第九一二話、重爆撃機の末路
待っている方からすれば、転移ゲートの出現は唐突であった。
虹色の光が瞬き、巨大なリング状のゲートが開く。光の中からオルキ重爆撃機が、ヌッと姿を現した。
待機していた第九艦隊の重誘導弾装備艦『那珂』『鬼怒』『球磨』『多摩』が大型誘導弾を発射した。
続いて『北上』『大井』『木曽』が発射機から大型誘導弾を放つ。時間差を作りながら、七隻の軽巡洋艦は、ゲートめがけて攻撃する。
それは順次、ゲートをくぐり抜けてきた異世界帝国重爆撃機に命中し、爆散した。米軍のB29に匹敵する巨人機が直撃を受けて墜ちていく。
七隻は誘導弾を一発ずつ丁寧に、しかし間断なく撃ち込む。出てくる途端に撃ち落とされていた敵機が出てこなくなっても、なおゲートの向こう側へ。
果たして当たっているのか、向こう側のことはわからない。だが、突入しようとしていた敵重爆がしばし躊躇い、様子見をしてくれればそれで意味はあった。
「そろそろかな」
第九艦隊旗艦『薩摩』から、土岐 仁一中将がその様子を眺める中、通信兵が報告した。
「彩雲、ゲートへ突入します!」
「おう」
すでに遮蔽で消えているので、実際に飛び込んだ瞬間は見えなかった。この作戦のために周回させていた『翔竜』搭載の彩雲改二は、新型爆弾を用意し、ゲートに侵入した。
繰り返すが、転移ゲートの向こう側の様子はわからない。もしかしたら敵機もゲートに侵入して正面衝突ということもあり得る。
だから第九艦隊は、誘導弾をゲートに連続して撃ち込むことで露払いを行った。突入する味方が敵機とぶつからないように。
当たる当たらない関係なく放たれた攻撃に、異世界帝国側は、しばし重爆のゲート侵入を躊躇うだろう。自ら攻撃に当たりに行く馬鹿はいないからだ。
ゲート艦などがいない以上、異世界人もまた地球側の状況がわからない。誘導弾が途切れるまで、しばしゲート前を周回し、待機する。
その間隙を衝いて、彩雲改二偵察攻撃機は飛び込んだ。その先はヨーロッパかアフリカか。異世界帝国が使用する重爆撃機用の大規模飛行場が、そこには広がっていた。
「転移爆撃装置、用意!」
彩雲改二は、敵飛行場兼基地上空に侵入する。
「投下!」
機体の搭載可能重量を無視した爆弾を転移で呼び寄せる転移爆撃装置。彩雲の底部から出てきたそれは、細い機体に収まらない太さの爆弾だった。
彩雲はフルスロットルで上昇しつつ離脱にかかる。陸軍の担当者は、爆弾投下後は速やかに離れろと言っていたのだ。
おおよそ敵地のど真ん中に落とされたそれ、魔石爆弾は、内蔵魔力を熱エネルギーに変換し、その力を一気に解放した。
轟音がしたわけでもなく、それはとても静かだった。だが滑走路を地面ごと溶かし、拡大する熱が駐機スポットを飲み込み、人員を蒸発させ、機械や燃料設備、格納庫を光と共に消し飛ばした。
「……うわ……」
一瞬の光に振り返った彩雲搭乗員は、絶句した。
敷地だけなら数キロはあっただろう飛行場と基地が、跡形もなかった。地面もまた掘り起こされ、さながらクレーターのように半球上に抉られている。地下に施設や貯蔵庫があったとしても、それらも消滅させる。
町一つを吹き飛ばせるという威力に偽りなし。
基地に、転移ゲート発生装置があったのだろう。空に浮かんでいたゲートは消滅し、飛行していた重爆撃機は、下の惨状に狼狽え、しばし周回している。
出撃した直後だっただろうから、燃料についてはたっぷりあるだろう。おそらく近隣の飛行場へ一時避難をするに違いない。
彩雲改二もまた、航続距離では敵重爆に引けを取らない。いざとなれば転移離脱装置があるので、敵の動向を探るためにしばし潜伏、そして追尾を行うのだった。
そして魔石爆弾による敵飛行場の完全破壊を、通信にて発信した。
・ ・ ・
彩雲改二の打った通信が、いくつもの場所を経由して第九艦隊に届くまでに時間がかかった。
その間にも、第九艦隊は、転移ゲート発生の報があるごとに、転移、そして攻撃を行った。
軽空母『龍驤』からは彩雲改二、水上機母艦『千歳』『千代田』からは瑞雲改二が飛び、敵重爆がゲートを出たのを見計らって慎重に侵入。陸軍提供の魔石爆弾によって、重爆撃機の拠点を破壊した。
だが、最初の飛行場破壊と違い、三カ所のゲートから飛び立った爆撃隊は、基地がやられているとも知らず、日本本土目指して飛び続ける。
その数、70、88、72機の計230機。
これら重爆撃機の飛行は、ゲートから現れた時点で、日本本土ならびに迎撃部隊に通報されていた。
海軍は、各地の迎撃機を、海氷飛行場の『日高見』に集めて、防空隊を早急に再編すると、火山重爆撃機改の共同し、敵爆撃隊を迎え撃った。
転移で前線へ移動する『日高見』から、マ式エンジン搭載の白電、震電といった局地戦闘機が発進。高高度でも速度を失わない高速迎撃機が、異世界帝国重爆に襲いかかった。
空対空転移誘導弾、30ミリ光弾機関砲などの重火器が、堅牢な装甲を持つオルキやパライナ重爆を、シールドの有無関係なく撃墜していく。
重爆側も搭載機銃で反撃し、数機を返り討ちにしたが、それでも櫛の歯が欠けたように機を失っていった。
数のこともあって、一度ではまだまだ戦力を有していた異世界帝国重爆撃機隊。
しかし、ここから日本軍は執拗だった。前線の防空圏を抜けたと思ったら、日本機は転移で先回りし、反復攻撃を仕掛けてきたのだ。
『日高見』自体が転移で本土方面へ先回りすることもあれば、展開している火山重爆撃機改の転移爆撃装置を応用した味方航空機移動術で、迎撃機を引き寄せることもあった。
トータルで見れば、日本側の数はそれほどでもないが、異世界帝国側からすると、縦深陣地を一から突破させられているようなものだった。
一度で終わらない迎撃で、損害は拡大。一発で駄目なら倒れるまで殴る、を愚直に繰り返す日本軍。これでは日本本土に辿り着く前に壊滅する――異世界帝国軍爆撃隊は、やがて攻撃を諦め引き返した。
だが、そこに転移ゲートはない。第九艦隊によって飛行場もろともゲート発生機が破壊されたからだ。
手近な場所に基地がない爆撃隊は、行き場を失い、燃料切れと共に太平洋に着水、そして果てるのだった。