第九〇一話、若狭湾海戦
若狭湾に展開する異世界帝国艦隊は二群に分かれ、それぞれ上陸船団を伴っていた。
船団に先んじて、戦艦、重巡洋艦の水上打撃部隊が、舞鶴鎮守府に迫る。
近隣飛行場から飛び立った日本軍攻撃隊は、奇襲による混乱と復旧の遅れから、まとまった数を出せず、異世界帝国のエントマⅡ高速戦闘機によって返り討ちにあった。
だが、日本軍も黙ってはいない。転移中継ブイの投下で、転移点を作ると、第七艦隊が突撃を敢行したのだ。
「敵の注意を引くのだ」
第七艦隊司令長官、武本 権三郎中将は、旗艦『長門』の艦上にあって、異世界帝国艦隊を見やる。
「異世界人に、敵は前だけではないと思い知らせてやれ」
第四戦隊『長門』『陸奥』『伊勢』『日向』の艦首の主砲が、正面の敵上陸船団、その後方を守る新型の巡洋艦――ミーレス級巡洋艦に向けられる。
この未確認の巡洋艦は、全長205メートル、20.3センチ四連装砲を艦首二基、艦尾一基の計十二門を装備する重武装艦だ。
しかし相手は日本の戦艦。いかに堅牢であろうと巡洋艦では、戦艦の41センチ砲に耐えられるものではない。
『長門』『陸奥』は艦首四門、『伊勢』『日向』は艦首三門の41センチ砲を発砲。全門を振り向けられない代わりに、快速を飛ばして距離を詰める。まるで水雷戦隊のように果敢に突っ込み、その狙いも中々に正確だ。
異世界帝国巡洋艦戦隊は、丁字を描くように、日本戦艦の単縦陣の前に占位するが、『長門』以下四隻は、構うことなどないとばかりに突進した。
蹴飛ばされるように砲弾を喰らったミーレス級がよろめくように吹っ飛ぶ。二隻の重巡が航行不能になる大打撃を受けるが、ミーレス級も反撃する。
「防御障壁!」
艦長が叫んだが、衝撃が先頭を行く『長門』を揺さぶった。武本は視線をやる。
「被弾したな」
「障壁が間に合わなかったようですな」
阿畑参謀長は顔をしかめた。双方の艦隊の距離が近すぎて、一隻の敵艦の砲弾が防御をすり抜けたのだ。だがもう一隻のほうはギリギリ防御障壁で受け止めることに成功した。
「被害報告!」
『左舷前部高角砲二基、ほか機銃座が損傷! 艦内装甲で敵弾を阻止のため、機関等に異常なし!』
副長からの報告により、比較的軽微な損害で済んだことがわかる。艦長が指示を飛ばす中、武本は安堵する。
「この長門も、中々に老嬢の域だからな」
竣工が1920年、ワシントン軍縮条約の前の戦艦だ。ビックセブンなどと言われていたのも過去の話。近代化改装、改修を重ね、魔技研によりピカピカになったとはいえ、性能については、如何ともしがたい。
「まあ、囮役にはなれたかな」
「第十二戦隊、第七巡洋艦戦隊、突入します!」
見張り員の報告が飛び込む。
第四戦隊の単縦陣の右手には、第十二戦隊の『近江』『駿河』『常陸』の三戦艦が砲を撃ちながら、敵護衛艦列に切り込む。
左を見れば、大型巡洋艦の『九重』『那須』『六甲』『蔵王』が30.5センチ砲の強打を敵艦に浴びせながら、揚陸艦や輸送艦の間へ突っかかっていく。
フランスの戦艦だったクールベ、プロヴァンス級を回収し、改修したこれらは、以前は重巡につけられていた名前を流用し、現在のものとなっている。
「いいぞ、このまま敵陣に突っ込め」
武本は相好を崩す。
舞鶴方面を向いている敵艦隊だが、第七艦隊が斬り込んできたことに慌てて、いくらか戦力を反転させているだろう。
しかし、こちらが上陸船団の中に入ってしまえば、味方撃ちを恐れて、撃ちづらくなる。
――数で劣勢な分、盾にさせてもらうぞ!
敵巡洋艦戦隊の列を横切り、船団に迫る『長門』以下、第四戦隊。改装の際、ケースメートの副砲は全て撤去されているが、12.7センチ連装高角砲や8センチ光弾砲などは射程などでそれらもガンガン撃ち込む。
積荷の弾薬に火がついたのか、派手に爆発する輸送艦。まだ舟艇を抱えている揚陸艦にも、矢継ぎ早に砲弾が突き刺さり、たちどころに行き足が止まり、炎上する。
だが、小口径砲が届くのは、異世界帝国側も同じである。揚陸艦や輸送艦に備え付けられた10センチ以下の砲が、ないよりマシという勢いで放たれる。目測での照準でも狙える距離ゆえ、突入した日本艦にも砲弾が届き、火花を散らすような爆発を起こす。
「蜂の一刺しだ」
武本は顔をしかめる。
「こういうのが砲戦では危ないんだ」
日露戦争経験者の老練な提督は言うのだ。阿畑参謀長は、あまり深く考えていないような顔になる。
「司令塔に下りますか?」
「馬鹿者、指揮官がそう簡単に装甲の覆われた場所に下りられるか。東郷元帥を見習え、東郷元帥を!」
日露戦争での英雄、軍神化されている東郷 平八郎元帥。武本などは、その東郷を上官として直に見てきた世代だけに、今の若い者たちより、指揮官とは――とうるさいのである。
「こんなもの、日本海海戦の時に比べたら――」
なとど、今でいうところの近接砲撃戦も、かの時代でいえば普通の距離である。
「――敵主力艦隊にて、爆発を複数確認!」
見張り員が咆えるように言い、阿畑は口元を引きつらせた。
「いよいよ敵の戦艦部隊が、ぶっ放してきましたかね……!」
「いや……」
武本は双眼鏡を覗き込む。
「あの煙は、砲撃ではないぞ」
さらに航空機の姿――それらは日の丸をつけている。友軍機――流星改二だ。それが何もないところから現れて、大型誘導弾を発射している。
「どうやら、味方の機動艦隊から奇襲攻撃隊のお出ましだ!」
そう、それはまさしく第三機動艦隊の攻撃隊だった。
九州沖から、第一機動艦隊は関東へ移動する一方、第三機動艦隊は日本海へと転移した。
第六、第八航空戦隊の空母七隻、『紅鳳』『神鳳』『星鳳』『雷鳳』『幡龍』『白鳳』『蒼鳳』から艦載機が発艦!
さらに、三機艦の水上打撃部隊も、奇襲攻撃隊が襲撃し、艦列を乱れさせている敵艦隊の近くに現れ、突撃をかけていた。
「三川め、ようやるわい」
武本はニヤリとする。
三川 軍一中将の旗艦『越前』に続き、『能登』『美濃』『和泉』『伊豆』『岩代』の六戦艦が、大型巡洋艦3、重巡洋艦4と共に殴り込んだのであった。