第九三六話、未確認生物
タマタヴ沖に展開する日本海軍、マダガスカル島攻略部隊は、海上にあって地上部隊支援と、揚陸艦部隊護衛を担っていた。
旗艦である戦艦『薩摩』で、第九艦隊司令長官、土岐 仁一中将は、もたらされた報告に耳を疑った。
「正体不明の高速移動物体?」
「はい、海面近くを、四十から五十ノットの高速で移動しているとのことです」
渡会情報参謀は、眉をひそめつつ告げる。
「警戒機からの報告では、通常の潜水艦以上の大きな物体が水面下を航行しているとのことです。魚雷の類いではありませんが、とにかく、この大きさとしては異例です」
「敵の新型潜水艦か、潜水艦ではなく新兵器か」
わからんな、と土岐は唸る。
「わかっているのは、味方ではないことくらいか。冗談じゃないよ、まったく」
「如何いたしますか?」
「戦闘海域だ。味方でないなら、敵でしょ。撃退、もしくは撃沈」
土岐は視線を海上に向けた。
「揚陸艦部隊に被害が出たら、まずいわけだ……」
得体の知れないものを投入されて、土岐は嫌な顔になる。正体や性能がわかった上で対処するならともかく、初見で当たるなんて冗談ではなかった。
無人駆逐艦、第二小隊の四隻が、接近する不明物体の針路を遮るように横切る。異世界帝国のエリヤ級を無人艦仕様に改装したそれは、12.7センチ単装高角砲三門を、不明物体のほうに向け、さらに対潜魚雷を発射した。
海中を疾走する魚雷は、マ式誘導にて目標へ導かれる。これらは無人指揮艦である『大雪』もしくは『姫神』からコントロールされていた。
が、もしこれが無人駆逐艦でなく、有人艦艇だったら、正体不明物体が、まったくスクリュー音を発していないことに気づいただろう。
ともあれ、対潜魚雷と不明物体の距離はみるみる近づき、正面からぶつかった。
爆発、噴き上げられる水柱が連続する。障壁がなく、潜水艦であるなら撃沈確実のそれだが――
「目標、健在!」
魚雷では沈まなかった。不明物体は高速で突き進みながら海面にその姿の一部を現す。
「鯨……? いや鮫……?」
上空警戒の『千歳』航空隊の瑞雲搭乗員はそれに声を失った。どこの世界に、潜水艦を超える巨体を持つ海中生物がいるというのか。……異世界にはいるかもしれないが。
「正体不明物体は、生物の模様! 駆逐艦に――」
高速で突進する不明物体。海上に一部が出たこともあって、無人駆逐艦は主砲である12.7センチ単装高角砲を発砲した。その砲弾は対魚雷防御も可能な一式障壁弾。直撃、あるいは至近に着弾したそれが光の壁を形成するが……。
「止まらない!?」
光の壁をすり抜け、不明物体は突き進んだ。そして無人駆逐艦の列に突っ込み、直撃を受けた一隻のエリヤ級無人駆逐艦を真っ二つに引き裂き、破壊した。
こうなっては、無人駆逐艦第二小隊は、一方的に蹂躙されるだけであった。何せ攻撃が効かない。防御障壁を張ってもすり抜けるように通過して、体当たりしてくる。
指揮艦である『姫神』から、第二小隊全滅の報せは、旗艦『薩摩』に届く。
「こちらの攻撃が通らず、向こうの攻撃が通るとか、戦いにもならん」
丸眼鏡を吊り上げ、土岐は心底うんざりした顔をした。
「攻略部隊、全艦に転移による離脱行動。転移巡洋艦にもそのように伝えろ」
「長官!」
参謀長の天草 豪太郎少将が大きな声を発した。
「艦隊が転移してしまうと、上陸部隊が孤立してしまいますが!?」
「仕方ないでしょうが。こっちが一方的に狩られるだけなら、留まっても全滅だ。そうしたら結局、損害だけだして上陸部隊が孤立してしまう」
技術畑だけあって、土岐は思考と計算は早かった。
「せめて攻撃が通るなら、何隻かを引き換えに踏ん張ってもいいんだが。……おい、渡会少佐、小沢さんの司令部へ行って神明にこの件を伝えてこい」
「はっ、はい! 伝えるだけでいいんですか? 何か対策を聞いてくるとかは……?」
「神明だってそんな便利なものじゃないでしょ。まあ、僕らが引けば、大西さんのとこか、小沢さんの艦隊の方へ、この不明物体が向かうかもしれんからな。こういうのは、早いほうがいい」
「わかりました!」
渡会は首肯すると、転移室へと急いだ。土岐は表情を歪めた。
「僕だってね、こんなにあっさり撤退なんぞしたくないんだ。後で何を言われるかわかったものじゃないからね……」
・ ・ ・
攻略部隊は、一時退避を余儀なくされた。
第九艦隊司令部から、小沢機動部隊の旗艦『武尊』へきた渡会情報参謀は、正体不明の敵性生物について、少ないながらも情報を持ってきた。
司令長官である小沢 治三郎中将の眉間にしわが寄ったのは、ある種当然であった。
「海の魔物とでもいうのか。しかも攻撃が通用せんというのは」
「この世界の生き物ではないと思われますが……」
渡会の言葉に、神明 龍造参謀長は、そうだろうな、とそっけなかった。
「敵も厄介なものを置いていったものだ。なるほどな、連中が艦隊で反撃してこなかったのは、この化け物のせいか」
小沢は天井を睨んだ。その敵性生物は、敵味方の識別がおそらくできないのだろうと、小沢は推測した。航行する艦船なら無差別で襲うから、自軍の艦隊を出したらやられる……そういうことなのだろう。
「攻略部隊は一時後退したが、上陸部隊のこともある。化け物を退治しないと、マダガスカル島攻略は、著しく困難となろう。……神明、魔技研には、こういう化け物に対処できる武器はないのか?」
「水中用の新型魚雷を開発しているという話はあります」
神明は答えた。
「間もなく、実戦配備も近いらしいですが、あいにくと手持ちにありません」
「また、九頭島から試作型をかっぱらってくるか?」
「いえ、とりあえず、こちらから空爆を仕掛けてみましょう」
神明は少し考えて、付け加えた。
「敵が水上にいるところに、四式転移誘導弾を使用します。装甲が厚いなら、内側に送り込み、効果のほどを確かめてみましょう」
それでも倒せなければ、残念ながら艦隊はマダガスカル島から撤退しなければいけなくなる。
小沢は頷いた。
「ようし、やってみるか。航空参謀! 化け物退治用に特殊攻撃隊を編成! 流星艦攻を一個中隊ほどでよい。四式を積ませて待機!」