第九一八話、引き継ぎ艦隊
激闘だった。
日本軍南極遠征軍支援艦隊と本国ゲート防衛艦隊第3艦隊の戦いは、双方とも激しいダメージを負うものとなった。
転移により目線ずらし、三連光弾砲を駆使する『浅間』『八雲』『武尊』は、敵主力戦艦数隻を大破、撃沈したが、反撃によって被弾。
通常砲の『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』、『肥前』『周防』『越後』の七隻もまた、敵戦艦がシールドを捨ててノーガードの撃ち合いを仕掛けてきたため、撃破、撃沈する一方で、脱落艦が相次いだ。
「戦艦『土佐』、機関に損傷。出しうる速度12ノットに低下。『我に構わず、突撃を続けられたし』」
「西村には、さっさと離脱を命じろ。三戦隊は、俺がもらう!」
小沢 治三郎中将は怖い顔でそう言った。
第三戦隊の旗艦である『土佐』に座乗するは戦隊司令官の西村 祥治中将である。果敢な指揮官ではあるが、任務に忠実な男である。
損傷が酷いのは『土佐』だけではない、第三戦隊の『尾張』が第一主砲が被弾の衝撃で旋回不能に陥った上に直撃弾によって艦体から毒々しい煙を吐きながら船足が止まってしまった。
第五戦隊の改播磨型戦艦も、ヴァイタルパートが敵弾の貫通を許さなかったが、艦体構造物が潰れ、煙を垂れ流している姿は対空能力の大幅な喪失と、電子機器へのダメージを連想させた。
「『八雲』より爆発!」
僚艦の航空戦艦『八雲』の艦尾側が吹き飛んだ。神明は呟く。
「格納庫がやられたか」
浅間型航空戦艦の艦尾は、航空機用格納庫とその設備が占めている。
これは改造元が、フランス戦艦のリシュリュー級であり、主砲配置が艦中央より前に集中しているがためである。艦尾の航空機用爆弾庫、燃えやすい航空燃料庫などは装甲で守られているが、それでも大型巡洋艦の10インチ砲対応レベル。戦艦砲の直撃までは阻めない。
「あの戦艦がまだ生きている!」
大前首席参謀が叫んだ。オリクトⅡ級戦艦が炎上して、海上を漂いつつあるが、その艦首の40.6センチ三連装砲が、まだ動いていた。
「援護を――いや」
後部の格納庫を燃やしながら、『八雲』の主砲が旋回。やられたお返しとばかりに三連光弾砲を撃ち込み、今度こそトドメを指した。
「重巡『葛城』大破! 転移にて離脱」
敵巡洋艦を阻止していた十二巡洋艦戦隊にも被害が出ている。軽巡洋艦『奥入瀬』『十津』もまた光弾を雨あられと放っているが、異世界帝国艦も猛攻で返す。防御を捨てた結果、その砲弾が日本艦艇に突き刺さる。
四水戦の各駆逐艦も、敵駆逐艦に対して激しく砲撃を浴びせている。しかしすでに魚雷を使い切っており、全体の火力は落ちている。
可燃物が減って、一発轟沈の可能性は下がっているのだが、元より装甲などないに等しい駆逐艦では、乱打戦の結果、沈没する艦もあった。
「友軍航空隊、敵空母部隊へ向かっていきまーす!」
三個航空戦隊から出撃した烈風艦戦や流星改艦攻が、離脱しつつある敵空母へ向かう。上空にいた異世界帝国軍機に烈風が切り込み、流星改は誘導弾を空母とその護衛艦に放つ。
小沢は首を傾ける。
「こちらにも攻撃機を回すべきだったかもしれんな」
「転移したところを、攻撃機に艦隊攻撃させる」
神明が言えば、小沢は頷いた。
「そういうことだ。ちょっとこちらは手数が足りない」
その瞬間、『浅間』が小さく揺れた。爆発の音、確認と報告の怒号が交差する。
「右舷中央に被弾! 敵重巡の砲撃! 距離5000!」
「高角砲で弾幕を張れ! 一式障壁弾で艦体を削ってやれ!」
浅間艦長が指示を出す。かなり忙しくなってきた。神明は口を開いた。
「ここは一旦、転移で仕切り直したほうがいいかもしれません」
「うむ、敵の目線を外してやるか」
小沢が同意した時、新たな報告が飛び込む。
「長官! 来ました、援軍です!」
山野井通信参謀が興奮を隠しきれずに言った。
・ ・ ・
「目標、敵大型艦!」
第二戦隊司令官、宇垣 纏中将は表情一つ変えず、しかし声に力を込めた。
「小沢さんの艦隊を助けろ。攻撃!」
戦艦『大和』、そして『信濃』の46センチ三連装砲が火を噴いた。支援部隊第二派として、弾薬の一定補充を終えた日本艦隊が、南極拠点海域に現れたのだ。
第二戦隊の大和型二隻に後続するは、第七戦隊の『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』だ。役割としては大型巡洋艦と同様の巡洋艦削りだが、その35.6センチ砲の威力は、重巡洋艦にはハードパンチが過ぎる。
さらに重巡洋艦『伊吹』『鞍馬』『高雄』『摩耶』が、第一水雷戦隊の先導をしつつ、突撃を開始する。
本国ゲート防衛艦隊第3艦隊は、ただでさえ戦艦戦力を失い、その戦力も半壊しつつあったが、日本海軍の援軍の登場で、すっかり戦意を喪失した。
艦隊旗艦が失われていたこともあり、暫定指揮官は退却を選択し、艦隊から離れる機動を見せる。
この動きに対して、宇垣の第二戦隊は追撃に移る。一方、もう一群の戦艦群――『越前』『能登』『美濃』『和泉』『伊豆』『岩代』を率いる三川 軍一中将――支援艦隊第二群司令長官もまた、敵の掃討にかかった。
「小沢さんも、随分と派手にやったようだ。旗艦は無事か?」
「『浅間』は健在のようです。燃えているのは『八雲』のようです」
「よし、後は我々が引き受ける。小沢さんには内地へ戻ってもらおう」
三川は、通信参謀にそう告げると、参謀長を見た。
「球形基地の攻略の方はどうなっているか、確認してくれ。あとどれくらいで占領できそうなのか」
・ ・ ・
三川艦隊より、後は任せるよう通信が入り、小沢は艦隊に転移による離脱を命じた。
「もっとスマートにやるつもりだったんだが、派手にやられたな」
「今回の敵が防御を捨てたのも大きいですね」
神明は答えた。
「敵が障壁を張ってくれれば、三連光弾で貫通できたのですが……」
「防御が役に立たないと早々に見破って、思い切り反撃してきたからな。近距離での乱戦では、被害も仕方がない」
ともあれ――小沢は、大きく息をついた。
「被害も出た。弾も残り少ない。帰ろう。内地へ」