第七九八話、日本艦隊 対 前衛第三群
日本艦隊の戦艦部隊が発砲した時、異世界帝国艦隊もまた戦艦部隊が砲撃を開始した。
連合艦隊旗艦、戦艦『越前』の司令塔で、山本 五十六大将はそれを目撃する。
「撃ってきたな」
「相変わらず、敵は横っ腹に突っ込んできますな」
渡辺 安次先任参謀は、口元を緩めた。
「いつもの異世界帝国さんですが、あれを見ると連中は衝角突撃が未だに有効と信じているのではないかと疑いたくなります」
艦首から体当たりで、敵艦に穴を空けて沈めるという古典的な戦法。いまゆるラムアタックだが、さすがに異世界帝国もそういう戦い方はしない。
「こちらは丁字を取っているのに、あちらも全部の主砲をこちらに向けてこれるのですから、圧倒的な火力有利にはならんのですよねぇ」
戦艦『越前』の41センチ三連装砲三基九門が、咆哮をを上げる。
元々は回収したオリクト級戦艦を、現代の地球側の思想に沿って改装したものなのだが、それをやった結果、トータルの門数でこちらが劣る。九門対十二門。投弾量で負けている。
さらに言えば、隻数でも。
「敵弾、弾着!」
防御障壁が至近弾を弾き、外れた砲弾が海面を割った。高田 利種首席参謀が顔をしかめた。
「敵もやるものですな。時間差とは……」
10隻ずつ二隊で動く敵戦艦部隊は、片方の射撃の合間にもう片方が発砲。弾着のタイミングをずらし、日本戦艦群の発砲タイミングを封じる構えだった。
防御障壁で攻撃を防ぐ一方、解除できる時間が短くなるので、こちらから砲撃が難しい。自分の砲弾も展開した障壁に邪魔されるために、いちいち解除が必要になるが、その間隔がシビアになるのだ。
「普通だったなら、ジリ貧なんでしょうが……」
「このまま、敵の注意を引ければよい」
山本は厳めしかった。何かに耐えるような表情である。
この時の日本戦艦は、旗艦『越前』を先頭に、第三戦隊の『土佐』『天城』『紀伊』『尾張』、第四戦隊『長門』『陸奥』『薩摩』の計8隻。全てが41センチ砲を搭載していたが、つまるところ、敵に数も砲の火力も劣っていた。
そして敵の時間差砲撃により、日本戦艦部隊は障壁を解除できず、砲撃の手が止まりがちになる。
撃ってこないのであれば、シールドをつけたり解除する手間がなくなる。異世界帝国戦艦は、より攻撃に積極的になる。日本艦隊も時々、発砲するが、徐々に押し込まれていった。
戦艦部隊同士が撃ち合う中、その針路上を塞ごうと迂回行動を取る異世界帝国重巡洋艦部隊に対して、第七巡洋艦戦隊の大型巡洋艦『九重』『那須』『六甲』『蔵王』が砲撃を加える。
30.5センチ連装砲四基八門を振り向け、突入する『伊吹』『鞍馬』以下巡洋艦部隊を支援する。
『伊吹』『鞍馬』『阿蘇』『笠置』『葛城』『身延』『妙高』『那智』『足柄』『羽黒』の10隻が、敵重巡洋艦部隊――大巡の砲撃を受けて被害を受けているそれに追い打ちをかける。
速射型20.3センチ砲弾が矢継ぎ早に放たれ、無数の水柱と直撃の火花を連続させる。
しかし異世界帝国側も、負けじとプラクスⅡ級、Ⅰ級重巡洋艦が20.3センチ砲を撃ち返す。
それは艦隊前方のみならず、異世界帝国戦艦部隊より先行して、同軽巡、駆逐艦、そしてルベルクルーザーが向かってくる。
第三群指揮官のマラガ中将は、全軍突撃を命じたために、中・小艦艇も遮二無二に突撃してきているのだ。
これらを第十七巡洋艦戦隊の『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』ほか、大沼型軽巡洋艦が弾幕を張って出迎える。
片や戦艦部隊の露払い、片や戦艦部隊の護衛。砲弾の応酬が続く中、状況は動く。
日本艦隊の前衛の、もう一つの部隊が、第三群水上打撃部隊の背後に回りこんだのだ。
第二部隊である戦艦『大和』『武蔵』『信濃』、『出羽』『美作』『美濃』『伊豆』『岩代』、『金剛』『比叡』『榛名』『霧島』が海中から浮上、その主砲を、尻を向けている敵戦艦部隊へと向けた。
全軍突撃で、30ノット近い速度で突っ走っていた異世界帝国・第三群である。そんな高速で移動していては自分の出す推進音によって水中聴音器が働くはずもなく、潜っていた日本艦の頭上を通過していたのである。
「第二部隊、撃ち方始め!」
宇垣 纏中将の命令を受け、距離1500と離れていない敵戦艦――オリクトⅡ級の艦尾に戦艦砲弾が撃ち込まれた。
安全装甲距離を無視した至近砲撃は、オリクトⅡ級の装甲を撃ち抜き、艦内で圧倒的な破壊力を開放した。
艦尾の副砲群とその弾薬庫を粉砕し、機関を炎に包み込み、その艦内のクルーを焼き尽くす。
たちまちオリクトⅡ級5隻が火山もかくやの大爆発を起こして轟沈。さらに5隻が大きな爆炎と煙を噴き出しながら、速度を奪われ、2隻が損傷しつつもなおも進み続けた。
わずか一分の間に10隻のオリクトⅡ級が、沈没ないし戦闘不能となったのだ。
日本艦隊の逆襲は続く。
第三巡洋艦戦隊の大巡『道後』『霊山』『迫間』、重巡洋艦『二上』『笠取』『古鷹』『標津』『葉山』『志賀』『七面』が、第一部隊に迫ろうと突撃していた敵巡洋艦部隊の後方に襲いかかり、その艦尾を蹴飛ばしたのだ。
さらに第二、第四水雷戦隊が、敵駆逐艦の側面から襲撃をかけて、その数を一気に削る。
形成は完全にひっくり返った。
異世界帝国戦艦部隊が一挙に半減、さらに後方の第二部隊に恐れをなす。山本率いる第一部隊も、息を吹き返したように猛撃に移る。
『越前』『紀伊』『尾張』が九門、『土佐』『天城』が一〇門、『長門』『陸奥』『薩摩』が八門の41センチ砲を振り向ける。
後方の12隻も残存するオリクトⅡ級に砲門を向ければ、もはや第三群は袋のねずみであった。
・ ・ ・
日本艦隊と異世界帝国第三群が交戦している頃、アメリカ第6艦隊こと大西洋艦隊と、ムンドゥス帝国第一戦闘軍団主力艦隊が砲火を交えつつあった。
新鋭のモンタナ級5隻を擁する第六艦隊は、戦艦16隻、大型巡洋艦6、重巡洋艦9、軽巡洋艦14、駆逐艦97。
対する第一戦闘軍団は、見えている範囲で戦艦21、重巡洋艦20、軽巡洋艦41、駆逐艦50だ。
一見、アメリカ側駆逐艦が異世界帝国の倍近いが、軽巡洋艦の差が倍以上あるので、さほど優勢とはいえない。戦艦、巡洋艦にしても微妙にアメリカ側が隻数で負けているのも気になる点ではあった。
だが、本土東海岸を背にした米軍に、一切の怯みはなかった。
そして、距離2万8000まで接近した両艦隊は、戦艦同士の発砲から、その口火を切ったのであった。