第九二四話、北方前線拠点の消滅
それは太陽が具現化したようだった。
魔石爆弾は、ムンドゥス帝国艦隊の中央で爆発し、そこにあるものを熱で焼き尽くし、衝撃波で吹き飛ばした。
紫星艦隊のシャラガー中将は、目も眩む閃光にしばし動くことができなかった。司令塔の中にいたクルーの悲鳴も聞こえた気がしたが、それに構う余裕もなかった。
艦内は地震にでもあったように揺さぶられ、光が消えたところで、ようやく落ち着く。
「報告!」
シャラガーが叫ぶと、クルーたちが動き出す。
「防御シールド、消失!」
「電子機器類に異常が発生している模様! 現在、確認中!」
艦長が、それらの被害報告と状況確認を進める中、シャラガーは窓から、外の景色を見やる。
「……なんてことだ」
そこに存在していた艦隊が、半分以下になっていた。おそらく、残っているのは防御シールドを展開していた艦であろう。
補給艦や、工作艦と接舷し修理を行っていた艦艇、浮きドックが丸ごと消えていた。あの光の中に飲み込まれ、破壊されてしまったに違いない。
「修理中の艦はシールドを張っていませんからな」
スィオピ少将が、シャラガーの隣に立って同じ景色を見やる。
「どれだけ残っていると思う?」
「四割、いや三割といったところでしょうか。正確な数は確認しないとわかりませんが、駆逐艦の大半がやられたようですな」
まさにシールドのあるなしが生死を分けたか。遠巻きに駆逐艦の姿があるが、それは爆発の範囲の外にあったからだろう。
「提督、本艦の被害確認が終わりました」
艦長が声をかけてきた。シャラガーとしては、艦より、艦隊の残存確認が先なのだが、深刻な艦長の表情に頷いて促した。
「主要防御区画に被害はありません。戦闘、航行に支障はありません。ですが、艦の外にいた者に負傷者ならびに行方不明者が出ました」
負傷者は熱による火傷が多く、一部衝撃波で吹き飛ばされた際にぶつけて骨折した、などが報告されている。行方不明者については、やはり衝撃波で艦の外へ飛ばされたのではないかと言われた。
「艦橋のレーダーに一部破損が見られ、動かしてはいませんが、おそらくダメージがあります。あとこれがマズいのですが、通信設備がやられたため、本艦からの指揮は著しく困難と言えます」
つまり――
「旗艦を移乗しろと言うのだな?」
「はい、提督」
艦隊の指揮に問題発生。探照灯や手旗信号といった交信手段はあるが、現代の戦いにおいて、それでは不足だった。
「やむを得ない。一番近くで、大型の艦は――」
シャラガーが言いかけた時、爆発音がそれ以上の言葉を遮った。
『敵襲! 敵襲!!』
観測所からの報告は、詳細はわからないが、今まさに攻撃されていることを明らかにした。
・ ・ ・
深山Ⅱ大型爆撃機が投下した魔石爆弾は、異世界帝国艦隊をなぎ払った。
工作艦に連結していた戦艦や巡洋艦、あるいは駆逐艦数隻がまとめてスクラップになる様は凄まじく、雲の下で観測していた彩雲改二艦上偵察機でも、残った敵と、防御シールドの有無の確認が行われた。
「爆心範囲にいた敵艦の障壁反応なし! すげぇ、障壁を引き剥がしやがった!」
彩雲の機上で機器を操作していた通信士は、思わず声に出していた。機長が振り返る。
「小倉、攻撃隊に教えてやれ! 敵艦に障壁なしと」
「了解!」
間もなく、第一航空艦隊から発進した攻撃隊本隊が到着する。懸念された天候は、相変わらずの曇り空ではあるが、視界自体は悪くない。……そうでなくては、彩雲改二の観測もできなかったわけだが。
ともあれ充分、攻撃可能だった。
そしてそれを受けた一航艦隊攻撃隊は、それぞれの攻撃位置に移動する。
攻撃隊は、全機が遮蔽装備を備えた奇襲攻撃隊だった。火山重爆撃機9、一式陸上攻撃機改27、銀河双発爆撃機48、二式艦上攻撃機23。
その護衛に九九式戦闘爆撃機21、陣風戦闘攻撃機9がつく。
さらに観測、誘導の彩雲5機を含めた合計が142機。それらが、アムチトカ島近海の異世界帝国艦隊に牙を剥いた。
転移誘導弾は、機動艦隊に優先して配備された結果、敵円盤兵器対策の迎撃用を除けば、通常の誘導弾を装備する攻撃隊である。
故に、観測機からの『敵障壁なし』の報告は、僥倖であった。いまだ爆発の衝撃から立ち直れていない敵艦隊に、一航艦攻撃隊は仕掛ける。
中型、乃至大型誘導弾が発射され、残存する異世界帝国艦に突き刺さる。
レーダーを使用せず、あっても破損して使えなかった異世界人たちは、聞こえてきた噴射音に気づいて顔を上げ……誘導弾が着弾がした。
遮蔽効果と相まって、攻撃されたとわかった時にはすでに被弾している。まさに最悪の状況である。
この時、異世界帝国艦隊は、旗艦が健在で、しかし通信不能になっていたことが、さらに対応の不味さを助長させた。
誘導弾の直撃により、残存していた戦艦、空母に火の手が上がる。特に停泊中でも奇襲に備えていた空母群は、魔石爆弾によって丸裸にされたので、攻撃に対して為す術がなかった。
残留奇襲艦隊の旗艦もまた、誘導弾に加えて、遮蔽装置付き一式陸攻の雷撃を受けて大破。指揮官のシャラガー中将を乗せたまま転覆、そして沈没した。
奇襲は成功であった。
戦果は、艦隊だけではない。
「おい、あれ――見えるか?」
「潜水艦用の浮きドック! これは――!」
アムチトカ島を周回していた彩雲が、少し離れた海上にそれを見つけた。
探していた異世界帝国の潜水艦部隊用の海上基地が、その姿を現していた。魔石爆弾の爆風が、基地を覆う遮蔽幕を剥ぎ取ってしまったのだ。
「艦隊に打電しろ!」
ただちに通報された敵潜水艦基地。一航艦の後詰めとして進出していた第九艦隊は、ただちに攻撃隊を発艦させた。
基地航空隊が撃ち漏らした敵へのトドメとして待機していた第九艦隊航空隊に出番は回ってきたのだ。
九航戦の空母『龍驤』『翔竜』、十八航戦『大鷹』『雲鷹』『冲鷹』から、艦上戦爆、艦攻が発艦。二十一航戦の水上機母艦『千歳』『千代田』『日進』から瑞雲水上戦闘爆撃機が射出され、敵潜水艦基地へ殺到した。
爆弾、ロケット弾は、潜水艦諸共ドックや施設を破壊し、ちぎれた基地の一部は、しばし海上を漂い、そして沈んでいった。
北方の脅威は、取り除かれたのであった。