標、破壊」
「了解!」
一瞬見えた爆発から逃れるように、須賀はフルスロットルで陣風を飛ばす。マ式ジェットの加速は、高速戦闘機であるエントマⅡすら引き離す。時速880キロを超えて光のように突き進む。
「前方に敵無人機の反応、5!」
妙子がマ式電探のスコープを見やり告げた。誘導を終えて、本来の役目に戻ったのだ。
「見えた、蹴散らす!」
地上から射出されたばかりのスクリキ無人戦闘機が、横一列に飛んでいる。陣風は20ミリ光弾機銃六丁を嵐のように叩き込み、射線上のスクリキを刹那の間に蜂の巣にして墜落させた。ひと呼吸でも遅れていたら、陣風と激突していたかもしれない。
一度すれ違ってしまえば、鈍足なスクリキでは陣風に追いつけない。だから須賀は、戦闘に固執せず、離脱を選択した。
遮蔽装置が切れている今、留まる意味がなかった。集まるのは敵ばかりだから。