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第九〇二話、挟撃される日本艦隊


 若狭湾での戦いは、舞鶴に迫る異世界帝国紫星艦隊に対して、日本海軍は二個艦隊を投じて、背面奇襲を仕掛けた。

 上陸第四軍を載せた揚陸艦などを砲撃し、敵陸軍の上陸を阻害にかかる日本艦隊であるが――


「後方海域に、光!」


 突然の見張り員の報告が、第七艦隊旗艦『長門』の艦橋に響いた。

 戦いは正面で繰り広げられている中での後方。海を割るように走る光は、魔法陣型転移ゲート。その光から紫色に塗装された艦隊が姿を現す。


「後方! 紫の艦隊!」

「なにっ!?」


 阿畑参謀長が目を見開けば、佐賀作戦参謀が歯噛みした。


「しまった……! 交戦域の背後から現れるのは、紫の艦隊の常套だったのに……!」


 舞鶴鎮守府に向かっている艦隊が、紫の艦体色の旗艦だが、それ以外は緑の艦であるところで気づくべきだった。

 本命の紫――紫星艦隊の主力がまだ伏せているということに。



  ・  ・  ・



「――陽動でもなく、本隊と錯覚させれば、使い古した手でも敵を欺けるものだ」


 ヴォルク・テシス大将は、戦艦『ギガーコス』の司令塔にいて、第七艦隊の後方に引き入れた紫星艦隊に命じた。


「全艦、砲撃を開始。第一射は大雑把でよい。敵を慌てさせてやれ」


 戦艦『ギガーコス』の50センチ連装砲が豪砲一発。付き従う紫のオリクトⅡ級戦艦、緑のエクエス級戦艦も40.6センチ三連装砲を次々に発砲した。

 それらは雨あられとなって、第七艦隊を襲った。無数にあがる水柱。最初から艦首側の全門斉射に、一時的に双方の艦影が見えなくなるくらいの水が巻き上げられた。


「向こうさんも、泡をくっているでしょうな」


 ジョグ・ネオン参謀長は、戦場というより教室で教鞭をとっているかのような平静さを保って言った。


「あれだけ水柱に囲まれては、こちらの物量を勝手に誤解してくれそうだ」

「こちらの数を把握しようとしているのは間違いない」


 テシス大将は目を細める。


「その間もなく、いきなり撃たれれば誤認もするだろうよ」


 水柱の数もまた、敵情の把握に用いられるだろう。だが冷静に把握しようとしている者よりも、襲撃されたことで頭に血が上っている者のほうが多いに違いない。


『シャラガー隊、もう一群の日本艦隊に対して砲撃を開始!』


 戦艦『ドランシェル』が転移で呼び寄せたもう一艦隊――シャラガー中将の艦隊が、日本の第三機動艦隊水上部隊に対して撃ち始めたのだ。


「敵は挟撃されました。……果たして、どちらに向かってきますかな?」


 ネオンが問えば、テシスは顎に手を当て考える。


「そうだな。常道であれば、より脅威の高い我が隊に背中を向けたままというのは得策ではない。反転し、応戦という流れではあるが……」

「常道でなければ……?」


 テシスの言い回しに、参謀長はそう反応した。紫星艦隊司令長官は首を傾ける。


「上陸船団を盾にするために、こちらには目もくれず、さらに船団の懐に入り込む」

「なるほど。こちらが誤射を恐れて躊躇うのを期待する、と」

「より積極的な指揮官であれば、短距離で転移を使って、我が艦隊に直接殴り込んでくるやもしれない」


 獰猛な猛獣の如く、テシスは目を輝かせる。


「見たところ、日本艦隊は、やや旧式が目立つ。まともな距離での砲戦は彼らにとっても不利であろう。であるならば、多少の装甲差を覆せる肉薄砲撃などが、この場合の次善の手だ」

「最善の手は?」

「今、この瞬間、我らの背後に別の日本艦隊が現れる。もしくは、目の前の艦隊が転移で離脱する、かな」



  ・  ・  ・



「戦艦『日向』、被弾!」


 第四戦隊最後尾の戦艦に、敵戦艦の砲弾が突き刺さった。爆発、煙が上がったが弾薬庫などではなかったらしく、轟沈はしなかった。

 第七艦隊旗艦『長門』で、阿畑参謀長が安堵する一方、武本中将は険しい顔のままだった。


「この状況は、よろしくない」

「長官、反転して敵を向かい撃たないと、危険です!」


 阿畑が進言するが、武本は即答しなかった。振り向いたところで、危険なのは変わらない。得られるのは前を向いているという、せめてもの納得感だけではないのか。

 武人は背中を敵に晒さない。なるほど、その理論で言えば反転すべきであろう。それでやられても自己満足を抱いて死ねるだろう。だがそれでは意味はない。


「第十二戦隊、反転!」


 右翼隊だった『近江』『駿河』『常陸』が船団への突入をやめて、後方の敵へと艦首を向ける。

 艦隊を分離させていたから、戦隊指揮官が独自の判断を行ったものだろう。


「通信! 第十二戦隊ならびに、艦隊各艦に命令! 後方の敵に向かわず、正面の敵船団を突破せよ!」

「迎え撃たないのですか!?」

「復唱はどうした!」


 武本は自身の命令を実行させると、次の指示を出した。


「海氷島司令部に、転移要請を出せ」

「紫の艦隊にぶつけるのですか? ……いやしかし――」


 全長14キロ、ジブラルタル海峡を封鎖した異世界氷の壁。


「敵に海氷体当たりは無効化されました」


 佐賀作戦参謀が発言した。


「分艦隊に通用しなかったのです。本隊に当たるとも思えませんが……」

「やるだけやるってことですか?」


 阿畑が言えば、武本は首を横に振る。


「おそらく海氷アタックは通用せんだろ。だがあの巨大な壁は、何もぶつけることが全てではあるまい。要は使い方よ」


 その時、爆発音が響いた。これは被弾したようだが、揺れがほぼないところかして、当たったのは別の艦か。


「『陸奥』被弾! 損傷度不明!」

「十二戦隊、敵の砲火が集中しつつあり!」


 立て続けに報告が届く。武本は口元を引きつらせた。


「これは、早いとこ動いてもらわんと、先にやられてしまうかもしれんな」

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