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第九〇八話、最期の時


 ゲラーン艦隊の索敵範囲に出現、艦載機を展開させて離脱したのは、第一機動艦隊の空母群だった。


 敵前での攻撃隊展開を終えた第五航空戦隊『大鳳』『翔鶴』『瑞鶴』『飛隼』、第七航空戦隊『赤城』『飛龍』『蒼龍』『雲龍』は転移で再び離れたが、攻撃隊はそのまま異世界帝国艦隊に殺到した。

 戦艦『大和』『信濃』の最大射程の46センチ砲による超長距離砲撃に度肝を抜かれ、動揺を隠せない異世界人らは、日本機の接近に慌てる。


 充分な対空迎撃に移る前に、流星改艦上攻撃機が、四式転移誘導弾を次々に投下。砲撃戦に向けての単縦陣を形成していたゲラーン艦隊は、濃厚な弾幕展開が不可能と判断。防御シールドを張った。


 何もおかしなこともない自然な対応だった。しかし転移誘導弾は、そのシールドを転移ですり抜けると、ゲラーン・コレクションの艦艇に入り込み、その恐るべき破壊力を解放した。


 ヨルク代艦級巡洋戦艦の『ヨルク』が、紀伊型戦艦の『紀伊』が、エルザッツ・モナルヒ級戦艦が、H級戦艦が次々に爆沈、または艦体をもぎ取られて漂流した。

 征服軍第一艦隊の戦力は半減してしまった。


『重巡洋艦「サン・ルイ」轟沈!』

『戦艦「フニャディ」大破! ワレ航行不能――』


 重なり凶報に、旗艦『クレマンソー』のゲラーン・サタナス中将は、心が折れた。


「撤退だ……。撤退しろ」

「はあ――?」


 ストラテゴス参謀長は、老練で厳めしいその顔をしかめた。


「閣下、今、何と――」

「撤退だ!」


 ゲラーンは怒鳴ると、司令官席にドスンと座った。まるで拗ねた子供のようであった。


「艦長、転移ゲートを開け。『クレマンソー』には装備されているはずだ」


 そう命じた。転移ゲート艦がやられてしまった時のための保険に載せた。作戦前の追加装備なので、試運転もしている余裕はなかったが。


『敵誘導弾、本艦に接近! その数四!』


 レーダー士が絶叫した。息を呑む司令部要員たちをよそに、ゲラーンは再度怒鳴った。


「直撃する前に転移で逃げるんだよ! 急げ!」


 くそっ、とゲラーンは吐き捨てた。ストラテゴスは表情を変えず、ゲラーンの傍らに立った。


「坊ちゃん……」

「やめろ」


 ゲラーンはバツの悪い顔になる。かつての教育係である老将を前に、ゲラーンは天を仰いだ。


「俺は今、泣きそうなんだ」


 おそらく間違った判断をしているのだろう、多分そうだ。ゲラーンは思う。自分は今、司令長官として冷静ではない。


「悔しいなぁ……」

「ですな」


 ストラテゴスは軍帽を被り直した。戦艦『クレマンソー』は転移ゲートを展開。誘導弾が転移する寸前、範囲内の残存友軍艦共々、転移で逃れた。



  ・  ・  ・



「敵一個艦隊、転移にて離脱しました! 前後の状況から敗走したものと思われます!」


 連合艦隊旗艦『出雲』の艦橋で、ゲラーン艦隊が撤退した報が届けられると、参謀たちは歓声を上げた。


「おおっ!」

「残すは、目の前の主力のみだ!」


 第一艦隊は、異世界帝国艦隊――本営艦隊に対して猛撃を加えている。

 最大の火力を持つ第一戦隊『播磨』『相模』『安芸』は、異世界帝国艦隊旗艦と思われる大型航空戦艦――『プルートー』に対して、51センチ砲を撃ち込む。1950キロ――ほぼ2トン近い重量弾が、その堅強な防御シールドを叩き、やがて、その守りを砕いた。


 こうなるとしめたもの。全長435メートルの巨体めがけて、戦艦部隊の砲火が集中する。『出雲』の46センチ砲に加え、第五戦隊の『肥前』『周防』『越後』もまた51センチ連装砲を、敵旗艦に集中する。


『プルートー』も艦体の至るところに装備されている43センチ四連装砲で反撃するが、複数艦からの連続攻撃に、被弾、炎上していく。

 急降下爆撃にも耐えられる装甲も、戦艦の大砲の前には無力。飛行甲板は砕け、格納庫内もまた機材が吹き飛んだ。


 甲板にあった艦載機は、砲戦が始まった時に緊急発進させたおかげで、燃料などの誘爆は避けることができた。だがより深刻な被害が、『プルートー』を蝕んでいった。



  ・  ・  ・


「事ここに至っては、もはや挽回の手段はあらず」


 ムンドゥス帝国地球征服軍司令長官、サタナス元帥は、ただ静かに司令官席に腰掛け、正面を注視していた。

 43センチ砲の砲声が響き、艦をわずかに震わせたが、すぐにそれよりも数倍強い揺れ――敵弾命中による破壊による衝撃が凄まじかった。


 この『プルートー』は、主砲は43センチだが、防御に関しては対45センチ弾対応であった。総旗艦級ということもあり、堅牢さは重視されていたのだ。


 しかし、相手は46センチ砲に、51センチ砲とさらに格上の威力を持つ砲弾であった。対応防御より上の攻撃の一、二発であれば、どうとでもなるが、シールドを失った上に十数発も浴びれば、その戦闘力は時間と共に失われていった。

 ただでさえ25ノットが最大の『プルートー』だったが、機関も被弾により傷つき、10ノットも出なくなりつつあった。機動性が失われれば、さらに敵弾の命中精度が上がっていく。負のスパイラルである。


『征服軍第一艦隊、戦線離脱の模様!』


 その報告に、サタナスは何も言わなかった。息子のゲラーンは逃げたか――それ以上でも、それ以下でもなかった。


 ――その選択は、ムンドゥスの戦士としては、茨の道ぞ……。


 心で思っても、やはり口には出さなかった。


「マディス」

「はい、閣下」


 仙人めいた風貌の参謀総長であるマディスは背筋を伸ばした。


「貴様には、長々世話になったな」

「最後は勝利の力添えができず、申し訳ございませなんだ」

「若い頃には、貴様には随分と助けられた。悪くは言うまいよ」


 ムンドゥス帝国の戦士として、前線を駆け回った日々が懐かしい。過去の栄光といってしまえばそれまでだが、その頃あっての地球征服軍司令長官、そして元帥であった。


「いいところがなかったな。もはや、わしのような老兵には、前線に居場所などなかったのだな」


 旗艦『プルートー』の艦首は、敵大型戦艦――播磨型に向く。のろのろとそれでも前進し続ける。この総旗艦級を与えられた時は、皇帝の期待の現れと興奮したのをおぼえている。あれはどれくらい前か――


「口惜しいのぅ。一矢報いることもできんか」


 次の瞬間、戦艦『越後』の放った砲弾が、司令塔を直撃した。地球征服軍の総指揮官であり、数々の地球勢力の軍人を葬ってきた宿敵とも言える男は、爆発の炎の中に消えた。

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