第八〇〇話、優勢不利
その戦いにおいて、米海軍のモンタナ級戦艦は、新鋭かつ厚い装甲で設計通りの堅艦ぶりを発揮した。
交戦するオリクトⅡ級戦艦の主砲が50口径40.6センチ砲に対しても安全距離で戦ううちは、バイタルパートを貫通することはなかった。
自艦の主砲の攻撃に耐える装甲があってはじめて、戦艦を名乗ることが許される。その定義に従えば、モンタナ級は堂々たる戦艦であった。
一方、それはオリクトⅡ級戦艦にも言える……かと思えば、実はアメリカ側がスーパーヘビーシェルと言われる重量弾を使うことで威力を底上げしている分、一発当たりの威力ではやや劣勢であったりする。
しかしその不足を防御シールドが補っており、残念ながら防御面では、ムンドゥス帝国戦艦に軍配が上がる。
第一戦闘軍団司令長官、パーン・パニスヒロス大将は、戦場を俯瞰し、戦況を見守る。
オリクトⅡ級戦艦群は、その防御シールドの耐久力が限界に近づきあった。やはり、アメリカ艦隊の超重量弾の連打は強力の一言である。特にモンタナ級と撃ち合っている艦は、直に直接装甲で攻撃を耐える必要に迫られるだろう。
では、こちらの攻撃はどうなのかと言えば、米戦艦はシールドもないのに、よく持ちこたえていた。もっとも、それはモンタナ級に限っての話ではあるが。
戦艦列の後ろにいくほど、被害が大きくなっているのが、見ればわかる。
モンタナ級戦艦5隻の後ろに続くのはアイオワ級が5隻。全長270メートル。パナマ運河を通行できるギリギリの33メートルに絞ったその艦型は、スマートそのもので、如何にも速そうな見た目だ。
基準排水量は、軍縮条約の制限――エスカレーター条項込みで4万5000トンのところをオーバーして4万8450トン。主砲は、モンタナ級と同じ50口径40.6センチ砲を三連装で三基。22万1000馬力で33ノットを発揮する快速艦である。
が、その装甲防御力は、実は前級のサウスダコタ級と同様の45口径40.6センチ砲対応のものとなっており、硬さ自慢の米戦艦といえど、少々50口径40.6センチ砲相手には分が悪い。
二番艦の『ニュージャージー』以外の5隻が揃っている大西洋艦隊のアイオワ級だが、オリクトⅠ級ならともかくⅡ級の相手は絶対的な優位はない。
『アイオワ』『ミズーリ』は未だ砲撃を続行しているが、激しく黒い煙が流れている。さらに5番艦である『ケンタッキー』は、舵をやられたのか列から離れて落伍していた。
これでもアイオワ級はまだマシと言える。
続く、サウスダコタ級『マサチューセッツ』『アラバマ』は――
『敵戦艦12番艦、爆沈!』
たった今、戦艦『アラバマ』が弾薬庫が誘爆したらしく、大黒煙を噴き上げて、その艦を沈めた。
『マサチューセッツ』は、すでに砲火が途絶え、列から離れている。朦々たる煙が、もはや戦闘力がほとんどないのを物語る。
最後尾に位置しているのは、『コロラド』『ジョージア』『ロードアイランド』『デラウェア』だ。
コロラド級戦艦――その近代化大改装によって、速力28ノットに強化された改コロラド級――というのがネームシップにして、開戦時から生き残ってきた幸運艦『コロラド』。残る3隻は、日本海軍から貸与された改長門級戦艦である。
これらは45口径40.6センチ連装砲四基八門と、16インチ砲ではあるものの、米戦艦群では、砲門数が一番少なく、些か型落ちは否めない。
オリクトⅡ級戦艦とまともに殴り合えば、先に大きなダメージを受けるのは、コロラド級の方だろうと想像するのは容易い。
