第九〇九話、残敵掃討は難儀なり
「敵旗艦、爆発! 沈没しつつあり!」
連合艦隊旗艦『出雲』にて、その光景を目の当たりにした連合艦隊司令部は、どよめいた。
神 重徳首席参謀は顔を綻ばせる。
「勝ちましたな。おそらくこれで敵は総崩れとなりましょう」
「艦隊を統率する大型旗艦が失われたのだ」
古賀 峯一連合艦隊司令長官は頷いた。
「敵の士気も下がるだろう」
「このまま敵を撃滅し、二度と本土攻略ができないようにしてやりましょう!」
神は鼻息が荒かった。
内地が攻撃されたのだ。敵重爆撃機の本土空襲を許した手前、ここで徹底的に叩いて勝利を収めねば、国民は納得しないだろう。
「どう思う、参謀長?」
古賀が、草鹿 龍之介連合艦隊参謀長に尋ねる。
「戦線が混沌としております。双方、入り乱れている状況ですので、一度整理のために集結を図るべきかと」
第一機動艦隊をはじめ、第一艦隊の巡洋艦や水雷戦隊もまた、異世界帝国艦隊の中に突っ込んでいる状態だ。敵旗艦との撃ち合いをしていた戦艦部隊にしろ、距離が近く、敵水雷戦隊が、果敢に接近を試みている。
「特に敵駆逐艦の数が多いため、戦艦隊はもう少し距離を取らないと、思わぬ雷撃を受けるかもしれません」
距離が近いということは、魚雷の射程にいるということ。魚雷射程の外ならば迎撃の余裕もあるだろうが、今は乱戦にかこつけて、ちょっと近づいただけで雷撃される可能性もあった。
ここにきて、戦艦部隊に無用な被害を出すのは得策ではない。
「うむ。各戦艦戦隊には、中・遠距離からの砲撃を行うよう、敵艦隊から距離を取らせろ。水雷戦隊は突撃。巡洋艦戦隊は、敵駆逐艦の突撃を阻止!」
古賀は命令を発した。
異世界帝国艦隊の残存艦に対して、連合艦隊は砲火を叩き込む。重巡洋艦は20.3センチ砲を、軽巡洋艦は15.5センチまたは15.2センチ砲を、異世界帝国駆逐艦にぶつける。
残存する敵巡洋艦には、雲仙型などの大型巡洋艦が30.5センチの巨砲で、叩きつぶしていく。
総旗艦が沈んだにも関わらず、異世界帝国艦隊は攻勢の手を緩めなかった。
これは連合艦隊司令部の想定外であり、敵は士気を喪失するどころか、より積極的に前進してきた。
距離を取ろうとした戦艦部隊に、追いすがるようにカリュオン級、エリヤ級といった駆逐艦が白波を立てて突進してくる。
「あいつら、旗艦が沈んだことに気づいていないのか!?」
その果敢さに、さすがの神も血の気が引く。第一、第五戦隊の播磨型戦艦群は、高角砲を迎撃に振り向け、味方巡洋艦を突破しようとする敵駆逐艦に攻撃を集中する。
混沌だ。
第一、第三水雷戦隊は、すでに敵陣深くで砲・雷撃を行い、脱落、沈没艦を出している。異世界帝国艦の魚雷が海面下を疾走し、踏み抜いた巡洋艦『那智』が浸水による傾斜。軽巡洋艦『黒部』が、推進器を破壊され、航行能力を大幅に失った。
第一機動艦隊水上打撃部隊と共同で、異世界帝国本営艦隊を攻撃した第一艦隊だったが、結果的に、その戦いは敵を一隻残らず沈めるまで終わらなかったのであった。
つまり、本営艦隊は、最後の一隻まで逃げることなく戦い続け、最後の一隻もまた日本艦隊へ突撃し、前のめりに沈んでいったのであった。
・ ・ ・
「軍令部より、各戦線で異世界帝国艦の撤退を確認した、と報告が入りました。我が方の勝利です!」
第一機動艦隊、旗艦『浅間』にてその報告が飛び込むと、司令長官の小沢 治三郎中将と参謀長、神明 龍造少将は視線を合わせた。
「勝利、か」
「さすがに手こずりましたね」
「異世界人の敢闘精神は、敵ながら天晴れというところだ」
小沢の表情は硬い。わかっていたことだが、近距離での砲戦は、味方にも相応の被害をもたらした。
装甲によって致命傷を免れたとはいえ、非装甲区画では普通に爆発が起きて損傷し、修理が必要だ。
装甲部分を抜かれて、沈んだもの、大破したもの。敵は叩いたが、味方もやられた。
「一息つきたいところだが、そうも言っていられんのだろうな」
小沢が自嘲すれば、神明は首肯した。
「我々は、南極遠征作戦の途中で切り上げてきましたから。陸軍が基地攻略に頑張っている今、放置もできません」
「そうだった。それもあったな」
小沢は苦笑した。
「まず重爆の出所を突き止めて、本土空襲の危険性を除去するほうが先だと思っていた」
「そちらも大事です。いえ、国民の安全確保の観点からすれば、長官の仰る通りです」
軍令部には、その旨進言してあるので、連合艦隊が敵艦隊との交戦で手一杯である以上、任せるしかないと思っていた神明である。
「連合艦隊から戦力を抽出し、そちらに対処することになるでしょう」
「まあ、連合艦隊司令部が、その辺り断を下すとは思うが」
どれくらい残っているか、と小沢は呟いた。それ以前に、燃料、弾薬の補充が最優先だろうか。
南極遠征、そして本土防衛戦で、参加艦艇は消耗しているとみて間違いない。戦闘可能艦がどれほど残っているかはわからないが、補給がなければどの道、戦えない。
・ ・ ・
その頃、ムンドゥス帝国陸軍第37航空団は、燃料補給のため、太平洋上を南下していた。
日本艦隊に対する誘導兵器による高高度爆撃に出撃したものの、敵艦隊は転移で逃げたため、攻撃できずに結局引き返す羽目になったのだ。
『まだ地上を爆撃した連中のほうが、有意義な出撃だっただろう』
そうぼやかずにはいられない。日本の東京、大阪、名古屋、そして九州方面への爆撃隊は、その工場施設への爆撃を敢行した。
事前に、日本軍の飛行場を奇襲したこともあって、迎撃を突破。損害は出たものの、本土爆撃自体は成功と言ってよいだろう。
今後、ゲートを行き来し、定期的に日本を爆撃する――その予定であったが、地球征服軍の主力艦隊が、日本艦隊に敗れたと聞き、爆撃機乗りたちは、次の爆撃がどうなるのかまったくわからなかった。
「何はともあれ、今は戻るだけだ」
機長が、クルーらにそう言い聞かせ、彼らは不安を抱えつつ帰還を続けた。……その後ろを、日本海軍の遮蔽偵察機『彩雲』が追尾しているとも知らずに。




