第九二二話、北方、アムチトカへ
「まさか、着任してわずかの間に、出番が回ってくるとはな」
第一航空艦隊司令長官である大西 瀧治郎中将は、海氷飛行場『日高見』の管制艦橋にいた。
陸上基地航空隊を運用する異世界氷の塊で作られた巨大飛行場。体当たり決戦兵器であった海氷島が登場するまで、最大の海氷構造物であったそれは、陸上攻撃機などを運用する。
「オレは元々、海軍をなくして空軍にすべきと公言してきた男だ」
大西が言えば、隣接する作戦室の手前に立っていた神明 龍造第一機動艦隊参謀長は頷いた。
「存じております」
「それがこうして再び海に戻ってきたわけだが、戦艦でも空母でもない。海に浮かぶ氷の飛行場というのは、何の皮肉か」
「空母でもあり、陸上基地でもある、と」
要は好きなように解釈すればよい、と神明は思った。所詮、航空機を扱う箱には違いない。
「オレは、根っからの航空屋だ。中島さんが、飛行機から魚雷を落としてフネを沈めるようになると予言し、航空機開発は国産でやるべきだと言われた時も、大賛成したものだ」
中島さん、とは中島 知久平元機関大尉のことである。かつて海軍にいた知久平は、予備役となり退官した後、やがて会社を起こし、それはのちに中島飛行機となった。
陸軍の隼や疾風戦闘機、海軍の九七式艦上攻撃機や月光夜間戦闘機、深山陸上攻撃機などの航空機を生み出したあの中島飛行機である。
ちなみに、大西は中尉だった頃に、大尉だった中島の相談を受けて、飛行機製作会社を作るための出資者集めをした。そのことで海軍から始末書を書かされていたりする。海軍をやめて、中島の会社に入ろうとしたら、海軍が却下した。
航空主兵論を叫び、戦艦無用論を展開。さらに大型爆撃機を優先し、当時爆撃機に追いつけない戦闘機など不要と、戦闘機不要論をぶち上げたりした。
とかく大西は、すぐに影響されやすい難点はあったが、行動力があり、また度胸もあり、兄貴分的なところがあった。
「色々失敗もあったが、やって後悔だから、やらずに後悔するよりは遥かにマシだと思っておる。そんなオレが、一航艦を任され、陸上攻撃機を主力とした戦いをやろうというわけだ」
大西は振り返り、神明を見るとニヤリとした。
「お前とは、もっと早く知り合っておくべきだったかもしれん。そうすればオレの中で、失敗とされたことのほとんどが成功として、海軍の形も変わっていたかもしれない」
軍艦を潰して空軍に、というやつだろうか、と神明は思った。そうはならなかっただろうが。
「それはわかりません。特に大西中将と言えば、今日に至らなければ魔技研を詐欺師集団としか見ていなかったのではないですか?」
「むぅ、それを言うな!」
大西は自身の頭を叩いた。
かつて、水からガソリンを作ることができる、という発明家の話を信用し、詐欺に引っかかるところであったことがある。事件は、当時海軍次官であった山本 五十六や航空本部長の豊田 貞治郎中将を巻き込み、関係者の間では大騒動になっている。あれを信じたのは痛恨の極みであった。
「魔法なんて言ったら、信じなかったでしょう?」
「逆にな。ああいうことがあった後では、信じなかった」
大西は正直だった。
「だがまあ、それは置いておいて……。今回の作戦は、オレがかつて最強と信じた大型陸上機を主力とする作戦だ。だからこそ、色々滾るところであるわけだ」
今回のアリューシャン列島、アムチトカ島の敵艦隊攻撃作戦は、『日高見』と第九艦隊が中心となって行う。
その戦力は――
●アムチトカ近海攻撃部隊
○第一航空艦隊:司令長官、大西 瀧治郎中将
海氷飛行場:『日高見』
甲型海氷空母×3
○第九艦隊:司令長官、土岐 仁一中将
戦艦:「薩摩」
大型巡洋艦:「早池峰」「妙義」
重巡洋艦:「那岐」
軽巡洋艦:「矢矧」「鹿島」「古座」「鈴鹿」
特殊巡洋艦:「九頭竜」
特務転移艦:「瑞穂」
第九航空戦隊 :(空母):「龍驤」「翔竜」
第十八航空戦隊:(空母):「大鷹」「雲鷹」「冲鷹」
第二十一航空戦隊:(水上機母艦):「千歳」「千代田」「日進」
付属:潜水空母「鳳翔」、駆逐艦「島風」
若竹型駆逐艦:「若竹」「呉竹」「早苗」「朝顔」「夕顔」「芙蓉」「刈萱」
第九艦隊は、先の敵重爆撃機ゲート破壊任務からに引き続いての出撃である。他艦隊に比べて、損耗がなく、修理を必要とする艦艇がなかったからだ。
現在、修理待ちの艦が山となっている状況故、少々の連戦もやむを得ないところである。
もっとも、ゲート破壊のために大型誘導弾を撃ち尽くした5500トン型の誘導弾キャリアーの七隻は、補給待ちの列に加わっているため、今回は出撃しない。
戦いは、日高見の第一航空艦隊の航空隊が主役であり、第九艦隊はその支援と、第二波攻撃隊として、敵艦隊に追い打ちをかけるのが役目である。
「第五艦隊の哨戒空母が、転移中継ブイを配置してくれている」
大西は言った。
「我が『日高見』も、アムチトカ島近海へ進出し、攻撃を行う」
そのまま艦橋脇から、滑走路そばに待機している大型爆撃機の集団を眺める。
火山重爆撃機のほか、双発爆撃機の銀河、単発の二式艦上攻撃機などが揃っている中、大西の期待の眼差しが、とある一機に向く。
「悪天候であっても、目標を見通し爆撃できる能力。……信じていいんだな?」
「雲の下が嵐でも、やってくれますよ」
神明は請け負った。
深山Ⅱ陸上攻撃機。そしてその爆撃照準を行うのは、千里眼の異名を持つ高尾 鹿子大尉である。雲や霧に覆われた場所でも見通す彼女がいれば、作戦の第一撃は確実に成功するだろうことは疑いない。
……追い打ちをかけられるかは、天候に左右されるが。