第九二五話、勝利、勝利! しかし――
アリューシャン列島の異世界帝国を叩いた日本海軍第一航空艦隊と第九艦隊。北方の勝利が内地に届けられた頃、南方、否、南極からも報告が届けられた。
「敵球形基地の制圧が完了したとのこと!」
「おおっ!」
軍令部、そして連合艦隊司令部でも、異世界帝国の南極拠点ティポタ占領の知らせに驚喜した。
敵の日本侵攻作戦を阻み、連戦であった日本海軍も、ようやく一息をつける。だがいい知らせもあれば、あまりよろしくない知らせもあった。
海軍軍令部――
「敵拠点に、ゲートを発見したのですが、機能が止められておりました。どうやら向こう側から異世界通路を遮断したようです」
「……それは、ある意味よかったのかもしれない」
軍令部総長、永野 修身元帥はそう言った。
「敵が止めどなく現れて、いつまで経っても占領できないかもしれない、と一時は思ったものだ」
つまりは、敵は防衛を諦めたのだ。上陸した日本陸軍の粘り強さ、海軍が敵増援を阻んだことで、守り切れないと悟ったに違いない。
「異世界への侵入口が塞がれたのは、残念ではあるが、裏を返せば、敵もそこからの侵攻ができなくなることを意味する。正直、内地も大変だったから、今は敵が途切れたことを素直に受け入れよう」
「内地防衛は成功しました」
伊藤 整一軍令部次長は首肯した。
「南極拠点を制圧。北方に逃げた敵艦隊も撃滅……。この世界に来ている異世界人の軍は、大幅に弱体化したと見てよいでしょう」
「敵は……欧州と中東、そしてアフリカか」
「南米もですね」
情報担当の大野 竹二第三部長が口を開いた。
「ただ、敵の海軍戦力は、現地の小規模な守備艦隊が複数残っているのみで、例の紫の艦隊を除けば、めぼしい艦隊はありません」
攻め時ではあるが――大野は、それ以上は言わなかった。日本本土防衛と南極拠点攻撃で、連合艦隊の主力艦の多くが修理を必要としている。今すぐ動かせるのが、地方の守備艦隊程度しか残っていないのは、日本海軍も同じだった。
「紫の艦隊は、今のうちに息の根を止めておきたいんだがね」
永野は渋い顔になった。旗艦と思われる大型戦艦――ギガーコス級を取り逃がしているのが気になっている。ダメージは与えたが、それ故に、アリューシャン列島の前線拠点にはいなかった。さらに後方の修理ができる基地へと向かったのだろう。
「あれを残しておくのは危険だ。舞鶴とアムチトカ島で、紫の艦隊も兵力を減らしている今が狙い時だと思う。……何とかならんかな」
その視線は、作戦担当の中澤 祐第一部長に向いた。
連合艦隊も消耗している。その舌の根の乾かぬうちにこれである。つまりは、何とかしろと、永野にしては主張が強かった。
「……連合艦隊と相談し、作戦を練ることにします」
中澤は、具体策はなかったがそう答えた。否、そう答えるしかなかった。
今はどの戦力が動かせるのか、そこから確認せねばならない。連合艦隊が今回の損害から、ギガーコス級追討作戦を拒む可能性もあれば、軍令部の直轄戦力や無人艦隊から引き抜くことも検討せねばならないかもしれない。
・ ・ ・
神明 龍造少将は、九頭島の魔技研本部に来ていた。
第九艦隊司令長官、兼、無人艦隊司令長官の土岐 仁一中将と面会するためである。
「色々あり過ぎて疲れたよ」
丸眼鏡を吊り上げてズレを直しながら、土岐は苦笑した。
「無人艦隊で、どでかい戦いをやらされたと思ったら、第九艦隊が動員され、その司令長官は誰だ、っておれじゃないかって」
それで太平洋だ、アリューシャンだと行かされた土岐である。神明は、いつものように淡々と言った。
「お疲れ様でした」
「……君の差し金だと聞いたんだがね」
「私も一機艦で、九州をはじめ内地防衛に参加しました。……アリューシャンにも行きました。大西中将に連れ回されたので――」
言い出しっぺの法則ではないが、作戦立案に協力した手前、行かされたというべきか。
「あー、わかったわかった。君はおれ以上に多忙だからな。忙しさ自慢をしても君には勝てん」
そう言うと、土岐は姿勢を正して「お疲れ様でした」と頭を下げた。
本題に入る。
「無人艦隊はどうでした?」
「派手に突っ込ませたが、損害を顧みないのであれば、今でも充分だと思う。いい記録も取れた。より改良していければ、伸びると思うよ」
土岐は、釧路沖での戦いでの無人艦隊運用について、神明に説明した。そこから新たな戦術や動かし方について、あれこれ話し合う。一機艦の小沢 治三郎中将も、無人艦隊については関心を持っていたから、あれこれ聞かれた時のために、土岐から最新の情報を仕入れておく。
そして話は、日本本土防衛における一連の戦いに及ぶ。そこで無人艦隊だったらどう使ったか等々。
だが、舞鶴防衛戦に移った時、土岐の表情は曇った。
「海氷島の体当たりが、通用しなかったらしいな」
日本海軍が、艦隊決戦兵器として切り札の一つとして用意していた異世界氷の壁。あの紫の艦隊相手に投じたら、叩き潰すどころかまったくの無傷。決戦兵器としては無力化されてしまったのだ。
「あれは元々、異世界産の物質ですし、何か特効薬のような対策があったんでしょう」
巨大氷を使った戦法は、神明も大いに関わっていたが、その割には実にさばさばしたものだった。
「悔しくないのかい?」
「兵器というのは、必ず対策されるものですから」
神明があまりショックを受けていないのは、それが理由だった。
「正直、私もあの異世界氷の塊を敵がぶつけてきた場合、どう防いだものか考えあぐねていたので、むしろ対策ができると思えば、よかったかもと思っています」
すでに回収隊には、若狭湾で沈んだ敵艦を優先的に回収するように要請している。異世界氷を無効化する対策がなんなのか調べ上げ、可能な限り、日本艦にも対策を施すのだ。
神明でなくても、魔技研の技術部では優先度が高い事案と言える。
「話は変わりますが――今後の問題の一つは、敵が今後どう出るか、ですね」
「南極の拠点は、この世界を侵略するための重要拠点だった可能性は高い。例の南極本拠地説。それを失った今、異世界人はどう出るのか?」
「もし諦めて、この世界から手を引くのであれば、欧州や南米、アフリカの敵の動きを注視していればわかるのですが、もし諦めていなかったら――」
「考えたくないな」
土岐は正直だった。
「その時は、これまで以上の戦力で攻めてくることが確定だからね。前と同じ戦力では来ない。それは失敗しているから。……そうなると」
「何か、新しい兵器。切り札が必要になるでしょう」
神明の言葉に、土岐は頷いた。