第九二〇話、北方に異常あり
「――これは……!」
彩雲改二艦上偵察機は、北の空を飛んでいた。
アリューシャン列島、アムチトカ島に差し掛かった偵察機は、島の周りに異世界帝国の艦隊が停泊しているのを発見したのである。
「内地を攻撃してきた奴ら、ここに逃げてやがったのか!」
北方海域にて、通商破壊を仕掛ける敵潜水艦の拠点探しを遂行中の日本海軍第五艦隊。その偵察機は、過去何度も飛んでいたが、異世界帝国艦隊を発見したのは初めてであった。
「目当ての基地ではなかったが、まさか、こんなところに艦隊がいたとはな」
「機長、もしかしたら、この近くに潜水艦用の基地が隠れているのでは?」
「そうだな。果然可能性は高くなったな。島袋! マ式通信で、第五艦隊に通信だ。アムチトカ島に敵大艦隊、発見!」
「了解!」
彩雲改二は、敵艦隊発見をただちに通報する。
発見されたのは、紫星艦隊を含む日本侵攻作戦に参加し、そして撤退した残存艦隊であった。
「例の紫の艦隊ってのはあれか。……転移でマダガスカルに帰ったと思っていたが、こんなところにまだいやがったんだな」
・ ・ ・
アリューシャン列島に、敵艦隊を発見した報は、第五艦隊を経由し、内地の連合艦隊ならびに軍令部にもたされた。
連合艦隊司令長官、古賀 峯一大将は、さすがに表情を険しくさせた。
「南極に戦力の都合をつけねばならない時に、これとは……!」
大本営は、日本本土に侵攻してきた異世界帝国艦隊を各地で撃滅し、連合艦隊は本土空襲の仇討ちを果たしたと発表した。
また重爆撃機の拠点に対する報復をかけたことで、異世界帝国は本土に対する空爆は不可能であると、重ねて知らされた。
国民も、爆撃されたショックを受けていたが、再度の空襲はないこと、侵攻してきた異世界帝国艦隊を返り討ちにしたことで、混乱は収束した。
が、当の連合艦隊、その司令部は、一息をつく余裕はなかった。
南極の球形基地攻略戦は継続しており、第一波として送り出した小沢艦隊は、消耗したので内地に帰還。第二波の三川艦隊が現在、作戦行動中だが、状況によっては第三波の準備をしなくてはならなかった。
「……正直、厳しいですな」
連合艦隊参謀長の草鹿 龍之介中将は言った。
「内地防衛での損傷艦も多くあります。横須賀、呉の設備は空襲により被害を受けており、修理作業に支障がでております」
「……」
「補給作業も順番待ちである上、残存艦も本土防衛のために残す必要があるでしょうから、その上で、アリューシャン列島の敵にまで、まとまった戦力を振り向ける余裕などありません」
「お言葉ですが、参謀長」
神 重徳首席参謀が発言した。
「内地から敗走した敵艦隊の所在が判明したのです。内地防衛は重要ではありますが、奴らも先の海戦の損害があって、攻めてはこられんでしょう。防衛に充てる戦力を、アリューシャン列島の敵攻撃に向けてもよいと考えます」
守りを固めても、どうせ敵はこないのだから殴り込むべきだ、と神は主張した。草鹿は言い返した。
「その攻撃に振り向ける戦力が不足しているというのだ。中途半端な戦力で攻め込んだところで、相手はあの紫の艦隊もいるのだろう。むしろこちらが返り討ちになるかもしれない」
「参謀長、それは弱腰というもの。断じて行えば鬼神も之を避くと言いまして――」
「だったら貴様がやってみせろ!」
草鹿が怒鳴った。普段から泰然として声を荒げるタイプではないので、司令部の参謀たちも驚いた。草鹿本人もそれに気づき、すぐに「すまない」と声を落とした。
思えば、連合艦隊司令部は、先の日本本土防衛から、ろくに休めていない。ストレスはもちろん、疲労もまた濃い。
「首席参謀、草鹿参謀長の言うように、戦力に余裕はない。これについてどう考えるか?」
「無人艦隊があります」
神は答えた。
「北海道防衛に一個艦隊が投じられましたが、まだ戦闘可能な無人艦があります。それを用いれば――」
「無人艦隊は、軍令部の領分だ」
古賀は低い声を出した。
「内地が攻められた今、本土をガラ空きにするような出撃を、軍令部が同意するとは思えない」
元々、本土防衛の予備戦力として整備されていた無人艦隊である。軍令部からすれば、攻撃に出るならば連合艦隊で、その間、内地は無人艦隊で守るという答えが返ってくるだろうことは、容易に想像できた。
「陸軍と共同作戦を展開している南極拠点の攻略は重要だ。そうなると、ますます戦力が足りない」
それほど日本本土防衛で、損傷した艦艇が多かったのだ。撃沈された艦はともかく、近距離砲戦によって大破した艦も少なくない。魔核による再生で復旧速度は上げられても、欠員を埋めるのは、そうはいかない。
「長官」
従兵長が入ってきた。
「小沢中将が、南極遠征の報告に参られました」
「そうか。通してくれ」
古賀は一息ついた。
「まずは小沢君から、報告を受けよう。補給が必要なのは間違いないが、損傷のない艦があれば、戦力を抽出できるかもしれない」
会議は一時中断となった。南極遠征軍支援艦隊の被害も馬鹿にできないと知らされてはいるが、やはり指揮をとった者から直接話を聞くべきだと、古賀は考えた。
・ ・ ・
小沢 治三郎中将と、その参謀長である神明 龍造少将の報告は、連合艦隊司令部の空気を重くした。
敵の増援がどれほど現れるか、まったく予想がつかず、三川艦隊に続く第三波艦隊の準備が必要というのが、ほぼ確定的になったからだ。
また小沢艦隊も、多く艦が修理を必要としており、補給すればすぐに出撃できる艦艇は少なかった。
「北方に攻め込む戦力は、ないか……」
古賀が呟けば、草鹿が視線を小沢と神明に向けた。
「お二方は、どうお考えでしょうか? アリューシャン列島の敵について、忌憚ない意見をお伺いしたい」