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第九〇四話、紫星艦隊、撤退する


 作戦は失敗。そう言ったヴォルク・テシス大将に、司令部参謀たちは驚いた。


「閣下、どういうことですか!?」


 首席参謀のフィネーフィカ・スイィ大佐は信じられないという顔をした。普段冷静なジョグ・ネオン参謀長も眉をひそめる。


「あの氷壁ですか?」

「そうだ。あれが我が陸軍の上陸を阻んでいる」


 何が悪いかと言えば、あの氷の壁のせいで、上陸地点にたどり着けないということだ。敵地上陸を図る上で、海に面していればどこでもいいわけではない。現状、断崖絶壁がそびえていて、舟艇から兵が降りることができなくなっている。


「あの使い方は、むしろ唸らされた。一本取られたよ」


 テシス大将も脱帽である。

 これでムンドゥス帝国軍は、日本本土上陸が非常に困難、もしくは不可能になった。


 あの氷壁は、転移機能を持っているから、舞鶴だけでなく、日本のどこでも敵が上陸しようとしている地点に移動させて文字通り壁として機能する。

 武器を抱えた兵に、絶壁を超える装備などあるはずもない。十数キロもの壁を置かれてしまえば、よほど広い海岸線であっても相当な迂回を強いられ、戦場によっては上陸する隙間すらなくなることもあり得る。


 現に、第四軍は舞鶴に向かうことすらできなくなっている。位置をずらせば、とも思うかもしれないが、迂回を強いられた上で、壁が転移で移動するから常に上陸部隊の正面十数キロに回り込まれ、立ち塞がれてしまうのだ。


「我々は、あれの衝突を回避する術を手に入れたが――」


 テシスは考え深げに、氷壁を見やる。


「あの壁を破壊する術がない限り、上陸作戦は無理だ」

「しかし、長官。我々の任務は――」

「そうだな。サタナス元帥閣下にとっては、何が何でも成功させたい作戦であろう」


 だが我々は違う――テシスの表情は実に冷めていた。


「まったく手がないわけではないが……いや、まだ検討せねばならないことが多すぎる。それを敵地で試すだけの余裕はない。撤収だ」


 それでなくても『ギガーコス』『ドランシェル』は大きなダメージを受けている。早々に戦線を離脱し、修理せねばならないほどに。

 紫星艦隊は残存する上陸船団と合流し、若狭湾より離脱にかかる。じっと考え込むテシスに、ネオンは尋ねた。


「ちなみに、どういう手を考えられたのですか? あの氷壁を破る方法について」

「思いついたのは、我が艦隊は、クリュスタロスを溶かす対策を持っているということ」


クリュスタロス=異世界氷。テシスの発明であるこの特殊氷を溶かす装備を、紫星艦隊艦艇は装備している。


「その艦であの壁に近づけば、溶かして道を作ることができる」

「おお、では突破口が啓開できるわけですな」

「向こう側に行くことも可能だろう。だが壁を抜けた地形がわからないし、敵が待ち伏せをしているかもしれない」


 道を切り開いた艦が座礁してしまうかもしれない。あるいは出てきた瞬間、集中砲火を受けて破壊される可能性もある。


「それで動けなくなってみろ。せっかく開いた道が通行できず、続く舟艇も結局、止められてしまう」

「つまり、結局、上陸はできないと」

「対策をすれば可能だが、そもそもの問題点が他にもあるかもしれない。よく考えもせずに、思いつきだけで動けば犠牲だけ増やす結果になるだろう」


 次までに手を考えるしかない。テシスは心の中で呟くのだ。


 ――まあ、サタナス元帥閣下に、次はないのだろうが。


 その時だった。

 光が瞬き、『ギガーコス』の右側面に光弾が連続して直撃した。爆発、そして振動が13万トンの巨艦を襲った。


「被害報告!」


 ディレー艦長が叫ぶ。観測所はおろか、レーダーも反応しなかった中での攻撃だ。


「シールドはどうした!? 張ってあったはずだろう!?」


 ダメージリポートより先に、ディレーが確認している。何の前触れもなく、突然殴られれば、慌てもする。


「敵か!?」

「確認急げ! 観測!」


 参謀らが慌てるが、真に指示を出すのは艦長の役目であり、参謀たちの仕事ではない。


『右舷方向より再度、光弾!』


 その観測所の報告と被弾の衝撃はほぼ同時だった。いや、内容を理解する前に食らっていた。敵の姿が確認されていない時点で、テシスは察した。


「日本軍の遮蔽艦か」

「!」


 ネオンがその言葉に反応し、ディレー艦長もそれを耳にし、瞬時に判断した。


「光源のあった方向に使える砲を振り向け、射撃始め! 副砲、高角砲なんでもいい! そこに敵がいるぞ!」


 しかし、被弾が相次いだ『ギガーコス』の右舷砲の大半が破壊され、わずかな8センチ光弾砲、13センチ高角砲が反撃するに留まった。しかも相手の姿が見えていないから、気休めにしかならなかった。


 そうこうしているうちに、第三射が『ギガーコス』を襲った。司令塔に一発が直撃したが、内部シールドによって貫通はしなかった。


「……まったく」


 テシスは口元を歪める。


「この戦艦(フネ)でなければ、私は二度死んでいたぞ」


 敵の光弾は、ルクス三連砲による攻撃だろう。防御シールドを貫通するそれは、同じ場所に三連続で当てることで、シールドに一発を通す武器である。

 通常の防御シールドを貫通した時点で、通ってきたのは通常の光弾が一発のみとなる。だから二枚目のシールドは貫通できないのである。多重防御シールドと考え方は同じである。



  ・  ・  ・



「何で沈まない!?」


 巡洋戦艦『武尊』の尾形 七三郎大佐は、46センチ三連光弾連装砲の直撃に耐えるギガーコス級戦艦に驚愕した。

 敵が50センチ砲級搭載戦艦であることは想定されている。その装甲防御力も、50センチ砲の直撃に耐えるものであろう。


 だがその装甲も射程によって効果も変わる。46センチ砲に匹敵する『武尊』の光弾を、近距離から浴びせられては、いかにギガーコス級とて無傷では済まない……はずだった。


「主砲の弾薬庫も駄目、艦橋も駄目、どうなっとるんだ、あのフネは!」


 浅野砲術長の正確無比な射撃で、戦艦にとっても急所となる部分を狙ったつもりだったが、それを以てしても、ギガーコス級は耐えたのだ。


 ――ようやく捕捉したのに、仕留められないとは……!


 ギガーコス級追尾を命じられて、何とか追いかけ、若狭湾で捉えた。艦隊が現れ、見つからないように近づくのも苦労したのだが、その苦労も報われなかった。

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