第七八三話、空中軍艦
アミナ航空基地の駐機場に、稲妻師団の特殊部隊員が雪崩れ込む。
米軍貸与のM1ガーランド小銃やトンプソン短機関銃、お馴染みのルイス軽機関銃の猛射は、不意を衝かれた異世界整備員を倒していく。
拳銃を携帯していたアステールのクルーが、補給物資や交換部品のケースの裏などに隠れながら応戦する。
しかし百戦錬磨の特殊部隊員は、正確な射撃と的確な連携で、敵兵を排除していく。
さらに虚空改輸送機の搭載する12.7ミリ機銃が、地上を掃射し、敵をアステールから遠ざける。
上空からは、五二三航空隊の彗星戦闘爆撃機がロケット弾を基地の管制塔や、地上掃射にも使える対空銃座を破壊していく。
アヴラタワーを眼前で破壊され、退避が必要な異世界兵の抵抗は、みるみる弱まる。その機に乗って、特殊部隊員は、開放されているアステールの昇降口から、内部へ突入を開始する。
制圧作戦は順調に進んでいた。
アミナ航空基地の異世界人たちは、空襲の可能性はあってもまさか基地に直接乗り込んでくるとは思っていなかった。
さらにアヴラタワーの喪失は、兵たちの動揺を誘い、組織だっての反撃や連絡を難しくさせた。
そしてその機会を突くことに慣れている稲妻師団は、まったく淀みなく作戦を展開していったのである。
アステールの専用飛行場が完全に無力化されるのが、時間の問題となった頃、日本海軍が鹵獲したアステール部隊もまた、行動を開始していた。
・ ・ ・
それは特務戦隊『星辰』と呼ばれた。
鹵獲した円盤兵器を用いる臨時編成戦隊である。星や星座を意味する星辰と名付けられた理由を辿れば、異世界帝国の『アステール』という言葉自体が『星』を表していたことに影響されている。
日本海軍が今回投入したアステールは四機。そのうちの二機は、日本海軍航空機と同じ濃緑と白で塗られた円盤そのままの外観だが、残る二機――いや、二隻というべきか――は小さくなった円盤に水上艦艇が突き刺さり、貫通しているような、異形の軍艦にも見えた。
軍艦と円盤が合体したようなフォルム。それが特に損傷の激しかったアステールの再生にかこつけて行われた大改装の産物であった。
だがこの二隻に関しても、一目で艦型が違うのがわかる。
一隻は、円盤を中心に艦首が長く、艦尾が短い。もう一隻は円盤を真ん中に艦首と艦尾がほぼ同じ、いや微妙に艦尾が長くなっていた。
前者を『北辰』、後者を『妙見』という。異世界帝国の円盤兵器を元に、魔技研が作り上げた空中軍艦である。
「ぶっつけ本番だ」
戦隊旗艦である『北辰』の艦橋で、高橋 総二郎大佐は呟いた。
魔核を制御する能力者たちによって、何とか飛ばしているが、それがなかったらとても戦場になど出られなかっただろう。
一応、アステールに関して、いずれ日本海軍でも再生して使用する時に備えて、人員を集め、その構造や装備の扱いについて勉強と訓練が行われてはいた。だが実際に動かすのは先だろうと誰もが思っていたし、今の乗組員たちも実機に触ったのは初めてという始末だった。
『危なかったら、転移で逃げていい』
北辰と妙見、そして残る改アステール型『天狼』『明星』を改造させた神明少将は事務的に、高橋に告げた。
『それぞれの機器については、以前から触れていただろう。まあ、それでも初陣は誰でも手こずるものだ』
だから敵の後方を襲撃して火をつけろ、と神明は言った。
敵主力艦隊の後方には、駆逐艦に守られた輸送船団が三群存在している。
『位置については、哨戒空母戦隊の偵察航空隊が捕捉している』
タンカーや物資輸送船など、一群につき200隻が、40隻の駆逐艦によって守られている、と神明は説明した。
『他の艦種はない。巡洋艦も護衛空母も』
対潜とある程度の対空を担える駆逐艦がいる程度。異世界帝国サイドも、地球側が東海岸防衛のために戦力を集中するだろうとふんで、後方に空母を割かなかったのだろう。
普通であれば、妥当な判断だ。その地球側が、転移を使わない軍隊であったなら。
この状態で、機動艦隊の航空戦力を叩き込んだら、輸送船団などあっという間に平らげてしまうだろう。
『星辰戦隊にとっては、射的訓練だな』
もちろん、標的は撃ち返してくるが、と神明は皮肉げに言う。そんな射撃訓練などあってたまるか、と高橋は思ったが口には出さなかった。
『標的は選り取り見取りだ。だが輸送船の中には、小型戦闘機を積んだキャリアーも混ざっているだろう。まったく敵機が飛んでこないとは思わないことだ』
いくら何でも、輸送船団の航空支援がないということはない。その点はむしろ高橋も同意だった。神明が『射的訓練』と表現したことで、彼が船団襲撃を甘く見ているのでは、と高橋は指摘しようと思っていたから、逆に安心した。
しかし、いざ自分たちが襲撃を仕掛けるとあっては、まったく安心できないことを高橋は、後から思うのだ。
なにせたった四機(四隻)で、数百もの輸送船団に殴り込むのだ。敵の反撃も、数が多い分、苛烈になるのではないか。
『なに、敵は、米陸軍航空隊の猛反撃でも、無傷で生還したんだ。アステールの耐久性に自信を持っていい』
神明は、薄く笑うのだ。あんたは直接それで行くわけではないから、気軽に言えるのだ――そんな高橋の思いが顔に出たのか、神明は懇切丁寧に対処法を伝えた。
多数の小型戦闘機が船団を守るべく現れたところで、アステール型を撃墜できる武器もないし、体当たりされても無傷である、などなど。
かくて、戦隊司令である高橋を乗せ、空中軍艦『北辰』は僚艦を従え、戦場に飛び込むのである。
反重力推進機関――エーワンゲリウム、日本名『エ1式』機関により飛行を可能としたこれらは、転移中継ブイを用いて、異世界帝国艦隊の後方から輸送船団に迫った。
三つ存在する敵輸送船団、その一番南と中央にいる船団が、星辰戦隊のターゲットとなる。
「『北辰』『妙見』は中央。『天狼』と『明星』は、南の船団を叩け」
戦隊第一小隊は直進。改アステール型の第二小隊は、その針路を変えた。遮蔽装置を発動し、それぞれ姿を消す。魔技研がオリジナルになかった機能を、改装の際に搭載させた。そのおかげで、敵のレーダーによる索敵を回避し、目標に向かうことができる。
――しかも何が恐ろしいといえば、この速さだ……!
エ1式機関による飛行能力により、全長170メートルの円盤付き空中軍艦を、時速450キロものスピードで飛ばした。
最新の重爆などと比べれば劣るが、40年代の双発爆撃機と遜色のない速度だ。大きさを比較すれば、破格と言える。
「目標の敵船団を視認!」
前方観測所から報告がくる。いよいよだ――高橋は表情を引き締めた。
「攻撃用意だ」
「各員、配置につけ!」
艦長の号令がかかる。
空中軍艦『北辰』、そして『妙見』は、航空機並みの速度で、異世界帝国輸送船団に追いつくのであった。