第九三八話、アングイラ
地中海、マルタ島近海に、マダガスカル島から転移した紫星艦隊の姿があった。
相変わらず巨大浮きドック船にあって、修理作業が進められたまま、本格稼働にはほど遠い。しかし魔核による損傷回復とドック船からの魔力供給により、順調に進んでいると言えた。
「ほう、アングイラを投入したのか」
紫星艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は、首席参謀のフィネーフィカ・スイィ大佐に向き直った。
「はい、閣下。先日、この世界に着任された親衛艦隊長官のササ大将の指示だそうです」
「……今、マダガスカルの近くに我が軍の艦艇はいないからな」
紫星艦隊の撤退と同時に、複数の港に分散配置されていた輸送船やその他補助船舶、護衛艦なども転移ゲートで撤収した。
なお現地守備隊は、上陸部隊に抵抗を継続するが、日本軍への出血を強要し、最後は離脱することになっていた。
「アングイラか……」
それは、とある世界の巨大な生物である。蛇、というよりウナギに似たような姿をしているが、極めて凶暴。鋼鉄の艦艇すら体当たりで沈めてしまうという化け物である。
全長は150メートル以上で、最大250メートルに達するものも確認されている。その世界では、この巨大な生き物を制御、海の兵器として利用していたが、ムンドゥス帝国によって支配されると、これら生物兵器は鹵獲された。
ただ、帝国軍が兵器として運用できるようになったのは、つい最近であり、実戦テストとばかりに地球世界に持ち込まれたのであった。
「あの生き物の外皮は相当厚いようです」
スイィは資料に目を落とした。
「さらに、あの生物自体が、魔法的防御シールドをまとっているとか……。無敵の海洋兵器、と」
「世の中、そうそうに無敵なものなど存在しない」
テシスは深々とシートに体を沈めた。
「私は、アングイラで、マダガスカル島を攻撃する日本海軍に勝てるとは思っていない」
「そうなのですか?」
「この艦、『ギガーコス』を損傷させた武器――」
目標の内部に爆弾を転移させて爆発させる。外側がいかに堅牢であろうとも、内臓までがそうではない。
「あれを使えば、日本海軍もアングイラを仕留めることができるだろう。……当てられれば、だが、まあ当ててくるだろう」
しっかり準備し、アングイラに対する準備をすれば、彼らはあの海の魔物を撃破するに違いない。
「あの化け物は、体当たりしかできない。細かな転移が可能な日本海軍が相手では、せいぜい数隻沈められれば、御の字というところだな」
「ずいぶん、少なく見積もられるのですね」
「世の中、そう都合よくはできていないということだ」
一個艦隊くらい、悠々と撃滅できる――そう思っている者も多いようだが、テシスはそこまで楽観していない。
そこへ、ジョグ・ネオン参謀長がやってきた。
「閣下、皇帝陛下と親衛艦隊本隊が、間もなくクレタ・ゲートに到着致します」
「いよいよ、こちらの世界に来られたか」
この世界人らは、ムンドゥス帝国の主要艦隊をことごとく撃破したことで、少しばかり安堵していたかもしれない。
だがそれも終わりである。皇帝自ら、この世界の攻略に乗り出したのだ。彼らの終わりは近い。
・ ・ ・
敵性不明物体は、一度は姿を消したものの、確実に小沢機動部隊を目指していた。
その手前にて、機動部隊側の要請を受けた攻略部隊所属の無人艦――ル型巡洋艦『青45』『青46』『青47』が展開し、囮役を引き受けていた。
機動部隊の神明 龍造参謀長は、敵生物は攻撃の時は洋上に出てくると予想した。
そして、それは現実のものとなった。
ただし、皆が思っていたのと違う形で。
「青46号艦、吹っ飛ばされました!」
海中から急浮上しての艦艇への体当たり。一応、防御障壁を展開はしていたものの、それを無効化しての突進攻撃により、跳ね飛ばされるル型巡洋艦。空中で艦体が二つに裂けて、海上に落下、水しぶきが上がる。
残る二隻、『青45』『青47』は、それぞれ別方向へ転舵した。アングイラは、向かって右の『青47』に針路を定め――
「捉まえた! 四式っ、撃てーっ!!」
待機していた檜木大尉率いる流星改二艦上攻撃機の小隊が、目標後方から接近、必殺の転移誘導弾を発射した。
深くに潜られると狙えないが、一部でも海上に出ているなら追尾できる。マ式誘導照準器を覗き込みながら、檜木はほくそ笑む。
「いいぞ、そのまま真っ直ぐ!」
アングイラは、正面の『青47』に狙いを定めて突進していることも、檜木の誘導を助けた。動き回らない相手なら、如何に速かろうと。
「行けっ!」
転移誘導弾は、巨大生物の中に吸い込まれ、そして内部から爆発した。鋼のように堅牢な外皮が、内側からの爆発によって引きちぎられ、バラバラの肉塊となって吹き飛んだのだ。
「やったぜ! 化け物撃破っ!」
檜木は声を上げ、操縦士の山田も歓声を上げた。
・ ・ ・
不明生物を撃破。その報告は、機動部隊旗艦『武尊』にも届いた。
司令長官の小沢 治三郎中将は、ホッと息をつく。
「撃破できたか。これで、攻略部隊も、上陸部隊支援に戻れるな」
マダガスカル島近海の制海権確保に前進である。あの化け物がいて、それを退治できないままでは、艦隊は近づけなかった。
「転移誘導弾なら、仕留められるとわかったのも収穫だな」
「そうですね」
神明 龍造参謀長は、山野井情報参謀が持ってきた通信メモを見ながら、眉をひそめていた。
「どうした?」
「いえ、敵はバラバラに四散したとありますが……」
攻撃隊の指揮官はよほどやっつけて嬉しかったようだが、それとは別に神明は気になる。
「外からの攻撃でビクともしない敵が内側で爆発があったからと、バラバラになってしまうものか、疑問に思ったので」
撃破しても、特にダメージを受けた様子もなく、プカリと浮かんで絶命すると思っていたのだ。
「体内の何かが誘爆したのかな、と」
調べようにもバラバラに四散では、難しいだろうが。
ともあれ、危険は取り除かれたのであった。