第九二九話、海に潜んでいるモノ
日本海軍第七艦隊の潜水部隊によるマダガスカル島周辺海域の索敵は、一筋縄にはいかなかった。
まず、消息不明になった艦艇と同じルートを通り、敵の攻撃を察知、しかし回避不能と見た場合、即時転移退避を行うことになった。
回避優先の結果、索敵に突入した潜水駆逐艦『初桜』は、敵誘導魚雷を感知した段階で転移。無事に味方に合流することができた。
回避は成功。しかし、何が魚雷を撃ってきたのかわからなかった。敵の潜水艦と思われるものの、マ式ソナーで確認できず、日本海軍はその正体を掴もうと再度、偵察を送る。
潜水駆逐艦『葵』、『菱』が侵入進路を変えて、マダガスカル島に近づいたが、やはり敵艦を察知する前に魚雷が向かってきて、退避を強いられた。
「敵は、我が軍の探知圏外でこちらを掴み、攻撃してくる」
異世界帝国側は、水中での長距離索敵において新型を投入してきたのではないか?
「いや、水中で使える遮蔽ではないか?」
海中で敵が遮蔽を使っていて、実は言うほど遠方ではない説。
だがこれはすぐに否定された。
何故なら、放たれた魚雷を遠距離から探知しているからだ。近くに潜伏していたのなら、魚雷の探知位置も近くでなければおかしい。
さらなる調査が行われる。異世界帝国の新型潜水艦の情報を獲得するべく、さらに複数方向から侵入を試みる。
が、そのいずれも失敗した。敵は、その正体を探らせることなく、侵入する潜水駆逐艦および呂号潜水艦に魚雷を放ってきたのだ。
それは連合艦隊司令部にも伝わる。マダガスカル島周囲海域の地図に、攻撃のバツ印だけが増えていく。
「これは……」
連合艦隊司令長官、古賀 峯一大将は絶句する。草鹿 龍之介連合艦隊参謀長は、島を取り囲むように刻まれたバツ印に、眉をひそめた。
「これが事実であれば、異世界帝国はマダガスカル島全周に多数の新型潜水艦を配備していることになります」
島に近づけば、こちらが探知する前に魚雷を放ってくる。おそらく防御障壁を貫通する例の魚雷だ。
第七艦隊の偵察艦が、敵の魚雷の探知と共に退避し、障壁に頼らないのは、それが原因である。最所に消息不明になった艦艇は、防御障壁で耐えようとしたのだろうと想像される。
「近づけない、ですな」
軍令部と連合艦隊司令部が計画しているマダガスカル島攻略作戦も、主力となる空母機動部隊を送ることが難しい。敵が探知できれば、逆襲も防御もできるが、反撃できず一方的に攻撃される海域に、空母部隊を出すことは憚られた。
さらにいえば、敵の貫通魚雷は、破壊力も凄まじく、戦艦や大型空母の艦体を、食い千切るように破壊する。たとえば日高見のような海氷飛行場だとしても、十数発も当たれば、果たして無事でいられるとも思えなかった。
「攻撃のもとを辿り、破壊できれば、まだ攻略作戦を実施できるのですが……」
草鹿は言葉を濁す。第七艦隊は、新型潜水艦を探すため、水中だけでなく、空中からの対潜哨戒機を出して捜索したが、不思議なことに潜水艦を発見したという報告はなかった。
その時、神 重徳連合艦隊首席参謀が口を開いた。
「できますよ。敵の新型に対抗することが」
「説明してくれ」
古賀が促すと、神は頷いた。
「はい。魔技研が開発した特マ号潜水艦や、一部の艦には、水中衝撃波発射装置が装備されております」
伊700型潜水艦や、巡洋戦艦『武尊』など潜水行動可能艦で比較的新しい艦がそれである。
「これは向かってくる敵魚雷に衝撃波を当て、信管を作動させ爆発させるものです。つまり敵の攻撃が魚雷であれば、これで阻止できるわけです」
伊700型潜水艦などが、敵の魚雷を破壊しつつ、その攻撃した潜水艦へ近づけば、やがてその正体も索敵範囲に捕捉することができるだろう。
「探知してしまえば、こちらのものです。敵潜を撃沈し、機動艦隊のための針路啓開を行えば、マダガスカル島攻略作戦は実行できます!」
実にそれらしい話で、作戦実行が可能な気がしてくる連合艦隊司令部である。
「うむ。……草鹿参謀長、どう思うね?」
古賀が尋ねると、草鹿は首肯した。
「これまでの中で、もっとも可能性のある作戦です。しかし、第七艦隊の偵察活動によって、異世界人も、我々がマダガスカル島へ攻撃をかけようとしていることを察知していると思われます」
「……」
偵察を優先するばかり、未確認の相手の正体も探ろうとした。敵の新型潜水艦は、侵入する日本艦艇に魚雷をバカスカ放っているから、その報告はマダガスカル島の基地や艦隊にも届いていると思われる。
日本海軍が攻勢の計画を進めている。どんな愚鈍な司令官でも、それに気づいているに違いない。
「敵が、新型潜水艦の能力にあぐらをかいていればよいのですが、こちらがそれに対応してきたとなれば、異世界人はマダガスカル島の防備をさらに固めるでしょう。こちらの奇襲に対して、最低でも即時対応できるくらいの」
油断はしていない、ということだ。神は言った。
「ですが、それを言ってしまえば、もうすでに敵もこちらが狙っていることを知っているわけということです。今さら、どうこう言っても、もう遅いのではないでしょうか」
あぐらをかかず、勘が鋭ければ、もう即応態勢を強化しているに違いない、と神は指摘した。
「作戦を無期延期とするか、一撃で決着つくくらい奇襲を洗練させるか、二つに一つと考えます」
「どちらにしろ――」
これまで沈黙していた源田 実連合艦隊航空参謀は言った。
「新型潜水艦? それの正体を突き止めるのが先でしょう。今はマダガスカル島防衛についているようですが、これがやがてインド洋をはじめ、各海域に進出すれば、探知圏外からの雷撃でやられることになります」
そうなった場合の、各国――イギリス、ドイツ、アメリカの連合の被害は、凄まじいことになろう。水中衝撃波装置のない彼らにとって、一発でも魚雷を撃ち込まれたら回避不能ときたものである。
古賀は決断した。
「そうだな。特マ号潜水艦を編成した特殊作戦部隊を編成し、マダガスカル島へ派遣しよう。神参謀、細部は任せる」
「はっ、承知いたしました!」
今は動くしかない。特マ号潜が針路を切り開く間に、内地ではマダガスカル島攻略作戦に向けた機動部隊の編成、攻撃訓練が繰り返されるのであった。