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第九三三話、マダガスカル要塞


 ムンドゥス帝国の制圧下におけるマダガスカル島は、要塞化が進められていた。

 当初は、インド洋の後方拠点の一つに過ぎなかったが、日本海軍が進出し、セイロン島を奪回されて以降は、前線拠点としての役割を求められるようになった。


 それに伴い、軍港施設の増強、飛行場の拡張、沿岸砲台陣地。地下式のアヴラタワーの建造など、地球側軍勢が侵攻してきた場合、難攻不落となるよう強化が進められていた。


「……まあ、結局のところ、間に合わなかったわけだがね」


 紫星艦隊司令長官、ヴォルク・テシス大将は、臨時旗艦『アルパガスⅡ』にいて、浮きドックにて修理を受けている戦艦『ギガーコス』を眺めていた。


 タマタヴ軍港には、他にも紫星艦隊艦艇があり、修理や補給、整備を受けていた。

 ジョグ・ネオン参謀長は、司令長官の隣に立ち、口を開いた。


「マダガスカルは巨大な島でありますから。島全体の要塞化も簡単ではありますまい」

「簡単ではない」


 テシスは皮肉げな笑みを浮かべた。


「だが不可能ではない」

「はい。ムンドゥスの科学力をもってすれば」


 ネオンは考え深げな顔つきになる。


「当初から、マダガスカルを地球征服軍が重点拠点と定めていれば、今年の半ばには完成していたかもしれません。しかし現実には――」

「遅かったわけだ」


 海中魚雷発射塔を島の周辺海域に設置し、クモの巣警戒網と呼ばれる防御線の配置は完了したが、地上における要塞建造は、不充分であった。


「このまま日本軍が、セイロン島で睨み合いをしてくれていれば、あるいはインド洋の防波堤としてマダガスカル要塞が完成していたかもしれないが……。中々上手くいかないものだ」


 日本海軍が、マダガスカル島に探りを入れにきていることは、同島守備隊はもちろん、紫星艦隊司令部も把握している。

 さらにスパイダーネストについても、ある程度の見当をつけられた形跡が見られる。最近の彼らの活動量を見れば、近々、日本海軍がマダガスカル島へ攻めてくると考えて、間違いないだろう。


「情報部からは、日本海軍が何らかの作戦行動に艦隊を動かすのを掴んでおります。ただ通信量から予想される規模は、それほど大掛かりではないと見ているようですが」

「ティポタへの増援、あるいはルベル世界への増援であり、マダガスカル島を本格攻撃するには少なすぎる……彼らはそう言いたいようだが」


 テシスは思案する。


「こちらはアヴラタワーという弱点がある。そこを狙えば、通常よりも少ない兵力での攻撃だってあり得る。情報部は、想像力が足りない」

「というより、過去の事例に対する分析が足りない、と」


 ネオンは言った。


「まあ、彼らはマダガスカル島には地下式アヴラタワーがあるから、日本軍の奇襲上陸にも、現有兵力で対応できると考えておるのでしょう」


 少なくとも、奇襲でタワーが全滅し、防衛力が低下。そのまま掃討されることはない、と情報部は判断しているのだ。

 しかしテシスは、表情を曇らせた。


「それがいけないのだ。情報部の判断は、自軍の都合で物を見ている。対策できているから攻撃はしてこないは、希望的観測だ。日本軍がそれを知らなければ、過去の戦訓にのっとり、比較的少数で電撃的攻撃に出ることもあるだろうに」

「それで、事があれば即時転移退避できる態勢を整えているわけですな」


 ネオンは改めて、軍港と、浮きドック群を眺めた。


「日本軍が現れた時、真っ先に狙われるのは、我が艦隊ということで」

「彼らは、私の艦隊を目の敵にしているからね」


 テシスは凄みのある笑みを浮かべる。


「そう振る舞ってきたという自負はあるし、事実、何度か優先的に狙われている。我々がここにいることも、彼らはお見通しだ。狙わない理由はない」

「はい」

「実に光栄なことだ。宿敵から目の敵にされるのは悪くはない」

「宿敵、ですか……」


 意外な言葉に、ネオンは頬を緩める。常勝の将軍にして、ムンドゥス最高の提督とも言われるヴォルク・テシスともあろう男にしては、意外そのものであった。


「あなたにも宿敵などという概念があったのですな」

「楽しくはある」


 テシスは遠くを見る目にあった。


「自分が神ではないのだと教えてくれる存在がいるというのは、幸運なことだ。自分が愚か者にならないためには、外部からの新鮮な刺激が必要なのだ」


 無意識に対応できてしまえるのは、一つの習熟ではあるが、それは思考をしていないことにもなる。それが続くと考える力は衰える。絶えず新しいアイデアを出し続けるためには、それをさせるだけの敵がいることが望ましい。


 兵器の進化が、まさにそれだ。戦時中における敵を上回る兵器、戦術などの開発は、それの対策、それを上回るものの開発へと繋がる。イタチごっことも言われるが、それは競う相手がいればこそなのである。


「それはそれとして――」


 テシスは話題を切り替えた。


「マダガスカル島は放棄される。ただし、タダではくれてやらん」

「はい。日本人にも相応の代価を払ってもらわなければ」


 ネオンは首肯した。

 作りかけの要塞島の攻略に、弾薬と人員、物資を消費してもらわなくてはならない。ここまでマダガスカル島の防衛力強化に投じられた資金や物資のもとは取るくらい、日本軍には出血を強いる。


「次はヨーロッパだな。こことは違い、今の季節は寒そうだ

「ここよりは寒いでしょうな」


 皮肉るネオンである。その時、司令塔のオペレーター席がにわかに騒がしくなった。


『対空レーダーに、光点多数出現! 本艦隊周辺!』

「転移」


 テシスは指を振った。


「復唱の必要なし。転移ゲート展開、即時転移だ。急げ!」


 光点が何か、正確な数、位置の情報すらテシスには必要がなかった。日本軍は、得意の奇襲攻撃隊を投じてきたのだ。そしてそれが自分の紫星艦隊であると確信している以上、敵の正体を確かめる時間もいらなかった。


 定められていた予定の通りにクルーたちは行動し、『アルパガスⅡ』は魔法陣型転移ゲートを発動。タマタヴ軍港海上の浮きドック群を含めた紫星艦隊全艦を、欧州へと転移させたのだった。


 艦隊が一瞬のうちに消え、あと数秒のところに迫っていた多数の大型誘導弾は、目標を見失い、タマタヴの海にむなしく突っ込んだ。

 水柱が上がったそこには、当然、標的である紫星艦隊は存在しなかったのである。

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