そして事実、その通りになった。
開戦から、戦場にいなかったことで生き残ってきた『コロラド』もついに最期を迎えた。
艦体を貫いた砲弾により、満身創痍となり、静かに沈もうとしている。轟沈しないのは、一時は過剰と言われた装甲をまとった堅艦の意地だったのかもしれない。
『ジョージア』は、すでに沈み、『ロードアイランド』『デラウェア』も毒々しい煙を吐き出しながら、撃沈も時間の問題だった。
パニスヒロス大将にとって、時間と共に自軍が有利になっていくのがわかる。ただでさえ、米軍より戦艦数が多い第一戦闘軍団主力である。
米戦艦が1隻、また1隻と沈没ないし、戦闘不能していくだけ、こちらの火力は増していくのだ。
余剰の戦艦は、その攻撃の矛を、大型巡洋艦――アラスカ級に向ける。
30.5センチ三連装砲を振り回し、プラクスⅡ級重巡洋艦を撃破していたアラスカ級だが、オリクトⅡ級戦艦による鉄槌を下されることになった。
12インチ対応防御のアラスカ級では、16インチ砲の打撃には耐えられない。4インチの差は、非情だ。
大巡として、4インチ格下の重巡を蹴散らしていたように、4インチ上の火力を持つ戦艦から撲殺されるのである。
巡洋艦部隊にとって厄介な大型巡洋艦が排除されれば、重巡、軽巡部隊が切り込み、アメリカ艦隊にプレッシャーをかける番だ。
さらに、パニスヒロスは、主力艦隊に属する潜水型巡洋艦、駆逐艦部隊を仕込んでいた。
アメリカ艦隊の針路上に伏せていた潜巡、潜駆が浮上襲撃を仕掛ける。
「お前たちが、東へ舵を取るのはわかっていたよ」
パニスヒロスは、予め部隊を潜伏させられた理由を語る。
「ニホン艦隊と共同しなければ、勝ち目がないと踏んでいたのだろう。そのニホン艦隊が、僕らを脅かす最大のポイントは、後ろから攻撃をかけて、挟撃することだからね」
モンタナ級戦艦の艦列が崩れた。一応彼らの左舷側を警戒していたクリーブランド級軽巡の『マイアミ』『アムステルダム』『タラハシー』が前に出て、15.2センチ砲で迎撃に出る。後続するフレッチャー級駆逐艦も、迫るロアー級潜水駆逐艦と砲火を交えた。
「……アメリカ艦隊だけなら、勝てたんだけどねぇ」
ぼやくようにパニスヒロスは言った。
『後方より、日本艦隊、接近!』
司令塔に響いた報告に、一部ざわつく。
「第三群が、保たなかったか。いや、強いねえ、ニホン軍」
その戦力は、戦艦21、大型巡洋艦7、巡洋艦30他、駆逐艦――当初の報告にあった数から倍増している。
これにはパニスヒロスは苦笑する。
「転移で増援がきたのか。一個戦闘群と戦って、まだそれだけの数が来るほどの戦力とは。第三群がやられるのも無理もない」
実際は潜水型が潜伏し、その連携による挟撃だったが、その場を見ていないパニスヒロスは転移で増えたのだと判断した。
「やはり、サタナス元帥は正しかった。この戦いの鍵は、ニホン軍を介入させないことである、と」
もはや言っても仕方のないことではあるが。時間を戻すことができたなら……もちろんそんなことは不可能ではあるから、後の祭りである。
「ベータ戦艦部隊は、引き続きアメリカ艦隊を攻撃。我が隊は、ニホン艦隊を対処する」
パニスヒロスは決断する。
米モンタナ級、アイオワ級戦艦と砲戦を続けている戦艦10隻はそのままに、改コロラド級戦艦やアラスカ級大型巡洋艦を叩いたキーリア級を含む戦艦11隻は、針路反転。その艦首を、じりじりと追い上げてくる日本艦隊へと向けた。
日本艦隊は、二手に分かれて距離を詰めつつあった。