第九一四話、本国ゲート防衛艦隊
南極遠征軍支援艦隊が、転移中継ブイによって球形基地の近くへやってきた時、その正面海域には、異世界帝国艦隊が展開していた。
「急いで来た甲斐があったというものだ」
司令長官、小沢 治三郎中将は、不敵な笑みを浮かべた。
敵艦隊は、球形基地の方に艦首を向けており、つまりは小沢艦隊に対して背中を向けている。
「稲妻師団、観測兵より報告! 敵艦隊は、戦艦10、空母10、重巡洋艦10、軽巡洋艦20、駆逐艦40とのこと」
「規模としてはまあ互角。数で負けているが……」
小沢は表情を変えない。
「敵艦隊との距離は?」
「2万6000です!」
「ようし、第三、第五戦隊は、敵戦艦に砲撃開始。我が十五戦隊、ならびに十二、二十九巡洋艦戦隊、水雷戦隊は突撃だ!」
空母群は基地とは少し離れた場所に転移しているので、水上戦に巻き込む心配はない。今、小沢の手持ちの水上打撃部隊は、戦艦10、重巡洋艦4、軽巡洋艦3、駆逐艦16である。
航空戦艦『浅間』『八雲』は艦尾飛行場甲板から、紫電改三をカタパルトにて射出しつつ、速度を30ノットに上げて突撃する。その後ろには、ギガーコス級追撃で隊から分離していた巡洋戦艦『武尊』が復帰し、ついてくる。
さらに異世界帝国重巡からの改装である『阿蘇』『笠置』『葛城』『身延』も速力を上げて並走する。
こちらは第一艦隊からの編入された部隊である。そして水雷戦隊は、第三機動艦隊から引き抜かれた四水戦だ。他の艦隊の水雷戦隊が、肉薄攻撃で損傷が多く、また魚雷を使い切っていたのに対して、揚陸艦と輸送船を砲撃中心で狩っていた四水戦は、全艦健在かつ余力を残していた。
小沢が突撃を行う間、砲撃命令が出た第三戦隊『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』は、41センチ砲を、第五戦隊『肥前』『周防』『越後』は51センチ砲を振り向け、撃ち方を始めた。
異世界帝国艦隊は、基地に向いている。その戦艦はオリクト級であり、背中を向けている間は、主砲の指向数は半減、位置によってはそれ以下であった。つまり、彼らが反転し全力発揮が可能になるまで、若干の有利を確保できた。
転舵、全砲門を敵艦隊に向けた七隻の戦艦は、照準ができ次第、発砲を開始した。それらの砲弾は、能力者たちの弾道制御により、異世界帝国戦艦に吸い寄せられた。
水柱が付き上がる。展開された防御シールドが、砲弾にぶつかり、爆炎を噴き上げた。
後方に現れた日本艦隊に、異世界帝国艦隊も気づいていたようだ。シールドにより日本側の先制攻撃を阻むと、その戦艦部隊は一斉に反転、艦首の方向を変えた。
・ ・ ・
「現れたか、ニホンとやら」
ムンドゥス帝国、本国ゲート防衛艦隊司令官、トリン・ツェクリ中将は、オリクトⅡ改級戦艦『アウリオン』の司令塔で振り返った。
「このティポタを貴様ら蛮人どもに委ねるわけにはいかんのでな」
本国ゲート防衛艦隊は、その名の通り、ムンドゥス帝国本国と異世界ゲートの防衛の任務に就いている。
様々な異世界に侵攻し、その勢力を広げているムンドゥス帝国であるが、当然、本国と異世界が直接繋がっているゲートが存在する。
その本国に繋がる直通ゲートを守り、現地人を侵入させないのが役目である。
この地球世界も、複数の異世界を経由して通路が作られているが、ムンドゥス帝国本国と直接繋がっているのは、ティポタのゲートのみ。
つまり、ティポタが占領されるということは、その世界の勢力によるムンドゥス帝国本国世界への侵攻が可能になることを意味しているのだ。
当然、帝国はそれをよしとせず、直通ゲートを死守するため、専属防衛艦隊を出撃させたのである。
ちなみに、本国ゲート防衛艦隊は、地球征服軍とは管轄が異なるため、日本侵攻作戦についてはまったく関与していない。
「応戦せよ! 我らが神聖なる本国に、蛮人どもを近づけさせるな!」
オリクトⅡ改戦艦は、最近主力として帝国戦艦の多数を占めるオリクトⅡのさらなる改良型である。外観の変化はほとんどないが、電装系の強化、砲弾のプラズマヘビー弾頭化による攻撃力アップなど、その中身がグレードアップしている。
横一列に並ぶオリクトⅡ改戦艦10隻が、一斉に反転する様は、熟練の騎兵が向きを変えるが如く、統率がとれていた。
たちまち後方に現れた日本艦隊を正面に捉えると、速度を28ノットにまで引き上げ、突撃に移る。
『敵艦隊、本艦隊に向けて突撃しつつあり!』
「面白い! 正面からひねり潰してくれる!」
ツェクリ中将は好戦的な笑みを浮かべた。突撃上等。正面の敵に最大の火力を発揮するムンドゥス戦艦の得意な方向から向かってくる敵に、鉄槌を下す!
『敵航空機、低空にて急速接近! その数、四、五……十機未満!』
観測員が、敵機の接近を告げた。わずかなカトンボに何ができるというか。
『シールドでやり過ごせ。たかだか数機で何ができる』
ツェクリは、接近する敵機を捨て置くことを選んだ。共に突撃する巡洋艦や駆逐艦が、代わりに対空砲を放ったが、超低空かつ高速のそれはすっと姿を消して砲火を潜り抜けた。
遮蔽装置。隠れて攻撃してくるかと思われたが、それは攻撃してくることなく、艦隊の間を突っ切ったようだった。
「何だったのだ、あれは?」
司令官の呟きに、参謀らもわからないと首を傾げる。そして、それはすぐに出た。
『正面より、敵艦隊が消えました!』
「なにっ!?」
司令塔内が騒然とする。突撃してくる敵艦が見えなくなり、双眼鏡を覗き込む。
「敵艦も遮蔽を使ったのか……?」
蛮人の中でも戦闘に長けると言われる地球世界の人間たち。噂は聞いているが、ムンドゥス帝国の軍備と同等の技術を持っているのを目の当たりにすると、衝撃は隠せない。
『艦隊後方に、敵艦出現!』
「うしろ――!?」
振り返ったところで、それが見える位置ではない。本国ゲート防衛艦隊の後方に、先ほどまで前方にいたはずの日本艦隊が現れた。
そしてその砲は、ピタリとオリクトⅡ改に向く。
「シールド! 最大防御――!」
轟音が響いた。防御シールドを展開しているはずのムンドゥス帝国戦艦の艦尾を光弾が貫き、そして爆発した。
低空を突き抜けた航空機――紫電改三戦闘機は、転移爆撃装置により転移中継ブイを投下。それらが日本艦隊――小沢の戦艦を移動させた。
航空戦艦『浅間』『八雲』、巡洋戦艦『武尊』は、三連光弾砲を、敵戦艦に撃ち込む。シールドが張られていようと、一枚防御であるなら貫通し打撃を与えられる三連光弾は、オリクトⅡ改を背後から殴り、あるいは蹴飛ばして、三隻を大破させた。